四、『渦巻くモノの名は、悔悟』その4

 教職員に対する暴行事件が起き、停学した生徒が一人出たとはいえ、校内はいつもと変わらなかった。


 生徒達はいつものように登校し、教室で下らない雑談に花を咲かせている。話題は専ら、停学になったある生徒の事である。

 あれだけの大立ち回りを演じ、教師に重傷を負わせたにも拘わらず、下った裁定は三週間の停学。流石は外務省職員様の子息。権力の乱用だと笑い合った。


 ホームルームが終わり、一限目の授業が始まっても生徒達の気はそぞろであった。無理もない。文化祭が迫っている。

 そういえば去年ヤケクソで作った〝三悪趣焼き〟は酷かった。あまりの不味さに、電子掲示板でも散々叩かれた。しかし時が経ってみれば、それすら良い思い出になる。


「・・・・・・そういえばアレ、誰がだったっけ」


 誰かが徐に疑問を口にした途端、教室の後ろの扉が開かれた。

 今は数学。教鞭を執る河佐古かわさこは遅刻にうるさい教師である。一分でも遅刻しようものなら、問答無用で欠席扱いになる。故にわざわざ授業中に入って来る者は居らず、その物珍しさから皆一斉に振り返った。


「あ、茂里さんじゃん」


 入ってきた生徒は、茂里 羅慈亜であった。

 確か、先日不良同士の抗争に巻き込まれ意識不明の重体と聞いていたが――


「うん。大丈夫。もうね、ちゃんと動けるんだよ」


 こうして、と羅慈亜は肩を回す。その腕には痛々しく包帯が巻かれていたが、彼女の元気そうな口調に一同は安堵の表情を浮かべた。


「早く座りなよ。今、文化祭の準備の事を話しているんだ」

「おい、嘘を吐くな。今は私の授業中だ。ほら、茂里。席に着きなさい」


 いつもであれば欠席扱いにする河佐古であったが、今回は規則に則り出席簿へ〝遅刻〟と記入する。


「ね、羅慈亜ちゃんは何がやりたい? うちは部活の出店が強いけど羅慈亜ちゃんが居れば――」

「ゴメンね」


 茂里 羅慈亜は寂しそうに笑った。


「多分わたし、この生活が大好きだったと思う。だって、こんなになった今でも〝ああ戻ってきたな〟って思ってるんだから」

「何を言っているんだよ、茂里さん。まるで何処かに転校するような――」

「ううん、転校はしないよ。ただ、居なくなるだけ」


 羅慈亜に微笑み掛けられた男子生徒は、思わず顔を紅潮させた。


「でも、その前にしなくちゃいけない事がある」

「おい、茂里。早く席に着きなさい。ほら、お前ら集中。黒板に書かれたこのθが2πradの時Xは・・・・・・」

「大好きだった。それは本当だよ」


 パキン、と河佐古のチョークが爆ぜる。

 同時。教室の全員、頭部が爆ぜた。


「だけど、やらなければならない事があるんだ」


 血溜まりの中に沈む、首のない身体。

 その一つ一つへ茂里 羅慈亜は冥福を祈るように黙祷する。


 少女の小さな祈りが、光を帯びた。

 それは点となり線で結ばれ、やがて周囲に幾つもの図形を描き出す。




「全ては我が師、赤の〝二律背反フールプール〟の意のままに」




 伏せた両眼を静かに開く。

 その瞳孔には、無慈悲な三角形が刻み込まれていた。

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