四、『渦巻くモノの名は、悔悟』その2

 僕の処分は、三週間の停学となった。


 ゴリ崎は割と重症だった。

 両目眼底骨折、鼻骨骨折、あと歯を何本か。他にも肋骨やら腕やら、まあ色々骨折した。当分、病院から出てこられないだろう。


 今までゴリ崎が気持ちよく暴力を振るえたのは、生徒こっちがやり返さなかったからだ。内申点や停学をちらつかせて、やり返されないよう立ち回っていたからだ。決して、本人が強かった訳ではない。だがいつの間にか、己が強い勘違いしてしまっていた。

 今回の一件は、ゴリ崎にとって貴重な教訓になったに違いない。


 しかし、暴力は暴力だ。一介の教職員をここまで痛めつけて、停学三週間。

 僕が言うのもなんだが、軽すぎる。恐らくこの裁定には、普段からゴリ崎の事をよく思っていない勢力の思惑が動いたに違いない。アイツもまた、校内では鼻つまみ者だったと言う訳だ。


 そういう訳で、僕は自由の身となった。

 皆が机に齧り付いている時間、こうしてブラブラ出歩いている。本来校則では停学中は外出も禁止なのだが、体罰禁止を守っている教師が居ないように、律儀に外出禁止を守っている生徒は皆無である。


「――良かったじゃねぇか」


 天華は笑って僕の背中をバシバシ叩く。


「それだけ立ち回って、無罪放免・・・・・・いや、執行猶予か。取りあえず、少年院ネンショにブチ込まれずに済んでよ」

「僕が少年院に入ったら、どうする気だったんだ?」

「んなの決まってるだろう」


 天華は背負ったケースを軽く叩く。

 〈弱肉強食エクスカニバル〉――――禍々しい文房具の形を成した兵器。


「全員ブチ殺してから、お前を引っ張り出す」

「入らなくて良かったよ」僕は嘆息する。「これ以上、僕の前で屍体の山を築かれたくないからね」



 ――楽しくないなら、止めようよ



 もう沢山だ。

 こんな馬鹿げたこと、さっさと終わらせてやる。


「・・・・・・着いたぜ」


 低い声と共に、天華は歩みを止めた。

 眼前には、蔦と有刺鉄線が張り巡らされたフェンス。


 此所は、市内外れにある貨物駅跡。

 貨車で砂利を運ばなくなってから閉鎖されたが、跡地利用を巡ってがあってから放置された場所である。


 以来、此所は札付きのワル共の巣窟となった。

 蛆虫共ホーネットワムズが巣作りするには、丁度良い。


鏖殺おうさつだ。歯向かってくる奴等は全員殺せ」

「本来なら、少年院飛び越えて絞首台だろうな」


 やれやれ、僕は鉄パイプを握る。

 中佐との戦いで負った傷は、少し痛むが粗方癒えた。

 僕の首元に貼られた絆創膏。ナノパッチといって、天華によると塗布したナノマシンが回復力を増強させるらしい。そこは回復魔法を使って欲しかった。


「まあ、いたいけな教師を鍵束でブン殴るより心が痛まなそうだ」

「よく言うぜ、痛む心なんか初めから持ってねぇくせに」


 ケースから引き抜いた〈弱肉強食エクスカニバル〉。風を殴り付けながら叩き込んだフェンスは、一瞬にして鉄屑へと姿を変えた。


「さて――――――死にてぇ奴から、掛かって来い」


 一歩、貨物駅に足を踏み入れる。

 打ち捨てられ、スプレーで穢された貨車が数台。奇襲を狙うならば、遮蔽物に丁度良い。

 が。


「あれ?」


 居ない。

 北斗の拳の雑魚キャラみたいなのがわっと出てくると思ったけれど、構内には誰も居ない。


「ひょっとして、コレはアレか」


 吐き捨て、天華は〈弱肉強食エクスカニバル〉を右肩に担ぐ。


「ガセって訳か」



 ――御身、貨物駅構内デ待ツ。



 中佐が天華へ持ってきた手紙には、簡潔にそう書かれていた。


 正確には、中佐が手紙だった。

 裸に剥かれ、その背中にナイフで文面が刻まれていた。

 随分、洒落た手紙である。


「こりゃあ、中佐あのバカに責任を取って貰うしなねぇな」

「それは無理だろう」


 僕らの眼前に現れた時点で、虫の息。

 暫く放置していたら、勝手に爆ぜた。

 地獄巡りでもしなければ、責任を取らせる事は出来ない。


「・・・・・・ガセじゃねぇよ」


 錆びたレールが軋む音。


「お前、アレだろ。現代最強の吸血鬼。そんな出鱈目な奴、一般人が束になっても勝てる訳ねぇだろう。だから人払いしたんだよ。無駄だからな」

「売れる臓器が増えるかもしれねぇよ?」

臓器売買ソレ知ってるなら、念入りに挽肉にするだろう? お前の魂胆は大体知ってるんだよ。先祖代々、色々書いてるからな」

「先祖代々・・・・・・?」


 僕は眼前の男をマジマジと見つめた。

 歳は推定三十前後。短く刈り込んだ銀髪に碧眼、オマケに高身長。服装は白いタンクトップにカーゴパンツと至ってシンプル。こんな場末の溜まり場に居るより、サッカーでもやっていそうな風体である。


 要するに、場違いな男だ。

 本来持つべき殺気を微塵も感じさせない。


「魔法使いを見るのは初めてか? そんな訳ねぇか」


 男は視線を天華から僕へ移す。


「お前、〝純白の深紅パラドックス・カーマイン〟のお気に入りだろう。俺は大佐。ホーネットワムズを束ねている頭目だ。まあ・・・・・・それだけじゃあ、フェアじゃねぇよな」


 ちらり、と大佐は天華を一瞥する。


「ワーズワース――――俺の本名は、デトマール・ワーズワース。この名を聞いて察したんじゃねぇの? 色々と」

「ああ・・・・・・ワーズワースか」


 天華は笑った。

 牙を剥き出しに、獲物を狩るような視線で。


「久し振りに聞いたぜ、その。〝名前泥棒スクリプト・キディ〟・・・・・・あの爺は変わらず息災だ。どうだ、腹が立ったか?」

「いや、全然。むしろ喜ばしい」


 何せ、と大佐――――デトマール・ワーズワースは肩を竦めた。


「子孫全員末代まで捧げて呪って、界間旅行者わたるものになった男だ。それぐらい元気でないと困る」

「は――――――」


 重い、風を切る音。〈弱肉強食エクスカニバル〉が宙空で大きな円を描く。


「そうじゃねぇとな・・・・・・ワーズワースの血縁者は。そのぐらい生きが良くねぇと、殺し甲斐がねぇ」

「ワーズワースって何だよ?」

「魔法使いの家だ」


 得物の切っ先を突き付けられても平常心。デトマール・ワーズワースは答えた。


「ご先祖様がなかなかブッ飛んだ奴でな、世界平和の為に自分の血縁者を生贄にした。結果、俺達は末代まで呪われ、儀式の余波で歪んだ霊脈の影響で欧州は渾沌に飲み込まれた」

 お陰でこの通り嫌われ者さ、デトマールは自嘲気味に笑った。


「正直、驚いたぜ。まさか極東でワーズワースに出遭うなんてよ。だが、お前らが関わっているとなると色々納得がいく」


 天華は〈弱肉強食エクスカニバル〉を片手で構え、デトマールを剣呑に睨み付ける。


「たかがチンピラ集団であるホーネットワムズの異常な人脈、ワーズワースの後ろ盾だろう。特に、オピオンインダストリアルOI社。お前ら、大戦中には仲良く人体実験して遊んでいたからな」

「酷い言われようだ」


 だがまあ事実だ、デトマールは苦笑する。


「それで、聞かないのかい? お前らの目的は何だって」

「分かりきった事、聞く訳ねぇだろう」


 天華は蔑むように口元を歪めた。


「自分達の呪いを〈三角定規〉に解呪させる――――下らな過ぎて涙も出ねぇよ」

「正直、俺もそう思っているよ」


 だがな、と一歩。デトマール・ワーズワースは切っ先の前へ踏み出す。


「それで呪いが解けるなら、安いモンだと俺は思うぜ」

「ッ!?」


 初めて。

 デトマール・ワーズワースが登場してから初めて、僕は彼から殺気を感じた。

 蒸気のように止め処なく噴出する殺気。それは僕を地面へ縛り付け、デトマール・ワーズワースの肉体を変じさせる。


「負けるのは分かってる。俺とお前じゃあ、雲泥の差だからな」


 だが、と殺気を掻き乱し、デトマール・ワーズワースが姿を現した。


 黒い鱗に被われた全身。

 両拳は巌のように膨れ上がり、五指から生えた爪は鋭く厚い。


「時間稼ぎだ。き合って貰うぜ」


 その姿は、まさに竜。

 咆哮が、打ち捨てられた貨車達を震わせた。

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