美しく咲く碧色

マシロ

第1話 碧色の石

 あれは中学1年生の夏だったと記憶している。

「……お前のことが好きなんだ、付き合ってほしい」

 その日、同じような大きさの翡翠の石を手に、1人の少年は愛する少年へと告白をした。


ただこの一言で、全てが始まった。



++



 遡ること数時間前。

ミサキ!こっち来て!さっきもうちょい上の方に翡翠の石あった!」

 いつものように少し山の方へ、川遊びがてら翡翠の石を探しに光士郎コウシロウと岬は2人で出かけていた。

上の方に行くと、そこには同じくらいの大きさの翡翠の石が2つあった。

「ほんとだ!しかも結構大きいね!」

「せっかくだしさ、俺たちの記念品にしない?ちょうど2つあるし……岬、あとでこれ加工してもらってもいい?」

「もちろん!お任せあれ」

嬉しそうに岬は返事をする。

「ところでさ、岬」

 岬は首を傾げ、どうしたの?と言わんばかりの顔をしている。

「あの、さ……俺、お前のこと、岬のことが好きなんだ」

 意を決して光士郎は岬に直球で感情を伝える。

「え、光士郎……俺もずっと光士郎のこと好きだけど……」

 光士郎は岬のことを力任せに抱き寄せる。

「そうじゃないんだ、岬、俺と付き合ってくれないか」

互いの心臓の鼓動が、どくんどくんと、どんどん早くなっていく。

「……俺でいいのなら、光士郎がそうしたいなら」

 返事を返した途端、ぱあっと、光士郎の顔が明るくなる。

「改めてよろしく、岬!」

「こちらこそ、ずっとよろしくね……光士郎」



++



「月岡さん!はい、この前の!できたよ!」

「わあ……!石動イスルギくん本当にすごい……これ、大切にするね!本当にありがとう!」

 まるで女みたいに、手先が器用で美的センスのある岬は昔からアクセサリーを作ることが好きで、クラスの女子どころか学校中で「石動 岬」は有名人だったりする。

「石動くんって本当センスいいよね」

「将来アクセサリーとかの分野で働きなよ、石動くん」

「石動くんってちょっとそっちっぽいけど、すごいよね〜」

 などと噂話は聞こえてくる。……まあ本人は「ショップ石動は今日も大繁盛!」だの「これは趣味だから」とは言いつつ、ちゃっかり報酬としてお菓子やジュースは奢ってもらっているのだが。それに比べて……

津幡ツバタって本当にオタクだよな、オタクみたいな顔してるし」

「どっかの野球チームのマスコットみたいに上手いこと言える訳でもないしな、なんで石動なんかと普段ずっといるんだか」

 ……オタクで悪かったな、と言い返すこともなく光士郎は全て聞き流している。絡むと余計に面倒なので言い返すことはしない。


 放課後、岬はきれいな袋を光士郎の元へ持ってきた。

「光士郎、できあがったよ」

「おっ、さすが職人!仕事早いしすごすぎるよ、ありがと」

「へへっ……これならカバンにも付けられるし、アクセサリーみたいにもできる、それに頑丈にしたから取れることはないと思う……お揃い、うれしいね」

 翡翠の石がキラキラ輝くキーホルダー。金具を入れ替えたらペンダントにもできるような、とてもきれいなキーホルダーだ。さすがの岬という感じだ。

「岬、大好きだよ」

「俺も、光士郎と一緒にいられてうれしい」



++



 ここは新潟県の糸魚川という小さな海沿いの町。噂なんてすぐに広まるような、小さくて閉塞的な典型的な……そんな田舎町。


 あの告白から月日は経ち、光士郎と岬は高校3年生となった。

 当然のように同じ高校に進んだ光士郎と岬はあの日から今までずっと付き合いを続けている。

 ……だけれども。高校に入ってから、どうにも岬の様子が明らかにおかしい。

 今日も悩む素振りを見せる岬にどうしたんだ、と尋ねた。

「光士郎にも俺にも……誰にもきっとこの気持ちの正体はわかんないから、だから気にしないで」

 と岬は寂しげに言った。だが今日の光士郎は違った。

「いつも言ってるけどさ、隠さないでとりあえず話してみろって、もしかしたらわかるかもしれないだろ」

「わかるわけがないよ!……俺は、光士郎のこと傷つけたくない!」

「だから、言わなきゃわかんな……あっ、おい!!」

 岬は後ろを向き走ってどこかへ行ってしまった。あの時岬は、どんな感情で、どんな表情で泣きながら走っていったか。その答えは誰もわからない。


「はああ……どうしたものかな、わかんないや」

 高校3年生の夏休み。光士郎にとって、糸魚川で過ごす最後の夏。

 光士郎は悩んでいた。夢を叶えるため、東京の大学に行くことは決めている……ただそこで問題となってくるのは岬との関係性だ。

 もしかしたらこの田舎では、もう男同士で付き合い続けることも、自分のような人間がこの町で生きていくことも、そろそろ限界が来ているのかもしれない。

「うーん……考えても仕方ないな、少し息抜きにゲームでもするか……」

 スマホのチャットアプリを開き、ゲーム仲間として仲良くしてもらっている大学生のお兄さんにゲームしながら通話しませんか?と声をかけ、OKが出たのでゲームを起動する。



++



 敵の攻撃が当たり、コントローラーが大きく震える。

「うわっ!やられた……アオイさん、申し訳ない……」

「……ツバメくん、今日なんかプレイミス多いけど、悩みごとでもある?話聞くよ?」

 ツバメこと光士郎は普段こんな簡単なミスはしない。お兄さんことアオイは何かを見抜いている様子だ。

「……アオイさんになら、なんか……話してもいいかな、一度ゲーム終了します」

「了解!ゲームは無理にするものじゃないから気にしなくていいよ、ちょっと話聞く準備してくるね」


 アオイの準備が終わり、いよいよ話す時が来た。光士郎はたどたどしく話を始める。

「……どこから話したらいいかわかんないけど、今恋人がいて、ぎくしゃくしてて」

「うん、続けて続けて、力になれるかわからないけど……なんでも聞くから」

「学校の友達にも、家族にも、ネットの友達にも、誰にも相談できなくて……最近というか高校入った頃からあいつ、何かに違和感感じてるみたいで」

 さらに続けて光士郎は話す。

「やっぱり、男が男と付き合うの、気持ち悪いし受け入れられないのかなって、だとしたらあいつに相当無理させてるのかなって」

 アオイはなるほどな、という感じで光士郎にこう返した。

「……お相手さんね、きっとツバメくんのこと、ものすごく大事に思ってるんだと思う」

「男同士だろうが女同士だろうが、男女の関係だろうが、きっとツバメくんたちみたいな悩みって、絶対にあるよ……だから、ちょっと提案があるんだけど」

「なんだろう……?提案?」

 アオイは意を決して光士郎に伝えた。

「ツバメくん、確か糸魚川に住んでるんだよね?……僕の住む長岡まで1人で来てみない?気晴らしになればってのもあるけど」



 この夏、光士郎と岬の気持ちの歯車が動き出していく、そんな気配を感じる風が糸魚川の町に吹き抜けた。

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