第30話 ワスレルナ

 バオバブはその場に座り込んで、ガタガタ震えていました。

「大丈夫ですか?」

 こちらが声をかけても、まったく反応がありません。よほど、ショックだったのでしょう。

 崖の端から下を見ると、ずっと下のほうに黒いモノが見えます。フタツナで間違いないでしょう。

 高さは、ざっと50メールくらい有りそうです。

「行こう」

 わたしのほうから、女の子にいいました。

 もちろん怖い気持ちはあります。でも、なぜでしょう? 自分でも良くわからないのですが、ここでフタツナが死ぬのは、おかしいと思ったのです。

 なんで、そんな風に思うのかは、自分でも理解できません。いえ、だから、理解できないからこそ、確かめずにはいられないのです。

 少し遠回りにはなりそうでしたが、迂回していけば、なんとか行けそうでした。


 わたしと女の子は、何度かすべりながらも、転落することなく一番下までたどり着きました。

 崖の下は、地盤沈下で出来たような、広い空間が広がってます。 

 そこにポツンと、黒い人のようなモノが、うつ伏せで倒れていました。どういった理由からなのかはわかりませんが、体の輪郭りんかくはハッキリとしていません。

 きりもやみたいな感じでした。

「こんな死にかたは、おかしい」

 女の子がつぶやきます。

 それを聞いて、わたしは思わずたずねました。

「ねぇ、アナタは、フタツナとどういう関係なの?」

 すると逆に、女の子はこう言ったのです。

「ワタシこそ、どういう関係なの?」

「わたしと?」

 わたしは、この倒れているモノを知っています。もちろん、記憶にはないのだけれど。

 この闇のようなモノが、体の中から漏れているということを、わたしは知っている。

 長く伸びたツメは、相手だけではなく、自分自身も傷つけてしまう象徴。

「足……」

 フタツナを見ていて、足まできたところで視線が止まりました。

 フタツナは両足とも裸足です。しかし、それは左右対称ではありません。

 左足だけたりないものがありました。

『小指』と『薬指』が、欠如しているのです。

 そんな左足を、わたしはココへ来るまでに見たことがありました。

「どういうこと?」

 わたしは女の子に聞きます。

 女の子は何も答えません。 

「この左足って、わたしと同じ」

 なくなった指も、肉のえぐれかたも、寸分の違いもなく、わたしの左足と同じでした。

 わたしは、頭が混乱して、なんだか考えが上手くまとまりません。そんな状況なのに、さらに混乱させるようなことが起きました。

 フタツナが起き上がったのです。そして、わたしと女の子を見たのです。

「ワスレルナ」

 それだけいうと、辺りの空気へ溶け込むように、消えたのでした。

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