第5話 オッドアイの黒ネコ
その日の夜、やっと緊張感から解放された僕は、急に空腹を感じた。
今日は母さんが早く帰ってきてくれるということもあって、カレーライス作って待っていることにした。母さんは僕の作るカレーライスが一番おいしいと言ってくれる。
AI冷蔵庫がまだ決めてない先の献立まで足りない食材を表示してくれている。要するに冷蔵庫に胃袋をつかまれているわけだ。
メモを取ると、すぐさまメイドイン宇宙の遺伝子組み替え微生物でつくられたあったかダウンジャケットを着込んで、近くのスーパーへと買い出しに出かけた。
その道すがら、ふと立ち止まって夜空を見上げた。暗く澄んでいて、いつもよりたくさんの星が輝いている。
六つの一等星が形作る冬のダイヤモンド。うっすらとだけど冬の天の川も見える。
すばるとよばれるプレアデス星団で簡易的な視力検査。ちょっと視力落ちたな。すばるというのは古い言葉で集まって一つになるって意味だとか。友達いっぱいだね。うらやましい。
それにしても星空はいつまで見ていても飽きない。
もし宇宙に転校したいと言ったら周りからなんて言われるだろう。それに行くには試験もあるし、簡単ではない。でもなんか憧れちゃうな。
小さく嘆息、現実に立ち帰ると再び僕はスーパーに向かって歩き出した。
それは歩き出してすぐの出来事だった。自分の足もと付近に鈴の音を聞いた。
シャリーン、シャリーンと鳴っている。
すぐに目をやる。するとそこには一匹の黒ネコの姿があった。しゃがんだらさわれそうな近くにいた。鳴っていたのは首輪の鈴みたいだ。
黒ネコは行儀良く腰を落としてこっちを見ている。街灯のちょうど真下でスポットライトみたいに照らしだされている。毛づやがよくて、しっぽは短くかぎしっぽだ。
そしてその目は……オッドアイ!
右目が青色で左目が黄色。おどろいた。オッドアイのネコを見たの初めてだったから。しかも黒ネコのだ。
オッドアイのネコは幸せを呼んでくれるという言い伝えがあるということを以前どこかで耳にしたことがある。
でも、オッドアイは黒ネコには珍しいというデータが確かあったはずだ。ゲノム編集だろうか、だとしたら保護してあげないとだ。ゲノム編集した生き物が管理されていない状態で外にいるとゲノム局に捕獲されてしまうからだ。
とにかく迷い猫にはちがいない。すこしづつ近づいてみる。慎重に、すこしづつ……。
「あっ」
あとちょっとで手が届くところまで近づいたとき、突然、黒ネコがスッと腰を上げ小走りで少し遠くまで行ってしまった。だけどそこでまた腰を落としてこちらを見ている。
また近づいてみる。するとまた同じことが繰り返される。近づいたかと思うと遠ざかるというのを繰り返しているうちに、いつの間にか、町の南側が見渡せる小高い丘の上まで来てしまっていた。
僕の住むマンションも見えるその場所は、知る人ぞ知るこの町の夜景スポットで、地上の星のような町の灯りと夜空の星との共演を楽しめる場所だ。
思わずそこで立ち止まり、美しい眺めに息をのんだ。黒ネコも僕と同じ方向を向いてじっとしている。さりげなく聞いてみた。
「ねえ、君はどこのうちのコ?こんなところまで僕を連れてきてどうしようっていうの?早くおうちに帰った方がいいんじゃないかな。こんな寒空の下よりも炬燵の上なんかの方がずっと居心地いいだろ?」
それに対し耳だけこちらを向けてる。ネコも受け流すときは右から左にするんだろうか。──この疑問はおそらくはセーフ。政権を揺るがす可能性が低い疑問だから。
時間差で答えが返ってきた。黒ネコはあくびを一つすると、その場にゴロンッと仰向けに寝っ転がった。
(なんだ?どうした??急に)
こちらの驚きをよそに、黒ネコはそのまま体をくねくねさせながらアスファルトに背中をこすりつけ始めた。すごくかわいらしい仕草だ。
僕はしゃがんでそのおなかをさすった。ネコのおなかあったかい。赤い首輪を見ると非ゲノミクス証明付きだったので捕獲される心配はなさそう。ネコの動きが止まる。寝ころんだままじっと見ている。夜空のすごく低い場所を。
(どうした?なにがある?)
僕もその方向をみる。そこは特に変わりなく輝いている……はずだった。
(おや?なにか変だな)
なぜだかその景色に違和感をおぼえて立ち上がる。もう一度隅々まで点検するように景色を見直す。すると判明した。今まで見たことのない星を見つけたのです。南の空のかなり低い位置に見える赤みを帯びた星。
(もしかして、この星は、カノープス⁉でもまさか、そんなはずはないんだけどな……)
カノープスというのはりゅうこつ座の星で、この星を見るとめでたいという言い伝えのある国もあるほどの星。たしか、この星は地平線近くに位置しているのでよほど南の方角が開けた場所でなければ見つけるのは難しいはずだ。
やっぱり何かの間違いじゃないかと思い、何度か目をこすってから見直してみた。でも、その星はしっかりと夜空に張り付いて見える。おおいぬ座からの位置関係で見当をつけてみてもやはりその星はカノープスに間違いないみたいだ。
(……カノープスを見られるなんて、すごいや)
だれかがそっと天球をずらしてしまったかのような奇跡に胸が躍る。今日の学校での出来事がどこかにふっとんじゃうくらいだ。
(そうだ!カノープスに出会わせてくれた黒ネコのお礼をいわなくちゃ)
黒ネコの方に再び目を落とすと、黒ネコはすでに起きあがっていて、こちらを見上げながらあくびを連発している。
「ありがとう、君のおかげで、めったに見られない星が見られたんだ」
それを聞いた黒ネコは、そろえていた前足をもじもじさせて照れてるみたいになった。
頭をなでようとしたら、急に僕の周りをぐるぐると周りだしてしっぽを小刻みに揺らしている。
(なんだろう?僕のこと観察しるのかな)
でも黒ネコは何周かすると、飽きたのか、大きなあくびを置きみやげにして足早に丘を下って行ってしまった。
シャリン、シャリンと鈴音が遠ざかる。
「ありがとう、またね」と僕は手を振りながら声を投げた。
なぜだかわからないけど、あの黒ネコにはまた会える気がした。
一陣の冷たい風が吹き抜けた。冬の寒さにあらためて震えた。そして、買い物に行く途中だったことを思い出し、丘を駆け下りた。
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