今やろうと思ってたのに
俺がポジティブな思考に切り替わり、やる気も出てきてクラスの雰囲気も良くなってきたところで、陽キャの一人がやらかした。
「これ壊したら楽しそうじゃね?」
楽しそうじゃねえよボケがと言いたい気分だったが下手に暴言を言って陽キャグループから外されても困る。
俺は何も言うことが出来なかった。
そこで、学年トップクラスの陽キャグループでは普段モブと化しているが、一応はこのクラスの陽キャのリーダー格である佐藤が動いた。
「あんま迷惑かけてもしゃあないだろ。俺らのクラスだけ出し物なしとか洒落にならねえよ」
佐藤が珍しく格好良かった。
陽キャが暴力的なことをしだしたらそれに拍車をかけるリーダー格もいる中で、分別のあるリーダーを持ったこのクラスの陽キャは幸せだと思う。
「出し物なし! 甘美な響きだな」
甘美じゃねえよボケがと言いたかったが以下略。
彼はボケみたいな発言をしながら、ほぼ完成であとは見直しだけとなっていた、お化け屋敷の順路となる予定だった壁を踏み壊した。
俺たちは高校生だから、そこそこの筋肉と体重があって、木の板は容易に破壊された。
ばき、という嫌な音が教室中に響いた。その音は、俺にはクラスの協力が壊れる音のようにも思えてたまらなかった。
こんな時に翠や月渚先輩、陽太先輩がいればこの場を綺麗な形で収めることが出来たかもしれないが、生憎彼、彼女らはいない。
そして、俺や佐藤にとって、彼、彼女らのようにこの場を収めることは不可能と言って差し支えなかった。
「とりあえず、壊れた壁の補修に取り掛かろう」
クラス中に広がる硬直と気まずさの中で、最初に動けたのは俺だった。
「被害は壁一枚だけだから、今から補修すれば十分に間に合うと思う」
「影山の言う通りだ、人数もこれだけいるから、必ず当日まで間に合う。まだ一週間ある」
俺の呼びかけに呼応するように佐藤もクラスに呼びかけたが、俺たちの言葉を聞いて動き出した者は一人もいなかった。
クラスを取りまとめていた学級委員さえ、今となってはクラスをまとめようなどという意思を失ってしまったようだった。
完全に詰んだ。こんな雰囲気の中で、俺と佐藤だけで当日までに壁を完成させることは不可能と言っても過言ではないだろう。
それでも、俺は佐藤に手伝いを呼び掛けた。
「二人で一週間で直すのは無理かもしれないけど、それ以外に方法がないんだ、佐藤も協力してくれ」
「最初から諦めても、何も始まらないからな」
他のクラスメイトは全員諦めムードに陥っていたので、すぐに帰らせた。
俺だって自分たちのクラスで作ったものをぶち壊されて不快だ。それこそ今から勉強しようと思ってたのに親にご飯に呼ばれたみたいな感覚。
それでも最高の文化祭を翠と回って、打ち上げをするためにはここで諦めるわけにはいかない。
佐藤は佐藤で、自分の手下がやらかしたという罪悪感とか、他にも何か理由があるのかもしれない。
結果的に、俺と佐藤だけが居残りで壁の補修をせざるを得ない状況となってしまった。
「ってことがあったんだよ……。助けて翠えも~ん……」
「じゃあ、うちのクラスは順調だから私も一組手伝おうか?」
「マジ!? 手伝ってくれるとめっちゃ助かるんだけど」
「悪原くんも連れて行こうか?」
「悪原かあ……使えるの?」
悪原の悪い評判はこれまで翠を通して散々聞いてきて、文化祭でもまたサボったらしいから不安だった。
「私が一緒にいればちゃんと働いてくれるんだよ」
「すげえ……」
何がすごいって、悪い評判の絶えない悪原をそんなに素直に操ることが出来るのがすごい。
いったいどんな手法を使ったのか気になるところだが、訊いても逆に後悔すると思うので訊かないでおく。
「じゃあ、手伝ってくれるか?」
「最高の文化祭にしようね、日向くん」
「ああ、よろしく。翠」
その翌日の放課後に行われた一年一組の文化祭準備には、早速翠が悪原を連れてきてくれた。
その光景を見た一部のクラスメイトは、翠ちゃんが来てくれるなら、とやる気を出し始めた。
俺たちの作った壁をぶっ壊した陽キャは翠によって説教されて、自分から積極的に新しいものの制作に取り掛かっていた。
翠の言葉を受けての活動だから積極的と言えるのかは甚だ疑問だけれど。
「この調子なら本番までに余裕で間に合いそうだね」
「ああ、壁が壊されたのが本番一週間前でよかったよ。代わりに実際の練習とかの時間は少し削られたんだけど、もともとある程度余裕を持ってたからそれが功を奏したんだろうね」
「彼も大人しく手伝ってくれてよかったよ」
なんだ、話し合いで解決したのか。話し合いくらいで納得してくれるなら、壁を壊した彼は結構いい陽キャだったのかもしれない。
まあ彼は働いてくれてはいるが、そんなに役に立ってはいないのだけど。
「佐藤、ここどうすればいいの?」
佐藤はどうしているのかというと、もともとクラスを率いていた学級委員に代わり、文化祭においてのクラス代表のような立ち位置になっていた。
少し前までは佐藤はただ陽キャなだけで、能力とか人気とかそんなものは全然ない、ただのモブ陽キャだと思っていたが、そうではないようだった。
翠や月渚先輩や陽太先輩のようなカリスマがあるわけではないが、実務能力とかやる気に関してはクラス最大級だ。
組織にはカリスマも必要だが、実務を処理できる能力を持った人がいないと回らないものだ。一年一組の場合、カリスマがおらず、代わりに実務能力の高い人がいた。
だから、自ずとやる気が出てくるか、カリスマがある人を他の場所から連れてくることで、やっと正常に動き出す。
今回は、もともとはやる気があったが、一度崩壊し、七組から翠を連れてきたことで再び動き出したというところだろうか。
「はーい、生徒会の見回りでーす!」
「陽太先輩、生徒会もやってたんですね」
「俺、天才だから!」
「陽太先輩のクラスは準備どうですか?」
「三年八組舐めない方がいいよー!」
カリスマは外部から補給せずともいっぱいいるし、体育祭でわかったことだが武田先輩はあの見た目で実務能力に優れているらしかった。
現場の技術も三年八組にかかれば余裕だということなのだろう、彼らは順調に進んでいるに違いなかった。
「で、一年一組はどう?」
「やろうと思ってたのに事件があってやる気が崩壊したんですけど、七組から翠借りてきて解決しました」
「では、当日には間に合わせるように! それだけ!」
陽太先輩は嵐のように去って行った。
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