第11話 ついに出会えた

「はぁ〜ぁ……」


 いざ会うとなると緊張する。


 凄く長い溜息を吐いてしまうが、仕方ないことよね。


 これから婚約を交わすというのに緊張しないものなんていないでしょ。


 しかも期間を短縮されたから、心の準備が整う間もないのだもの。


「いまだに名前も教えてくれないし……」


 会うまでのお楽しみだなんて、酷い話だわ。


 記憶までも曖昧にされたのだから、教えてくれてもいいじゃない。


「悩んでても仕方ないわよね」


 会う事も婚約をすることも決まっている。


 それに私も彼を好きではあるし、この姿からいい加減変わりたいとも思っていたもの。


 望んでいた諸々の事がもう少しで叶うのだから、いつまでもうじうじしていてはいけないわね。


「失礼いたします。私がヴィオラ=アラカルトです」


 入室して婚約者となる男性と顔合わせをして、仰天した。


 まず顔を見た時点で失われた記憶が一気に戻り、あの時の思い出が鮮明になった事。


 そうして目も前にいた人物に見覚えがあったから。。


「もしかして、あなたが」


 そう言えば彼は微笑んだ。


「ようやく会えた。愛しの姫君」


 彼は優雅な仕草で私の手に触れる。


 初めてのこのような触れ合いに、驚きが隠せない。


「手が握れている……」


 弾かれることなく触れる事が出来た。


 これは女神様が認めてくれている証拠だ。



 ◇◇◇



 彼とは十歳の、あの誓い合おうとした日に初めて出逢った。


 彼と私の親が知り合いでちょうど彼も同い年だからと、試しに会わせて見ようという事始まりらしかった。


 まさかそんなすぐに恋に落ちないと思ったのだろう。


 なのに私達はあっさりと恋に落ちてしまった。お互いに一目惚れだ。


 それでも私はまだ冷静ではあった。


(今女神様の前で誓っても無理かもしれない)


 彼のことを深く知る前だし、見た目だけで決めたとしか言えない状態だ。


 今日から少しずつお互いを知って、日を改めて女神様の前で誓おう。


 そう思ってはいたのだが。


「すぐに行こう。君を誰にも取られたくない」


 彼は私の手を握って走り出した。


 大人達もまさかと思っただろうし、私もまさかと思った。


 でももしかしたらすぐに女神様は認めてくれるかもと期待もしてしまった。


 物語のような展開に柄にもなくドキドキし、彼を止める事をしなかったのが間違いだったのだ。


 そのせいで今日に至るまで私は彼を忘れ、一人不貞腐れるように育ってしまった。



 ◇◇◇


「こうして触れる事をどれだけ心待ちにしていただろうか」


 彼、アーネストは青い瞳をこちらに向けて微笑む。


 しかし私はその彼が違う人物として会っていたことを思い、彼の言葉に集中出来ない。


「まさかあなただったなんて……でも、髪の色とその目」


「髪は染めていたよ、目は特別な魔法でね。花の女神様の許しを得るまでは、君の前に立つことは出来なかったから」


 狐色の髪は金に、茶色の目は青に変わっている。


 色が違うだけなのに、まるで別人だ。


「その日まで待とうかと思っていたから、最初は僕が通う予定はなかったんだ。でもカミディオン国のオニキス王子が君を狙ってると聞いてね。居ても立っても居られず、こうして身分を伏せて学校に通うようになったんだ」


「カミディオン国とは仲が悪いの?」


「僕はレグリスの者だから」


 アーネスト=レグリス。


 それが彼の本名だ。


 レグリスといえば魔法の国だが、最近は魔道具にも力を入れているらしく、魔法の使えない者も多く住むようになったそうだ。


 おかげで国はだいぶ栄えてきているらしい。


「カミディオン国は剣の腕前はあるが、魔法を使える者が少ない。それ故に魔法使いを欲しているんだ。君のように花の女神様に愛されていて、尚且つ血筋もしっかりとしているならば、尚更ね。王族に血筋を取り入れたいと思うのはわかるけど……あ、僕は違うよ」


 家名でレグリスとつくから彼もまた王族なのよね。


 そう考えるとうちのクラスって、凄い人が集まっているわね。


「あなたがそんな事を考えるなんて思わないわ」


 単純な魔法力でいえばレグリスの方が上だし、わざわざ王族の地位を捨ててまで来てくれるんだもの。


 そこまでしてくれる彼を疑うなんてしない。


「僕は君だから結婚したいんだ」


 ずっと会いたかったけれど、花の女神様の許しを得るまでは駄目だったらしい。


 結婚に相応しい男になるまでにだいぶかかったそうだ。


「君の目線に入ることも許されなくて、ライフォンを通して色々と教えてもらった。君が僕の事を覚えているらしいという事で女神様の怒りも徐々に緩和したし、僕がアラカルト家に相応しいとなされたから婚約が許された。オニキス王子に君を譲るなんてする気はないよ」


「そうまでして私を思ってくれたなんて……ありがとう、アル様」


 アーネスト、もといアルが顔を輝かせて私に抱き着いた。


 今度こそどよめきが走る。


 父様以外の異性にここまで触れられるなんて、しばし私は放心してしまった。


「待っていてくれてありがとう」


 アルは私に触れていても花の女神様の制裁を受けること無く過ごせている。


 それだけで最早許可がおりているという事だ。


「六年前には残念ながら叶わなかったけれど、今日は改めて花の女神様に誓おう。僕と君の婚約を」


「はい」


 私は嬉しくてアルの背に手を回す。


 小さな体と短い手がもどかしい。


「カミディオン国に、いや、あんな男にヴィオラは渡さない。僕と女神様が絶対に守る」


 そうね、オニキス様のところには絶対に行かないわ。


 身分と素性を隠し、ライフォンと共に私を守ってくれたアルだもの。


 信じていくわ。


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