第7話

 「センセイ…なんでここにいるの?」

「いや…。たまたま通りかかっただけで…」

「うそ…。今までここであったことないじゃん」

 僕は今、彼女のすむマンションの真ん前にいる。とりあえず、なにかしようと考えて―彼女に会ってみることにした。

「なんですか…。わたし、テスト受けないといけないんですけど…」

 彼女は冷たくそう言った。まるで歓迎されていない…のかもしれない。それでも―僕は、彼女に会っておきたかった。

「まだ―少し時間ある?」

「…ちょっとなら。テスト2限目からなので―1時間くらい」

「いや…駅に向かいながら話そうか。そんなに長くかからないから」

 僕は彼女と横に並んで駅に向かう。


「駅まで―結構あるよね?」

 僕らは少し遠回りして、アーケード街を歩き駅に向かう。人通りは少なく、通勤ラッシュなのに僕らしかいない。

「2キロくらいです。センセイが来なければ―バスでした」

 少し離れた位置―お互いが腕を伸ばしても相手の手に触れないくらい―で彼女は言った。

 なんか早速、迷惑をかけてたみたい。

「それは―ごめん…」

「別に―いいですよ…。たまに歩いて行くこともあるので」

 あまり―友好的とは思えない雰囲気で言った。今の僕はあんまり―歓迎されていない。

「で―なんの用ですか?」

「いや…。一応…仲直りしたくて…。この前―僕のせいで空気が悪くなっちゃったから…。…ごめんなさい」

 彼女は―少し驚いて

「センセイが素直だ…」

 と僕の謝罪に反応した。僕は割と素直なつもりなんだけどな…。

「それに…。真壁さんの努力を―無碍むげに扱うようなこといて…ごめんなさい。それから…」

「あぁーあーぁーあー」

 彼女は僕の言葉を遮る。不愉快だから―というよりも、恥ずかしがっているように見える。

 そして、わずかにお互いの距離が縮む。手を伸ばしたら届きそう。

「もういいです…。そこまで言わなくても…。センセイの言いたいことは分りますよ…」

「そう…。でも僕は…君の味方になるって言ったのに―それができてなかったから…。目的のために努力するっていうのを応援できなかったから…さ」

「いいですよ…。無理するなって言うのも―正しいですから…」

 僕から―顔をそらして言った。髪に隠れた耳が、少し赤くなっているのが一瞬見えた。

「もう、僕にできることは―なにもないけどさ…。それでもなにもしないのは―イヤだったんだ」

 僕はなにもできない。けれども―なにかしてあげたいと思った。少なくとも―僕は味方でありたかった。

「なるようになるじゃなくて―できるようにしたい」

「…センセイ、恥ずかしいこと言うね…」

「二度と言いたくなかな」

 彼女との距離はお互いの手が触れそうなくらい―近づいていた。

「でも…嬉しい」

 

 アーケード街を抜け、放射状に伸びる道路に反して進む。何人ものサラリーマンやOL、学生が猪突猛進…とまでは言わないが、脇目も振らずに、駅に向かっているのが見える。

「センセイ―その…ありがとう。元気でた」

「なら―よかったよ…。ここ最近―弱ってたし」

「病んでたのかも…」

「だったら―昔の僕みたいだ」

「そうなんですか?」

「浪人生は―みんな病んでるよ…。そろそろ―駅に着くね」

 エスカレーターで下にくだりながら、僕がそう言うと―彼女は軽く僕の肘にパンチをする。あまり痛くはない。

「センセイ―」

 彼女は僕より先に地下の改札フロアに降りる。

「頑張ってくるね。テスト―期待してて」

「うん。楽しみにしてる」

 皮肉でも、嫌味でもなく言った。彼女がテストでどんな順位になろうと―僕はそれを受け入れる。それで、目標が達成できれば―ば褒めるし、できていなければ―寄り添ってあげよう。

「うん―楽しみにしてて」

 そう言って―改札の方に向かった。

 僕は回れ右をして―階段の方に向かった。そして―何歩か歩いてすぐに、ばたばたという、せわしない足音が―聞こえてくる。

「ぎょぉう」

 と、かなり間の抜けた声を出してしまう。後ろになにかがくっついてきたのだ。

 それは、当然言えば当然なのだけれど―知らない人間ではないので―真壁愛莉だった。

「あの…他の人もいるから…さ。…すこし―控えて」

 やめてとは―言えない。彼女が背中から離れてくれるのを、僕は待つしかなかった。

「いや…これでー最後かもしれないので…」

「そうならないと―いいね」

 僕は背中に肌の柔らかさと体温を感じながら―答えた。肋を圧迫する腕の力が徐々に強くなる。

「もう少し―いいでしょ?…お願い」

「まぁ…別に―いいけど」

 警察に通報されないかだけが心配。それでもまぁ―電車に向かっている人は、僕らのことなんて、目に入っているわけがない。

「今度こそ―ホントウに、行ってくるね」

「うん…。頑張って」

 こっから先は、本当に僕ができることが―なにひとつない。彼女の実力と、不確定要素の兼ね合い。もう―運がいいことを祈るしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る