第14話 勧誘

 ボーゲンが衛兵に連れ去られた後。


「ありがとうございました。ユウトさんかいなかったらきっとお墨付きはボーゲンさんに⋯⋯」

「最悪な事態を想定して動いただけだ」

「危機管理能力が高すぎですよ~。ユウトさんなら商人としても大成功しそうですね」


 確かに商人にはどの商品が売れるか売れないか、常にアンテナを張り巡らす必要がある。そういう意味では確かに危機管理能力が必要だな。


「商人としての事業はフローラに任せるよ。頼りにしてる」

「任せてください! きっとユウトさんの期待に答えて見せます。明日、今日から頑張ります」


 既に深夜0時を越えているので、フローラは今日と言い直したようだ。とてもやる気に満ちていて良い光景だが、申し訳ないがそのやる気は削がさせてもらう。


「さっき俺の願いを1つ聞いてもらうと言ったことを覚えているか?」

「も、もちろんです! でも身体を清める時間を頂いてもいいですか⋯⋯初めてなので⋯⋯」


 フローラは何故か顔を赤らめて、恥ずかしそうに身体をくねらせている。

 どうやら俺が大人の関係を求めていると、勘違いしているようだ。見た目は真面目そうな子供に見えるが、頭の中ではろくでもないことを考えていたのか。

 これは俺という人物がどういう者かをしっかりと調教して、教えてやらないとな。

 俺はゆっくりと一歩ずつフローラへと近づく。

 そして手が触れる距離に迫った時、俺はフローラに命令する。


「目を閉じろ」

「えっ? あっ、はい」


 目を閉じたフローラは顔を上げ、俗に言うキスをする体勢をとっていた。

 俺はさらにフローラへと近づき、顔に手を伸ばす。するとこちらの気配を感じたのか、緊張でフローラの身体は強張るが、俺は手を伸ばすのを止めない。

 俺の手とフローラの顔の距離が10センチ程になった時、俺は中指と親指でわっかを作る。

 そして俺はそのままフローラの額付近で、中指を跳ね上げデコピンを食らわす。


「いった~い!」

「バカなことを言ってるんじゃない。フローラは俺を何だと思っているんだ」

「え~と⋯⋯年齢の割りには大人びていて、強くて、誰も想像も出来ないようなアイデアを思いついて、何故かお姫様とお知り合いで、何を考えているかわからない怪しい人といった所でしょうか」


 フローラの言葉だけを客観的に聞いていると、信用できる奴には到底見えないな。わかってはいたが、俺は怪しい人物に思われても仕方のない男のようだ。


「でも⋯⋯私はユウトさんを信じていますから。お父さんとお母さんが亡くなってお店も取られて、そんな絶望に落とされた私を救ってくれたのはユウトさんです。例え世界征服すると言っても私は従いますよ」

「では、その方向で頼む」

「えっ?」

「フローラはこの世界で一番の商人になってくれ。裏からこの世界を支配するために、まずは生活必需品に成りうる物を開発、販売してほしい。そして住民のライフラインを五年で掌握して、フローラの店がないと生活が成り立たないようにするんだ」

「は、はい」


 便利な生活に慣れてしまえば、誰もが以前の衰退した生活に戻りたいとは思わないだろう。


「って! ちょっと待ってください! 本当に世界を支配するつもりなんですか!」

「ああ。手伝ってくれるんだろ?」

「それは⋯⋯」


 やはり一般人がいきなり世界を支配するなんて言われてもピンと来ないよな。リアに話した時はすぐに賛同してくれたが、これが普通の反応だろう。


「それに裏からなんて⋯⋯どういうことですか?」

「それは綺麗事だけで世界がよくなるだなんて思っていないからだ。そのことはフローラもわかっているだろ?」

「⋯⋯はい」


 ハッキリと言うつもりはないが、フローラはもし俺が現れなかったら両親の店を奪われたまま、一生ボーゲンの元でこき使われていたかもしれない。


「そして王族や貴族に対しては、今回のように衛兵に捕縛してもらって終わりというわけにはいかない。必ず自分が持っている権力を使って罪を逃れようとするはずだ。下手をすれば訴えた者を処分することもあるだろう」

「そうですね⋯⋯ユウトさんの言うとおりだと思います」

「俺はそんな奴らに屈しない世界を作りたい。そのためにあらゆる分野のコネや権力を手に入れるつもりだ」

「ユウトさんが表の世界で王となるのはダメなんですか?」

「さっきも少し話したが、綺麗事で事が運ぶとは思ってないからな。最悪の場合、俺の手で始末つもりだ」


 陽の当たる世界の王は俺には似合わない。そんなものになってしまったら政務に追われて動きづらくなってしまうし、権力を奪おうとする部下や親族に命を狙われる日々なんてごめんだ。やりたい者がやればいい。

 だから俺には裏の世界の王が合っているだろう。


「ユウトさんはその力を正しいことに使うということですね?」

「人を殺すことを正しいなんて言うつもりはない。俺が正しいと思った道を行くだけだ」


 特に王族が力を持ちすぎている。表だけではなく裏からも働きかけなければ、到底その牙城を崩すことは出来ない。

 だから子供で派閥もないフローラには、是非とも俺の目的のために協力して欲しい。


「⋯⋯ユウトさんはずるいですね。こんなに助けてもらったら、協力しないなんて言えないじゃないですか」

「断っても冷蔵庫の権利を剥奪するようなことはしない。俺が欲しいのは裏切らない真の仲間だけだ」


 俺はフローラに逃げ道を用意する。仕事でも何でもそうだが、やる気のない奴はいるだけでチームの士気の低下を招くので必要ない。


「ごめんなさい。私の言い方が悪かったですね。助けてもらった件がなくてもユウトさんに協力したいです」

「いいのか? 後戻りはできないぞ?」

「構いません。私も悪に屈する商人にはなりたくありませんから」


 フローラは真っ直ぐと俺の目を見据えている。その瞳には力強い光を感じ、決意が現れている様が俺にもわかった。


「ありがとう。期待している」

「はい」

「それで話は戻るが俺の願いは⋯⋯」

「わ、忘れていました。ユウトさんはどんなエッ⋯⋯いえ、何でもありません」


 フローラが言葉を全て口にしたら、先程より数倍痛みを感じるデコピンを放つ所だったな。


「明日の午前中は休養を命ずる」

「ええっ!」

「店の準備と王族の相手で疲れているだろ? それに今日もボーゲンを捕らえるため、遅くまで起きていたからな」

「それはユウトさんも同じでは? 私は大丈夫です」


 ブラック企業が喜びそうな言葉だが、これ以上無理をさせる訳にはいかない。


「いいや、休め。本当は1日休んでもらいたい所だが、フローラとしては店が気になって仕方ないだろ?」

「それはそうですけど⋯⋯私だけ休むのは気が引けてしまいます」

「安心しろ。明後日からは店の仕事以外に、剣術と魔法の特訓を受けてもらう」

「えっ?」

「フローラがこれから商人として有名になるなら、いつか必ず刺客を向けられることになるだろう。俺も可能な限り護ってやるが、その時に簡単に殺られては困るからな」


 そうならないために王子達に贈り物を渡したが、今後フローラがセインに協力する限り、目障りなのは間違いない。


「私、運動は得意じゃないのですが」

「それなら特訓メニューを厳しくしてやるから安心しろ」

「それは絶対に安心できない案件ですよね! やっぱりユウトさんの仲間になったことを後悔してきたかも」


 こうして俺はボーゲンの襲撃からお墨付きを護ることができ、フローラを新たに仲間にすることが出来た。しかし当の本人は、俺の仲間になったことを早くも後悔しているようだった。


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