50 神頼み
俺は、自分のことを、情の薄い人間だと思っている。
その認識は、今も変わっていない。
別に人間嫌いってわけじゃないが、一人で気ままに、平和で静かな生活が続けばいいと思っていた。
人恋しくなったり、鬱陶しく思ったりすることは……いやまあ、全くないとは言わないが……要は、来る者を拒まず、去る者を追わず、というやつだ。
だから、一人になったところで別にどうでもいいと思っていた。
そういう風に思うようになったのは、もちろん俺の性格に難があるからだろうけど、平凡とは程遠い家庭環境が関係している。
父は大企業の重鎮、母は全国区の有名人だ。有名人の子供がどんな目で見られるのかは、それこそ物心つく前から思い知らされている。
自分に近付く者は、母や父に近付くための踏み台だ。
姉のように、その知名度を生かして人気者を目指す道もあったのだろう。だが、どうやら俺は、そういうタイプではなかったようだ。
俺は人を遠ざける道を選んだ。もちろん、純粋な好意で近付く者もいただろうが、それを確かめる術が無い以上、全てを疑うしかなかった。
ガキの頃に一度だけ暴走したことがあった。
さして接点のなかった相手が、俺に絡んできた。いわゆるイジメだ。
俺は別にぼっちってわけじゃなかったが、常に他人と距離を取るようにしていた。その態度が気に食わなかったのか、もしくは、いいカモに見えたのか……
あの時のことは思い出したくもないが、結果的に、暴力を振るってきた相手をボコボコにした結果、学校、イジメた奴、塩対応をしていた先生たちを巻き込んでの大騒ぎとなり、いわゆる炎上騒ぎにまで発展した。
いい加減鬱陶しくなり、準備を整えた上で、そうなるように仕向けたのだが……
それで俺の評価が上がるわけもなく、腫れ物扱いされるようになった。とはいえ、下心で近付く者も減ったので結果的には良かったと言える。
一人暮らしを決めたのは、顔見知りがいない場所に行きたかったからだ。その際、親父がこの地を強く勧めたのは郡上家があったからだった。叔父さんに、俺のお目付け役をお願いしていたのだろう。
いや、裏で母さんが話をまとめたって可能性のほうが高いが……
おかげで、穏やかな日々を過ごせていた。
雫奈と優佳に出会ってからは騒がしくなり、危険な目にも遭ったが、全く嫌な気はしなかった。
それどこか、みんなと出会ったおかげで、郡上家を救うことができたと感謝しているほどだ。
拝殿前に到着し、賽銭箱に五円玉を放り込んで二人に語り掛ける。
「なあ、雫奈、優佳。もう
「栄太、元気そうね」
「おう、シズナか。ああ、おかげさまでな。すまんな、俺のせいで……現身だっけ? こっちの姿を失ったって聞いたけど……」
思った通り、祭神として祀られている相手なら、俺の祈りが届くらしい。
この幼い声は、雫奈ではなくシズナだろう。
「あれ? 栄太、寂しいの?」
「ちょっと姉さま、からかったらダメですよ。私たちの現身は、兄さまの欲望が詰まった姿なのですから、会いたくなるのも無理ないですよ」
なんだそれは……
いやまあ、否定できないが、人聞きが悪すぎる。
「……ユカヤだな」
「はい。兄さまの活躍、お見事でした。すごく格好良くて惚れ直しましたよ。今度会ったらギュ~って抱き締めてあげますね」
「そ、そりゃどうも」
一瞬、ユカヤの豊満な姿を想像してしまい、慌てて打ち消す。
だけど、神様相手に隠し事はできないようだ。
「うふふ、兄さまは、こちらの姿がお好みのようですね」
「……ったく、魔界に里帰りしてから、ますます小悪魔っぽくなってないか?」
「そんな事ないですよ。兄さまの記憶が戻ったようなので、嬉しくて仕方がないだけですよ」
ああ……懐かしい。
アパートの部屋や、この神社でやっていた何気ない会話を思い出す。
「なあ、現身を復活させる方法ってあるのか?」
「そりゃまあ……。でも、復活させる必要はないかな」
「必要……ないのか? なんなら好きな姿に変えてやるぞ」
「それは魅力的な提案ですけど、私は妹ちゃんの姿、すごく気に入ってますよ」
もう、現身は必要ないのか?
そりゃまあ、鈴音と粋矛、それに双子の水神──水室豊と水室皇がいる。さらに言えば、秋月様とその仲間たちも……
だからと言って、二人が必要ないっていうのも変な話だ。
「あっ、ごめんごめん、意地悪な言い方になっちゃったわね」
前の
「ちょっと兄さま。落ち着いてください」
別に焦ってるわけじゃない。言われなくても落ち着いている。それどころか、頭の中が冴え渡っている感じがする。
やっぱり2Dより3Dのほうがいいのか……? そうなると、時間がかかるな……
前のモデルを流用すれば時短になるが、成功のカギは込める思いの強さって話だから、一から作ったほうが……
「ほれ、栄太よ、心鎮めて周りを見よ」
「ん? 粋矛……いや、ネボコか?」
「どちらも変わらぬよ。好きな方で呼ぶが良い」
「俺の中にいるのか? 足が治れば、もう必要ないんだろ?」
「現身にも慣れたからな。どうも我が保護者は危なっかしくてかなわぬから、守護者としては、こうして見守っておらねば気が休まらん。それよりもだ……ここでワシらに話しかける時は、声に出さずとも良いぞ。ほれ、周りの者が驚いておる」
いつの間にか神社に人が戻ってきていた。
そんな中、俺は、ひとりでぶつぶつと呟きながら、長々と祈りを続けていたってことになる。
なんだか、必死に神頼みをしていたようでかっこ悪い。
「……家に入るか」
「それが良かろう」
俺は、自分のことを、情の薄い人間だと思っている。
その認識は、今も変わっていない。
……だけど、周りが見えなくなるほど必死になっていたのだから、もう認めるしかないだろう。
去る者を追わずと言っておきながら俺は、二人に……雫奈と優佳に会えないことが寂しいのだ。
それを自覚すると、ますます周りの視線が気になってしまうが、なるべく堂々とした態度で玄関へと向かった。
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