34 災厄崩しの双剣
さすがに小鬼も、無限というわけではなかったようだ。
全身を駆け巡る疲労と戦いながら、ユカヤは領域内にいる最後の小鬼を、細鎖で貫いて黒い霧に変えた。
ユカヤは自分の担当分はもちろん、ブラックバイパーに専念するノーラの分と、先にダウンしそうになっていたノッティーのサポートも行っていた。
その甲斐あって、小鬼たちはただの一匹も祭壇や神楽殿に近付けなかった。
ユカヤは気持ちを奮い立たせるように、自分の頬を両手で叩く。
「ノーラの気持ちが、少し分かった気がします」
目の前には蹴散らした小鬼たちの魔素が漂っているが、ブラックバイパーの怨念に汚染されているので吸収するわけにはいかない。
ある意味、空腹で倒れそうな状態で、目の前に毒入りの料理が並べられているようなものだ。それを延々と、ゴミ箱へと放り込み続けているのだから、まるで拷問だった。
それもやっとひと段落ついたが、まだ休むわけにはいかない。
こんな時には、魔素ドリンクの一本でもグイッとキメたくなるってものだろう。
「ノッティー、まだやれますか?」
「む、無茶言わないでっ!」
「まだまだ元気そうですね」
容赦のない言葉を添えて、ユカヤが微笑む。
謎の信頼感とでも言おうか、ノッティーは弱音を吐いているうちはまだ大丈夫だと分かっているのだ。
「鬼神さん、小鬼退治をお願いしてもいいですか? 私たちはノーラの援護に向かいます。あと、もしもの時は……」
「任された。存分に励むが良い」
事も無げに鬼神が請け負う。
目に見える小鬼は全て滅したとはいえ、またいつ襲って来るか分からない。だけど、領域に入ってきた小鬼を順番に滅すればいいだけだ。
数の暴力さえなければ、鬼神にとっては簡単な仕事だ。
愚図るノッティーを強引に引っ張って宙を舞うユカヤを見送りながら、鬼神は周囲の警戒を強めた。
小鬼がいなくなり、その討滅で発生する魔素がなくなった。
つまり、祭壇の浄化能力に余裕が生まれたわけで、行きがけの駄賃とばかりに、ユカヤは通常の太さの操心縛鎖を操って、壺を囲炉裏の上に乗せる。
悪魔にとって古いしきたりや作法なんて関係ない。
そのまま通り過ぎようとするユカヤをノッティーが呼び止める。
「……ちょっ、ちょっと、リーザ。待って……」
「今は、愚痴を聞いてあげている暇はありませんよ?」
「だ……だから、愚痴じゃない……作戦が、その……あるんだってば」
空中で静止したユカヤに見つめられたノッティーは、炎から立ち昇る白い煙──浄化された霊力を指差すと、操って集め始めた。
たしかに、最優先なのはブラックバイパーの討滅だが、呪われた魔素の浄化も重要だ。そう思い、話の続きを促す。
「……分かりました。ノッティー、お願いします」
「ええ……ま、任せて。……あっ、こ……これ、リーザ、持って行って。……その、最後のひとつ……だから」
小瓶を受け取ったユカヤは、眉をひそめる。
「ち、違う。ドリンクじゃない。その、魔素に干渉して……少しだけ、動きを止めるクスリ。……最初に足止めしてもらえると……助かる」
「あっ、アレですね。あなたほど上手にできるか自身はないですけど、やってみます。じゃあ頼んだわよ、ノッティー☆」
笑顔でウインクすると、ユカヤは飛び去っていった。
ノーラは苛立ちを隠さず、むしろそれを原動力として、ブラックバイパーに向かっていく。
二本の大剣を大きく振りかぶって、大上段から同時に叩き付ける。
あわよくば、そのまま地面に落そうという勢いだが、スルリと躱されてしまった。
結果的には、そのおかげで助かった部分もある。もし、本当に地上に落ちていたら、現世にも大きな影響が出ていただろう。
そんな判断ができないほど、ノーラは戦いに没頭していた。
「おい、てめぇら! 何かもっと、こう……スゲー技とかねぇのか?」
そんなことを言われても……と、困惑する大剣たち。
何かないか。この敵を討つ、いい方法は……
何か、いい方法……
双子と悪魔の心が重なり合った時、新たな隔離世が開かれて、三者の意識が引き込まれた。そこには、異形の神の姿が。
「お、お前は……」
出迎えたのは、双頭の蛇神「
それが何故か、呆れたようにため息を吐く。
「おいおい、お前らは俺から生まれたんだろ? キレイな見た目になって、蛇神だってこと忘れてんじゃねぇだろうな? 蛇は変幻自在で捉えどころがなく、伸縮もお手の物ってぇ優れもんだ。あとはまあ……心の中にある豊矛神の言葉を思い出せ」
ノーラにしてみれば、魔剣に操られるがまま激情に押し流されるようにして斬った、神格化したデイルバイパーだ。
言いたい事は山ほどある。だけど、ノーラは言葉にできなかった。ただただ、涙が零れ落ちた……
「キミは本当に相変わらずだよね」
気付けば蛇神は、幼き頃の
「意地っ張りなくせに泣き虫で、窮屈で退屈な天界が大っ嫌いで……」
「ああ……、ああそうだ。いつも、アタイの愚痴を聞いてもらってた……」
「ごめんね、最後までキミに迷惑をかけて」
「迷惑だなんて、思ってねぇよ」
幼いデイルバイパーが微笑む。
もちろん蛇の表情なんて分からないが、ここにいるモノには伝わった。
「ブラックバイパーだっけ? あの子は僕の妄執から生まれた可哀想な存在。僕が僕自身を嫌って消滅を願った成れの果て」
「お前……自分が嫌いだったのか?」
「そうだよ。キミの友達でありたいと願いつつ、キミの迷惑にしかならない自分が嫌いだった。僕がいなければ、キミは天界を追放されなかったし、こんな苦労をしなくても良かったのにってずっと思ってた」
「
「そっか、キミは相変わらず優しいね。そういうことにしておくよ。このボクが少しでもキミの役に立てたのなら、良かったよ」
「チッ、もう限界みてぇだな。ミズトヨ、ミズタチ、俺の代わりにコイツの力になってやってくれ」
「そんなの、言われなくても分かってるって。アナタの思いは私の中に引き継がれてるんだからねっ♪」
「僕だって、思いは受け取ったよ」
自信満々の
個性豊かな後継者たちに、
「ノーラ、後のことは頼んだ。奴を討ち、妄執から解き放ってやってくれ」
「そういう約束だったからな」
「……そうだったな。俺の約束に縛られて、これじゃあ、まるで呪いだな」
「ハカ、
「そっか。そうだな……フェイトノーラ」
満面の笑み……らしきものを浮かべた
……と同時に、
白昼夢とでもいうのだろうか、ほんの数秒……いや、一秒にも満たない刹那の邂逅だった。
「ノーラ! ノッティーからのお土産です!」
声のほうを見ると、ユカヤが何かを散布していた。
少し遅れて、祭壇からノッティーが、聖なる霊弾──濃縮された清浄な霊力を撃ち出す。
それを見て、ノーラに宿る野生の勘が、好機だと訴えかける。
「災厄崩しの双剣よ……」
その声に反応して、二振りの剣に細かな亀裂が走り、蛇腹剣に変貌した。
刃の小片が鋼線で繋がれ、伸縮自在にして変幻自在、ムチのようにしなって動きの止まったブラックバイパーに絡みつく。
「えっ?」
「あれっ?」
思惑が外れたユカヤとノッティーが、困惑の声を上げた。
ノッティーの作戦はこうだった。
まずは、ユカヤが薬品を散布して敵の動きを止める。
そこに、聖なる霊弾を打ち込んで、内部から大ダメージを与える。
あとはノーラが頑張る。ダメならユカヤがサポートする。
……といったものだった。
なのに、聖なる霊弾は、敵に絡みつく剣に吸い込まれてしまった。しかも、どうやら敵にダメージは無さそうだ。
そんな思惑に気付いていないノーラは、剣の力が増したことを感じて、気合を込める。そして……
「奴を妄執から解き放て!!」
見事、災厄崩しの双剣は、
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