31 御神楽
現世の状況を見守りながら、隠世に集った面々も準備を進めていく。
こちらも同じで、
小瓶が九十六本と、壺が二十二個。
少し普通の魔素も混ざっているらしいけど、よく溜め込んだものだ。
その浄化を担当するのは、
そして、この儀式場の四方を、
まあ、隠世だけに悪魔がいても珍しくはないが、ここは土地神が管理する場所。それだけに、ユカヤはもちろん、ノッティーとノーラも羽衣和装になっている。
角や翼など、悪魔の特徴を消すのを嫌がった悪魔たちだが、ユカヤが「誰のせいで、こんなことになったと思っているのですか?」と、満面の笑みで迫ったら、あっさりと折れた。
トトン、トトン……と、小鼓の音が鳴り響く。
それを合図に、ユカヤは集まった面々に対し……
「これより、双頭の妖蛇より生まれ出でし魔素の、浄化を始めます」
そう言って、作戦の開始を高らかに宣言した。
……と、同時に、現世の囲炉裏にも炎が上がる。
初めはゆったりとした拍子に合わせて音が奏でられ、落ち着いた感じの、しかし、どこか緊張感の伴う優雅にして繊細な舞が披露された。
大鼓に小鼓、笛に弦楽器、
現世と隠世で奏でられる楽器は違えど、拍子と舞が同じなので、奇妙な一体感を生み出している。
徐々に音が増え、拍子が複雑になって来ると、舞にも熱が帯び始めた。
それに伴って、囲炉裏の炎が強く激しくなっていく。
「……猛る
小瓶は割れたり飛び散ったりする事無く、聖なる炎に炙られ、溶けるように……もしくは崩れるようにして消えていく。
立ち昇る白い煙が浄化役の双子に降り掛かるが、これは浄化した霊力を取り込んでいるのだ。
白い煙が完全に消えたのを見計らって、今度は
それを交互に行い、すぐに全ての小瓶が無くなった。
「まだ動きはありませんね……」
ユカヤは小さく呟き、周囲の気配を用心深く探る。
拍子が変わり、さらに強く激しくなる。
それに合わせて演奏も、そして踊りも激しいものとなった。
羽衣が大きく広がり、秋月様に羽根が生えたようにも見える。それにキラキラと光る神秘の輝きが、炎に更なる力を与えていく。
「……浄め、祓い、解き放て……願いを束ねて闇を絶て……」
より一層の輝きを放った炎は櫓へと燃え移り、ますます猛る。
その上に、双子の神は力を合わせて慎重に壺を乗せた。
封印の施された壺は、双子の神には大きい。神力で操れば簡単だが、あえて自ずからの手で行うのが作法だ。
一つ目の壺が浄化され、煙となった。
次に二つ目、さらに三つ目と進んでいく。
そこで、現世のほうで異変が起こった。
病室に戻った美晴は、窓の外を眺めて顔を曇らせる。
ひざの上にお座りをしている鈴音も不安そうだ。
どんよりとした雲に覆われていた山門市にも、とうとう雨が降り注いできた。
病院の中ではあまり音が届かないが、叩き付けるような激しい雨になっている。
さらには……
「きゃっ!」
突然の雷光に小さな悲鳴が上がり、廊下からも心配や困惑する声なのだろう、落ち着きのない騒めきが漏れ聞こえてきた。
更にもう一度。
ここにきて、先の雷鳴が聞こえてきた。ということは、落ちた場所はまだ遠く離れているのだろう。
もちろん、病院には雷対策がなされている。余程のことが無い限りは大丈夫なはずだ。
それは美晴も分かっているけど、禍々しいというのか、迫るような不吉を感じ取り、鈴音をギュッと抱き締めた。
突然の豪雨は、静熊神社にも降り注いだ。
事前に荒天の気配を感じ取った時末は、授与所の三藤に声をかけて参拝客を避難させる準備をお願いした。
とはいえ、小さな神社には避難できる場所は限られている。
家のほうがくつろげるだろうけど、家主が不在の上に、プライベートを見せるのは気が引ける。だから、いそいで授与所を閉じて……
「
そう指示を出すと、倉庫へ向かって、ガスボンベとコンロの用意を始める。
「ふぅむ、炊き出しですな。分かり申した。ここはワシに任せ、三藤殿は鍋の準備をお願い申す」
「わっかりました。お願いします」
正直なところ三藤は、ここまでする必要があるのか……などと思っていたりもするが、時末が「ただならぬ荒天に見舞われる気配がします。大型台風と同様に、最大限の備えで挑むべきでしょう」という言葉を信じて、何をすべきかと考える。
「あっ、縁ちゃん。毛布は重いでしょ? それは私が運ぶから、家の戸締りをお願いしてもいい?」
「はい。分かりました」
「功大くん、ちょっと食材の確認をお願いします。こういう時は、豚汁かお汁粉だと思うんだけど、材料があるか見てもらってもいい?」
「う、うん。分かった」
時末が予兆を感じ取って早めに動いたおかげで、かなり窮屈ながらも、参拝客たちはそれほど雨に打たれることなく避難することができた。
そして秋月神社では、観客のいない御神楽が続けられ……
特に誰かが何をしたわけでもないのに、祭壇の囲炉裏に灯った神の炎は、滝のように降り注ぐ雨の中でも消えることなく、それどころか益々火勢を強めて燃え上がり、一種異様な光景を生み出していた。
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