23 暴走の余波
「幽霊……ですか?」
「ああ、悪霊どもが騒いでたぜ。つっても、場所が場所だからな。……ちったぁ役に立ったか?」
「はい、もちろんです。さすがペンデウムのグロリアンサーと呼ばれておられるお方。頼って正解でしたわ。また何か面白いお話が聞けましたら教えて下さいね☆」
「お、おう、任せとけ」
嬉しそうに笑顔でウインクをするユカヤに撫でられ、モップの先のようなもふもふ毛玉の悪魔は、照れたように全身を赤らめた。
ユカヤは、
ちょっとした騒ぎなんてものは、現世でも常にどこかで起こっている。ましてや、魔界ともなれば、全てを把握するのは不可能だ。
それでもユカヤは、ちょっとでも手がかりになるようなことはないかと情報を集め、分析し、その確認に奔走していた。
意識を分散させるにも限度がある。むやみやたらと分身を増やせばいいってわけではない。注意力が低下すれば、重要な手がかりを見逃す恐れが増すし、対応もおざなりになってしまう。だから、そうならないギリギリを見極めつつ、徒労感が募る作業を慎重かつ大胆に進めていた。
集まった情報は、目的のものとはかけ離れたものがほとんどで、嘘や冗談、からかい半分なんてものも多い。実際に調べてみれば、話を聞いた悪魔が他の悪魔に騙されていたという結果も少なくない。
それらを除外した中でも幽霊関連の噂は、最優先で調査している。
だから、言われた場所へと早速向かったのだが……
「えっ、なに!? 今の……?」
魔界を揺るがすような、衝撃が走り抜ける。
現世で言えば、巨大噴火が起こったような……巨大隕石が落ちたような……とにかく、嫌な騒めきを伴った心を乱すような不可視の振動を感じた。
魔界にも火山はあるし、隕石どころか浮遊大陸の落下なんてこともあるけど、こんな……存在を脅かされるような、畏れを伴う感覚は珍しい。
「これって、神気……?」
魔界では清浄な霊力は毒のようなものだ。
こんな力を揮う存在は、神かそれに近しい存在に違いない。
隠世では、ごく当たり前のように接していたチカラだけど、魔界で感じ取れば、これほどまでに脅威を感じるものなのかとユカヤは身震いする。
それはさておき……
「……っていうか、これって姉さま……ですよね? なんで魔界に?」
なんで魔界にいるのかもだけど、何をしているのかが気になる。
はっきり言って、無茶や無謀を通り越して、自滅しに来たとしか思えない。だけど、シズナのことだから栄太が関係しているのは間違いないわけで……
何か手がかりを得たのだろうか。でも、それなら何か連絡があるはずだ。
ともかく、連絡用隔離世で問い合わせつつ、爆心地へと向かった。
連絡用隔離世のシズナは、小さな身体をさらに小さくして土下座をしていた。
「……それで、姉さま、何があったんですか?」
「本当にごめんなさい。そんなつもりはなかったのよ? 待ってるだけなのもどうかと思って、ちょっとお手伝いしようかなって魔界に入ったんだけど、なんだか嫌な場所で……こう、何だか変に気分が昂っちゃって……。たくさんの小鬼が襲ってきたから、つい……」
幽世のユカヤは大人の姿なので、子供姿のシズナを叱っているように見えてしまう。だけど、別に怒っているわけでも、叱っているわけでもなかった。まあ、今の言葉を聞いて呆れてはいるが……
「つい……で、魔界に聖域を作ったのですか? 無茶苦茶ですよ?」
「私も不思議なのよね……。なぜ、あんなことをしたんだろって。女神だってバレないように気を付けてたんだけどね……」
とうとうユカヤは大きなため息を吐いた。
「それは、魔素の影響ですよ」
「魔素?」
「はい。姉さまは、魔界に入ったのは初めてですよね」
「ええ、そうだけど……?」
「魔素は負の感情の集合体で、欲望を刺激して理性を失わせるのです。魔に耐性の無いモノは、魔素に酔ったりするのですよ」
「邪気のことね。そっか、私、邪気に当てられたのね」
「魔が差した、とも言いますね。幸い……と言っていいのか分かりませんけど、周囲の邪気が浄化されたので正気に戻ったのでしょう。もし姉さまが、あのまま魔素を取り込み続けていたら、天界から追放されてましたよ。きっと」
そうでなくても、今回のことで、何か処分が下される可能性もある。
だけど、それよりも……
この異変は、
魔界に聖域が出現するなんて椿事は聞いたことは無いが、原因不明のまま時が経てば、いつものように誰かの悪戯ってことになるだろう。浄化された土地も、放っておけば、そのうち元に戻るはずだ。
それよりも、シズナの存在がバレることのほうが大問題だったりする。
悪魔たちは、神が魔界に潜入しても気に留めない。ただ、姿を見かけたら、完膚なきまでに叩きのめすだけだ。
なので、とりあえずシズナは、見つからないうちに魔界から退去した。
ネボコが作った魔界の隔離世では、苦し気な声が響く。
仰向けに横たわる栄太の上で、ネボコが馬乗りになっていた。
「どうだ、栄太よ。ほれ、感じるだろ?」
「うっ……あ、ああ…………」
「まだまだ激しくいくからの。ワシの攻めに、見事耐えてみせよ!」
うりゃうりゃとネボコが身体を揺する。
それに合わせて二人の境界が淡い光を放ち始め、苦しそうに表情を歪めた栄太が耐え続ける……
「ふむ……、ここまでのようだな」
ふわりと宙返りをするように栄太から下りたネボコが、満足げにうなずく。
「栄太よ、よく耐え抜いた。これなら、まず大丈夫だろう」
粗い呼吸を繰り返しながら、身体を起こす栄太。……とはいえ、幽世で呼吸は意味がないので、そういう状態なのだという無意識の意思表示なのだろう。
「どうだ、栄太。少しはコツがつかめたか?」
「まあ……な。これを無意識にやれって言われたら困るけど……」
「言わぬよ。ワシが隠世への門を開くまでの間、耐えれば良いだけじゃ」
栄太の精神が不安定になったのは、魔界の邪気の仕業だった。
だから、自我の崩壊を防ぐ自己の壁を強化し、邪気の浸食から己を守るための訓練をしていた。
これを極めれば、魔界でも自由に行動ができるようになるし、他人の魂に吸い込まれることもなくなるし、触ることも可能になるらしい。
ネボコが急に動きを止め、何も無い中空に視線を彷徨わせる。
「ん? どうした?」
「あー、いやなに。ちょいと魔界で何かが起こったようだ」
栄太は休憩しつつ、心を落ち着けようと意識する。
この世界では何事も、意識をすることが大切なのだ。
それを教えてくれたネボコを見つめて、心の中で感謝する。
そのネボコは、難しそうな顔をして唸っていた。
「うむ……」
不思議そうに首を傾げたネボコは、少し考えるような仕草をすると……
「栄太よ。チャンスやもしれぬ。すぐ魔界に出るから、心の準備をしておけ」
決意を固めた表情で急かすような仕草をしながら、栄太の元へと駆け寄った。
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