竜を撫でる

下之森茂

01 竜使いと王子


宰相さいしょう「レイナード王子も

   もうじき成人を迎えられる」


竜屋りゅうや「ははぁ、それでレイナード様を

   地竜に乗せてパレード、ですか」


宰相「左様。しかし王子は

   まだ搭乗経験がないのでな」


竜屋「王家が竜に乗るとは時代ですな。

   昔は瘴気しょうきの元なんて言われたものだ」


宰相「まったくだ。

   私の時代では考えられんよ。

   しかし、これも王家の意向だ。

   年寄りが口出しすべきことではない」


竜屋「いや、まったく。年を食うとすぐ

   小言が増えていかんですな」


 ふたりは身分は違えど、同じ高齢の身を笑い合う。


宰相「王子に似合いのものはあるか?」


竜屋「では、あの子に任せましょう。

   大人しくて賢く、若い娘です」


 宰相の後ろで退屈そうにしていた王子レイナードの前に、巨大な竜たちが並ぶ。雪深いこの国でも竜たちの群れが放つ熱で、一部の雪は溶けている。つややかな黒い髪の王子は、独特の匂いと熱気に鼻を塞いだ。


 竜屋が指し示した先は、白い体毛を持つ竜。長い鼻先がキツネのようにも見える外見だが、その体長は大人十数人分に匹敵する。空を飛ぶための羽はなく、地竜と呼ばれる竜の種類である。尾はとても太くて大きい。


宰相「白い地竜とは、これは美しい」


竜屋「ディアナ。ディアナ!」


 主人に名前を呼ばれたにも関わらず、白い竜の首はそっぽを向いた。宰相はこの賢くない竜に良い顔をしない。しかし、ディアナは竜の名前ではなかった。


ディアナ「なんですか、旦那だんなぁ」


 竜の背の体毛から、金の髪をした女が出てきた。年の頃は王子と同じ、成人前後である。


竜屋「降りてこい。上客だ」


 ディアナは竜の背を軽く叩くと、白い竜は地に伏せて、彼女を地面に降りやすくした。ディアナは道具もなしに器用に地竜の身体を滑り降りる。


 ディアナは下町で働く娘だが、客商売故に身なりはそれなりに整っている。レイナードは自分よりも背が高い彼女が気に入らなかった。


ディアナ「お客さん、どちらまで?」


竜屋「旅の客じゃない。

   王子に竜の乗り方を教えてやれ」


ディアナ「王子ぃ?」


レイナード「この女が?」


 露骨に不満をあらわにしたレイナードの顔に、ディアナは息を吹き付ける。


レイナード「うぁ! なにをする!

      無礼な」


ディアナ「竜は繊細なんですよ。

     そんな態度ではこの子に

     嫌われてひと噛み。

     気をつけてください、王子さま」


竜屋「こりゃ、ディアナ」


 ディアナは叱られても満面の笑みで謝るので、竜屋の主人はこの若い娘に何も言えなくなる。


宰相「大丈夫ですか?」


竜屋「いや、ディアナの言う通り。

   竜は巨大であっても繊細です。

   扱いを間違えれば、ほれ」


 依頼主の心配は当然のことである。しかし竜屋は慣れたもので、懐に入れていた自らの失った右手首を見せる。王子は手首の先を見て血の気が失せた。


竜屋「この地竜もおとなしい子なんで、

   天竜様への挨拶なら何度もしてる。

   この子らが一番の適任でさ」


宰相「ならばよいが…。

   事故があっては困るからな。

   荷は多めに積んでくれよ」


ディアナ「ふひひっ…。料金割増~。

     それではよろしいですかな?

     王子さまは」


 王子であってもまだ幼く、巨大な竜を目の前にしてひるむ。そんなことを気にせず、奇妙に笑ったディアナは大きな革紐を持ってきて、地竜の腹に巻きつけた。


ディアナ「おい、スピナー!

     遊びじゃないんだぞっ!」


 地竜はその大きく鋭い爪で、紐と戯れたので、大声で叱責しっせきした。地竜は目を見開き、驚きと同時にこうべれる。王子も同時に驚き、萎縮いしゅくしてしまった。それから薪や食料なども乗せる。


ディアナ「さぁ、乗って。

     ビビってると日が暮れますよ」


レイナード「なにを!

      ビビってなどいない!」


 レイナードは客用に出された縄梯子を、恐る恐るよじ登った。

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