2 時間が巻き戻ったようです
気が付くとアリゼは自分の部屋に寝ていた。
どうしたんだろう、夢を見たのだろうか。血の中に沈む自分。
蔑むように見下した王太子フランソワ。
苦しくて苦しくて胸を掻きむしって、息も出来ず、声も出ず、自分の吐いた血の上に倒れた。誰も、アリゼの心配をしなかった。
迷惑そうな、ゴミでも見るような視線だった。
死にゆくアリゼを見てほくそ笑む人々がいる。恐怖か、怒りか、絶望か、いや、生理的な断末魔の苦しみが甦り、身体が震える。
「お嬢様、アリゼお嬢様。どうなさいました」
侍女が来て様子に驚く。真っ青になってベッドの上で震えていたのだ。
部屋に入って来た侍女を見て、アリゼは思い出した。夜会の前に、この侍女に言われて薬を飲んだ。
『吐瀉物の丸薬の残りに毒──』
医者は確かにそう言った。この侍女だ。
『奥方様が心配されて、緊張をほぐすお薬だそうです』
そう言って、この侍女が夜会の前に薬を差し出した。
「あ……、あ……、いやあああぁぁぁーーー!!」
今度こそアリゼは悲鳴を上げた。
屋敷にいた母親と、帰って来た父親にアリゼは泣いて縋った。
「お願いです、侍女を代えて下さい」
両親はいきなりアリゼが騒ぐので、病気かと心配して医者を呼んだ。
「丸薬に毒を入れられるのですか? それはどのような? どうやって?」
アリゼは医者に毒の事を聞く。そのことは医者から両親に伝えられ、両親は心配になって、ベッドにいる彼女に聞いた。
「夢を見たのです。あの侍女が私に毒を──」
夢の所為にしたが、両親は不審に思って侍女の事を調べた。そして侍女の身元が不自然な事に気付いた。侍女は公安に渡され調べを受けた。
そして、マクマオン侯爵家と並び称される、パストレ侯爵家の寄子の庶子と判明した。あの王太子にべったり寄り添っていたジャニーヌは、パストレ侯爵家の令嬢である。
ジャニーヌは焦っていた。アリゼの卒業が近付いても、フランソワ王太子は一向にアリゼと婚約破棄をする気配がない。このままでは王太子とアリゼが結婚してしまう。
そんなことは、王太子の取り巻き達にチヤホヤされ、持て囃されて天狗になっていたジャニーヌには許せない事だった。ジャニーヌは追い詰められて、アリゼに毒を盛るよう、侍女に命じたのだ。
◇◇
あんまりな記憶に、アリゼは体調を崩した。そのまま寝込んでしまい、やせ細って、しばらく屋敷で養生して過ごした。
「ねえ、今っていつかしら」
鏡の中にいる少女が自分だと信じられなくて、新しく侍女になったイリスに聞く。
「王歴568年でございますよ、お嬢様」
「そうなの」
アリゼは今12歳という事になる。死んだのは18歳の時で、随分若返っている。
(こんな事があるのだろうか?)
アリゼの侍女はイリスという20歳位の有能そうな女性に代わった。
前の侍女は、マクマオン侯爵家から暇を出された。
何処をどう掻い潜ったのか、前の侍女は半年前からアリゼ付きだった。父のマクマオン侯爵は、自分の甘さと少しお人好しな性格を悔いた。
マクマオン侯爵はパストレ侯爵家に対して不信感を抱き、それ以降、事業や政策で配慮や心配りをすることを止めた。妨害はしないが手助けもしない。援助を求められても、のらりくらりと躱した。パストレ侯爵家の令嬢ジャニーヌは、王家から縁談を持ち込まれて他国の貴族と婚約した。
アリゼは久しぶりに気分が良くて、鏡の前で侍女に髪を梳かしてもらう。鏡の中のアリゼは、死んだ時よりずいぶん幼くなっていて驚いた。
鈍色でネズミのようだと言われた髪も艶やかな銀色になり、瞳もブルーグレーになった。小さな頃はこの色だったように思う。もしかして、少しずつ毒を盛られていたのかもしれない。もうあの侍女は辞めてしまったので確かめられないが。
前回、王太子フランソワと婚約したのは、王歴568年の初夏だった。
今は秋のようだ。窓から見える景色は葉が色付いて落ち葉が舞っている。まだ、アリゼはフランソワ王太子と婚約していなかった。
病弱な女では王太子の妃にはなれないだろう。そう思うと少し気が楽になる。
アリゼの体調はその日から、ゆっくりと回復していった。
やがて、王太子の婚約者候補が決まったと聞いた。アリゼは父に何も聞いていないのでその中に入っていないだろう。胸を撫で下ろしたが、まだ不安であった。この国にいるのは危険かもしれない。
あの王太子と、あの侯爵令嬢の、手の届かない所に行かなくては──。
アリゼは他国に留学する事にした。両親や兄に相談して行き先を決める。
海の向こうの新興国ヴィンランドにした。女王が統治するヴィンランド王国は、魔道具の研究が盛んで、治安がよく、女性の社会進出も進み、結婚も比較的自由だという。
アリゼはヴィンランド王国の魔法学校の入学資料を取り寄せ、頑張って勉強して魔道具科のある魔術学院に入学することが出来た。
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