第8話 憂鬱のモダニティ

「は?」

 今の今まで人の死をからかっていたくせに、今度は力を貸せというはどういう了見なのか。

 あまりにも意味不明すぎてミツグはろくに言葉を返す事が出来ず、口をパクパクさせている。

「本題に入ろうか」

 ゼンゼンマンはどこから取り出したのか、黒いスマートフォンをミツグに手渡した。

「って、これオレのスマホ! なんでお前が持ってるんだよ!」

「やだなー。デスゲーム物は記録手段や外部への通信手段を真っ先に封じるのが定番じゃないか。ま、とにかくニュースのとこ開いてよ。電波は一応繋がってるから」

 何か納得いかないものを感じるが、ミツグは言われるままにニュース一覧のページを開く。

「これだよ」

 ゼンゼンマンが横から割り込んで、スマホ用タッチペンで一つの記事をタップさせる。

 それは、高校の隣町で起きた連続不審死のニュースだった。確か今朝、キリオとユラコの雑談の中で少し話題になってたのをミツグはうっすら思い出した。

 記事の内容を要約すると、老若男女そして時も場所も問わずに突然意識を失ってそのまま半日から一日後にそのままかえらぬ人になってしまうという不可思議な現象が起きている。

 死亡した人間には共通点も接点もなく、原因不明のまま警察も医師も頭を抱えているようだ。

「ワタシがその犯人を追っている、って言ったら信じるかい?」

「お前が犯人じゃないのか」

「理不尽すぎる言いがかりだね!?」

「人に理不尽なデスゲーム強いといて何だよその返しは!」

 不審死事件にデスゲームをやらせる二メートルピエロの出現が重なれば、どう考えてもこいつが一番怪しいという流れになっても無理もない。

 無理もないのだが、ゼンゼンマンにしてみれば不服であったようだ。

「大体ワタシが犯人だったらわざわざループさせてキミらの命の保証なんてしないでしょ!」

 仮面が「PUNSUKA!」「PUNSUKA!」と抗議するかのように点滅を繰り返している。

「じゃあ誰が犯人なんだよ?」

「いやいや犯人は「誰」って個人名じゃないよ」

 そしてゼンゼンマンは一拍置いてから答えた。


悪霊獣あくりょうじゅうだよ」




 悪霊獣。

 漢字ではなく音だけ聞くと何が何だかさっぱり分からない単語だが、ゼンゼンマンの説明によると人の魂を食い散らかす神出鬼没の魔物のことらしい。

「ほら、二番目のゲームで瞬殺されたドロドロのドクロのやつ覚えているでしょ? あれと似たようなものだよ。まあワタシが使ったのは実験用サンプルみたいなやつだったし、魂どころか肉体ごとバックリ喰っちゃうやつだったけど。で、今回ワタシが標的にしているのは悪霊獣と呼ばれているもので、そいつは普段は実体を持たず姿も見せないんだけど、人間の魂を喰う時だけ実体化する非常に厄介な……って聞いてる?」

 ミツグからのリアクションが返ってこないので、ゼンゼンマンは少し心配そうに彼の方を見た。

 案の定、ミツグは話しについて行けていない様子でぽかんとしていた。

「ちょっとちょっと! 大事な話してるんだからちゃんと聞いてよね!」

「知るかよ! 悪霊だかなんだか知らないけどいきなりそんなファンタジー要素出されてついて行けるわけねーだろ!」

「……デスゲームに巻き込まれてる時点で十分ファンタジーだと思うけどなー」

 もっともな指摘である。

「で、話を戻すとその悪霊獣を倒す手伝いをキミにして欲しい。大丈夫、作戦はちゃんと用意してるから」

 この時点で十分に嫌な予感しかなかったが、さらに話を聞くと神出鬼没の敵をおびき寄せるためには相手の好みそうな餌を用意する必要があり、その餌となるのが「死という概念に愛されている魂」を持つミツグ本人であった。

「ワタシにはさっぱりだけど、魂の中でも死に近いものは奴らにとってA5ランクの牛肉みたいなものでね。おびき寄せるにはもってこいなんだよ」

 仮面が「A5!」「A5!」とうるさく主張している。

「じゃあオレらのクラスでデスゲームをさせたのは」

「そこそこ体力があって言いくるめやすい若者の集団だったら何でもよかったんだけど、ちょうど君らのクラスが自習で暇そうだったから。今日は欠席者もいなかったからフェアな選定が出来そうだったし」

 理由がひどい。

「なので一番餌として見込みのあるキミにワタシの助手になるという栄誉を与えてあげようかと。大丈夫、あくまでも敵をおびき寄せるための囮だから死んでくれとは言わないよ。確実に命の保証は出来ないけど」

「誰がやるか!」

「えー、でもキミがやらないと被害も犠牲者も増え続けるだろうし、ワタシもまた一から協力者捜しのための無限デスゲームやらなきゃならないのは面倒なんだけど」

「本音ダダ漏れじゃねーか!」

 当然と言えば当然だが、ミツグはどうあっても首を縦に振らなさそうなのでゼンゼンマンはいったん諦めたかのようにため息を一つついた。

「ま、次はゲームじゃなくて本物の命がけの戦いだからね。OKOK、キミに考える時間をあげるよ。夜に決行する予定だからそれまでに連絡してくれればいい。あ、ワタシの連絡先はキミのスマホに入れといたから」

「勝手に入れるな! そもそもなんでクソピエロのくせに化け物退治なんかやってるんだよ」

「失礼な! ワタシは何度も死神戦士だって言ってるでしょ!? 戦う死神だよ!?」

「急にどっかの少年漫画みたいな設定ぶち込んで来たな……」

「ああー! 設定と言われた! ワタシは元から死神戦士の使命として人間の魂を脅かす者を退治しに来たんだよ! そのために色々デスゲームの種類考えてきたのに!」

 一生懸命やってきたのに酷い、と抗議するゼンゼンマンであったが、ミツグからしてみればその一生懸命は到底評価できそうになかった。

 と、その時どこからともなくブザーのような音がけたたましく鳴り出した。

「おや、空間維持のバッテリー切れか。……仕方ない、解除」

 ゼンゼンマンは指をパチリと鳴らす。

 すると急にミツグの視界がぐにゃりとゆらぎ、あまりの気持ち悪さに思わずミツグは膝をついた。

「元の世界に戻るだけだから安心して。じゃ、いい返事を待ってるよー」

 まあ断って放っといてもキミが狙われる可能性が高いけどね、という言葉を残してそこにあった全ての物は黒い闇へと飲まれていった。




 気がつけばミツグは教室の自分の席に座っていた。

 辺りを見回すと時計はまだ五時限目の途中で、クラスメイト達は自習をいい事に思い思いに過ごしている。

 デスゲームなどなかったかのような、普通の光景。

 だがミツグは覚えている。あのデスゲームでことごとく死を見た事も、あの腹立たしいピエロの事も、そいつが言ったこれから起こるという危機の事も。




「ねーねーミツグ。さっきから難しい顔してるけど大丈夫? 気分悪い?」

 帰り道。いつも通りユラコとキリオの三人で歩いている。

「いや、別にそういうわけじゃないけど」

「まあそうだろうな。ミツグが身体壊すってガラじゃねえもん」

 そんなキリオの言葉に少し不愉快な顔をするミツグ。

「でも何かあれば言ってくれよ、親友」

「お前にだけは絶対頼りたくねえ」

 たぶんこの・・キリオは本心で言っているのだろう。が、一度こいつに殺されたという恨みはたとえ無かった事にされても忘れられそうにない。

 念のため、怪しまれない程度に自習時間に起きた事を二人に尋ねてみたが、二人ともデスゲームに巻き込まれた事は何一つ覚えていないようで、さすがに事情を打ち明けられそうにはなかった。

 つまり、ゼンゼンマンの提案に乗るかどうかは一人で決断しなくてはいけない。

 全く信用できないゼンゼンマンに関わったところでろくな目に遭わないのはわかりきっている。だが、もしもゼンゼンマンの言っている事が真実で、自分が断ったせいで悪霊獣とかいうやつを野放しにして被害者が増えたとしたら。

「ねえ、何あれ?」

 ユラコが少し先にある歩道の小さなマンホールを指差した。

 何故か小さな穴から黒っぽい紫の液状の何かがゴポゴポと溢れ出している。

「環境汚染物質的な何かじゃねーの? 知らんけど」

「じゃあこれ連絡しないとダメだよね。と、その前に動画撮らなきゃ」

 ユラコがスマホカメラを起動させ、マンホールに近づく。

 だが次の瞬間、紫色のゴポゴポが肥大化し、そのまま大きな口のような形をしたものがユラコを丸呑みにするのをミツグの目に映った。

 あまりの早さに何が起きたのか理解が追いつかず、気がついた時には紫色が吐き出したユラコの身体が歩道に投げ出され、紫色はそのまま地面に吸い込まれるかのように消えていた。

「ユラコ!? おいユラコ! どうなってるだよこれ」

 キリオが倒れているユラコに呼びかけるが反応が全くない。呼吸はしているので死んではいないだろうが、ミツグはこの一連の出来事で悟ってしまった。


 ゼンゼンマンの話は真実で、ユラコがこの紫色……おそらくこいつがゼンゼンマンの言う悪霊獣と思われる化け物に魂を喰われてしまった事を。

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