第4話「プレゼントは何がいい?」

「いつの間に終わったのー?」


 放課後、帰り支度をしている真琴の席に花恋がやって来た。


「午後全部寝てたからね、花恋」


 花恋は居眠り常習犯だ。彼女の席は中央寄りで、真琴の席は窓際の後ろなので、よく居眠りしている親友の背中を真琴は見ている。


「今日は夜通しで鈴茂ちゃんの動画見てたから、眠かっただけだよ!」


 慌てた様子で言い訳を述べる彼女に構わず、真琴は持ち帰る教科書を選別する。明日の授業でテストがあるものはあっただろうか、と頭の中で時間割を思い浮かべていると、花恋が口を開いた。


「そう言えば来週誕生日だよね、真琴!」


 花恋の言葉に真琴はハッとした。机の上のスマホの画面に指を置く。テディベアを背景にしたロック画面に今日の日付が映し出された。


 誕生日まであと八日。すっかり頭から抜け落ちていた。


「プレゼントは何がいい?」


 花恋が明るい声で聞いてくる。真琴は首を横に振った。


「いらない。花恋のお財布事情知ってるし」

「大丈夫だって! 昨日パパに強請ってお小遣いもらったから!」


 へへん、と花恋は得意げな表情を浮かべている。


 買い物が好きな彼女はすぐに金欠になる。月に一万の小遣いだが、新作のお菓子や飲み物、服などを買ってすぐに使い切ってしまう。そして月の半分を過ぎる頃には、薄くなった財布を恨めし気に持ち歩いている。


「別にいいよ。今日の魔法少女の記事が誕生日プレゼントってことにしておく」


 真琴が言うと、花恋の顔が太陽のように輝いた。そして机に手をつくと、真琴の顔を下から覗き込んでくる。


「え!? 気に入ってくれた? 推しはできた?」

「暇つぶしにはなったかな」

「なーんだ」


 淡々と答えると、花恋はガックリと肩を落とす。暇つぶしにはなった、は誉め言葉のつもりだったのだが、足りなかったらしい。


「まだ信じてないのー?」

「信じられると思う?」


 真琴が帰り支度に戻る。


「私は居ると思うんだけどなー。だってあんなに動画も写真もあるのに。本人たちだってきちんと言及してるし」


 花恋の目は外に向けられた。真琴もリュックのチャックを閉めて、外を見た。グラウンドでラグビー部が練習を始めている風景が見える。この学校で最も強い部活だ。顧問の熱の入れ具合が尋常じゃない、という話は花恋から聞いている。


「きっとすぐそこに居るんだよー。案外、この学校の中でひっそり過ごしていたりして」


 そんな話、あるわけない。


 そう思いながらリュックを背負うと同時に、


「花恋、部活行こー」


 溌剌とした声が教室に飛び込んできた。


「あ、みっちゃん今行く!」


 花恋がパッと顔を輝かせて、つま先を其方に向けた。


「じゃあね真琴! 欲しいもの、ちゃんと考えておくんだよ!」

「はいはい」


 ひらひらと手を振って、真琴は花恋を見送った。


 花恋は硬式テニス部に所属している。運動神経は小さいころから良くて、運動会では必ずと言って良いほどリレーのメンバーに選ばれていた。中学生の頃は地区の陸上大会で短距離一位を取って、他の学校をどよめかせたのだ。


 勉強の成績を除けば、明るくて運動もできる。彼女は自分にはないものをたくさん持っている。


 真琴は花恋を追うようにして、教室を後にした。


 *****


 電車に揺られながら、外の見慣れた光景に目を向ける。ビルの谷間、高架下、大通りの歩行者天国。今日はスマホよりも外の景色に夢中だった。


 理由を考えると、魔法少女を自然と探してしまっているからだと真琴は気づいた。


 慌てて窓から目を逸らし、スマホを開く。


 結局、花恋から送られてきた記事は全て目を通してしまった。授業中も机の下でスマホを光らせ、文字の羅列に目を落としていた。動画もいくつか見た。分からない単語も調べて、人気の魔法少女の必殺技なども知ってしまった。つくづく花恋の罠に引っかかっている自覚が湧いてくる。


 いつの間にか降りる駅に着いていた。真琴はホームに降りて、人ごみに流されるようにして改札に向かう。周りは疲れた顔をしている大人ばかり。あれでは、心の中にあるという器が満タンになる日も遠くなさそうだ。


 一方で、そんな大人に紛れる中高生は元気があるように見える。隣に友達を連れて、冗談を言い合って笑っているその表情が、周りの大人とは雲泥の差だ。


『きっとすぐそこに居るんだよー。案外、この学校の中でひっそり過ごしていたりして』


 花恋の言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。かつて花恋に見せてもらった、魔法少女を題材にしたアニメも思い出す。たしか、あの中に登場する少女たちは中高生だ。普段は学校の生徒として制服に身を包み、登校鞄の中にひっそりと変身グッズを忍ばせているのだ。


 誰にも見つかってはならない、知られてはならない、ワクワクする秘密を抱えて過ごす学校生活はどんな気分だろう。


 ふと真琴は足の速さを緩めた。

 花恋の言葉が引っかかる。


 すぐそこに。


 花恋のあの表情。あの言い方。

 いや、まさか。


 花恋は魔法少女だったりして。


「.......何馬鹿なこと考えてんの」


 思わず声に出してしまった。


 そんなわけがない。あったら急いで保健室か病院だ。それか、私が病院に行くべきか。


 魔法少女なんて居るわけがない。

 そう、居るわけがないのだ。


 緩めていた足のスピードを戻した。ホームにはほとんど人が居なかった。乗って来た電車も走り去っていた。親子が前を歩いている。母親らしき女性と、その子供だろう、三歳ほどの幼女が手をつないでいる。


「私、大きくなったら魔法少女になるの」


 舌っ足らずな声でそう宣言する女の子の顔が輝いている。母親はそれを優しく頷きながら聞いていた。


「鈴茂ちゃんみたいになれるかなあ」

「うん、ユナならなれるよ」


 真琴は駅舎から出た。夕暮れの赤い空の下、人々の影が不気味に揺れ動く。真琴もその中に加わった。


 スマホをそっと開く。彼女の指は自然と『魔法少女』と打っていた。

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