氷の剣士は炎の勇者に立ち向かう

九JACK

第1話 凍てつく陽炎

 そこはセフィロートという名前のセカイ。十の都市とその間に横たわる大きな森から成るセカイだ。

 魔物と人間が共存し、平和な日々が流れているように見えるセフィロートだが、何百年かに一度、滅亡の危機が訪れる。

 それは天変地異であったり、農作物の不作であったり、種族間での諍いであったり、様々だ。

 その危機に対抗するため神は魔法とは異なる特殊な力[ダート]を人間にもたらす。

 ダートを持つ者はその力を生かし、セカイを救った。幾度も、幾度も。

 影年一九九〇年。セフィロートには二人のダートを持つ少年がいた。

 セフィロートにどのような危機が訪れるかは、まだわからない。


 街灯が一つあるだけの人気のない開けた裏路地に、二人の少年がいた。一人は透明な刀身を持つ太刀を正眼に構え、瞑目している。十を数えたか数えないかくらいの年頃のはずだが、見た目の年齢より数段落ち着いた雰囲気を纏っている。

 すらりとした透明な太刀は氷でできている。周囲との温度差もあるだろうに、結露の一つもない様は美しくもあり、奇妙であった。だがその奇妙さも少年の手の中にあれば不思議と薄れてしまう。

 さて、もう一人は太刀を握るのと同い年くらいに見えるが、晴れ渡った夕暮れの空のような髪をした彼は赤茶けた瞳を子どもらしい好奇心に煌めかせているのが対照的で印象的だ。悪戯っ子のような無邪気ながらに愉しげな笑みを浮かべ、ぴんと伸ばした人差し指の先をじぃっと見つめている。

 腰につけた二つの鞘には、もう一人の少年のものよりも短めの剣が納められているようだが、この少年は剣の修行をするわけではないようである。

 太刀の少年の方は目を瞑ったまま、微動だにしない。集中しているのだろう。眉一つ動かさず、心を静めている。

 先に成果を出したのは氷の太刀の少年だ。太刀から白い靄のようなものが立ち上り、辺り一帯の空気を少し下げた。

 そのとき、変化が起きる。

 自分の指を見つめていた少年の目と髪の色が一瞬にして焔のごとき紅蓮に染まり上がり、同時、人差し指からぼっと炎が噴き出す。

「おおっ、リアン! やったぜ。できた!!」

 紅い髪のまま火を噴く指をぶんぶんと振り回し、興奮気味な声を太刀の少年にかける。太刀の少年は無表情に無感動に……少しくらい呆れていたかもしれないが、目を開けた。

 穏やかな湖を思わせる眼差しが紅髪紅目の少年に向けられる。何か言葉をかけようと開かれた口が、はっと息を飲んだ。

「リヴァル、火を止めて!」

 慌てた様子で叫んだ太刀の少年──リアンは炎を放出し続けるリヴァルに駆け寄る。

 ん? と疑問符を浮かべたリヴァルは自分の手元に目を落とし、あ、となる。

 調子に乗って放出した炎は近くにあった街灯の支柱を溶かしていた。

「やっば」

 慌てて炎を噴き出していた手を一振り。炎の放出が止まり、リヴァルの髪と目が元の色に戻る。

 が、それで問題が解決したわけではない。柱はだいぶ溶け、ぎりぎり崩れずにいる。

 そこへリアンが歩み寄った。そこから彼はあり得ない行動を取る。なんと、溶けた液状の柱に素手で触れたのだ。ちゅう、と何かが焼ける音がした。

 しかし、リアンは顔色一つ変えずに、黙々とどろどろの支柱を元の形になるように寄せていく。溶けた金属の放つ独特の臭いが辺りに漂う。リヴァルはその臭いに鼻をつまみながら、リアンを見守った。

 ぐにぐにとリアンの手によって形を整えられた金属は完全とまではいかないが支柱の体を取り戻す。リアンが作業を終えると、奇妙なことに液状だった金属は固体に戻っていた。少々表面に霜が降りているが、気にする者はいないだろう。

 ほとんど元通りになった街灯だが、金属特有の臭気だけはどうすることもできず、文字通り嗅ぎ付けた人々がぞろぞろと裏路地に現れた。皆口々に何事かと囁いている。

 あっという間にできた人だかりの中からひときわ背の高い人物が出てきた。額から二本の角を生やした鬼人族の青年だ。緋色の髪を高く一つに括ったどこか風格のある青年の姿に少年二人は居住まいを正す。

 金色の瞳を細め、青年は一瞬街灯を見やった後、少年たちを見下ろす。

「お前たち、何をしていた?」

 鬼人の青年は険しく顔をしかめ、二人に問いかける。

「リアンが!」

 即座に声を上げたのは犯人であるリヴァルだった。名前を言われたリアンは微かに開きかけた口を閉ざす。

 リヴァルは必死の表情で続けた。

「リアンが、熱気のダートの実験してたんだ。それで」

 ちょっと街灯を溶かしてしまって、すぐに元通りにした、と。

 あんまりな濡れ衣だが、リアンは何も言わず、本当か? と問う青年に迷いなく頷いた。

 叱責がくるだろう、とリアンが僅かに目を伏せた。僅かな動きだが、どこか慣れたような諦念が浮かぶ。そこへ青年の手が持ち上げられ──

 ぽんぽん。

 思いがけない優しく叩かれる感触に、リアンは伏せていた目を見開いた。

「ほどほどにしとけよ。お前は真面目すぎるきらいがあるからなぁ」

「はい、フラム師匠」

 青年・フラムの指摘通り、真面目な返答をするリアン。そんなリアンの様子にフラムは半眼になる。

「だから、そのお堅いところをどうにかしろって。オレのことはフラムと呼び捨てでいいと教えただろうに。とりあえずリヴァル、オレはリアンに少々灸を据えてくるが、だからといって修行を怠らず、素振りいつもの二倍な」

「うえぇぇぇ〜!?」

「嫌なら三倍にしてやるぞ?」

「増えてるし! しっかり二倍やります、勘弁してください」

「ははっ、ならばよし。リアン、行くぞ」

 騒がせたな、と周囲の人々に謝り、フラムはリアンを伴ってその場から去った。

 フラムの鶴の一声で、野次馬たちは散っていった。フラムは魔物より一つ格の高い魔人と呼ばれる種族。その中でも戦闘に長け、性格も猛々しいとされる鬼人だ。鬼人族は読んで字のごとく鬼のように強いため、恐れられている。フラムは鬼人族の中でもかなりの実力者で、街の者たちからも一目置かれているのが、今の一悶着からだけでも伺えた。

 リヴァルはぞろぞろと人がいなくなった後、ふう、と長い溜め息を吐いて、一人課された素振りを始めた。

 リヴァルとリアンは影年一九九〇年における二人のダートの使い手である。

 リヴァルは魔法を使うことなく、火を自在に操る炎のダートを、リアンは冷気と熱気、つまり空気の温度を扱うダートをそれぞれ持っている。

 そんな二人の生まれた一九九〇年のセフィロートには[魔王]と呼ばれる存在が魔物の軍勢を密かに集め、人間との先端を開こうとしている、という噂が広まっていた。

 噂であったそれは、実際に一部の魔物たちがセフィロート一の大都市マルクトに集いつつあることから現実味を帯び始めている。故にダートを持つ二人の少年は代々セフィロートの危機を救ってきたダート使いの主な出身地として知られる英雄都市・ゲブラーにて来るべき戦乱に向けて修行に励んでいたのだ。

 ダートの扱いと共に、戦う術として剣術を学び始めた二人の師が鬼人族の青年・フラムである。

 魔物の中でも戦闘民族とされる鬼人族の彼だが、今のところ、魔王に与するようではなく、いずれ勇者となる二人を教育している。

 フラムは大剣使いの達人だ。己の修行も常に怠らない、自分に厳しい人物。先陣、殿、何でもこなす、戦士の鑑のような人物だ。

 剣の師として申し分ないフラムだが、実はその師匠のことがリヴァルは苦手だった。

 リヴァルはものぐさとまではいかないが、地道な鍛練というのをそう長く続けられない。最初のうちはそこそこ没頭できても、集中力が長く続かないのだ。だが、フラムは手厳しく、素振りの回数を誤魔化そうものなら、どこから見ているのかわからないが、後々二倍三倍と練習量を増やすのだ。

 また、今のように騒ぎを起こしたときも同じ。フラムの[灸]はなかなかに苛烈で、悪戯好きのリヴァルは何度叩きのめされたことか。

 フラムの[灸]が嫌で、このところは共犯のリアンに罪を被せる。最初は、リアンに悪いなぁ、と思いながらだったが、リアンが非難も反論も全くしてこないため、今ではほとんど気にしなくなった。

 はっきり言って、リヴァルの目から見てもリアンの剣の腕はかなりのもので、練習なんぞ必要ないのでは、と思う。もしかしたら、フラムの[灸]──手合わせ試合も勝てるんじゃないか、というほど。

 実際、フラムの[灸]から戻ったリアンはいつも涼しい顔をしている。

 なんだかその事実はリヴァルの胸をもやもやとさせた。

 リアンとフラムの手合わせをリヴァルは見たことがないが、リアンとの手合わせ自体は日常的に行っている。先程の支柱を練り固めた技術はリアンが冷気のダートと熱気のダートを織り交ぜて使ったからこそできたことだ。リアンはダートの性質もあってか、火傷をしない。表情があまり変わらないので、痛みがあるのかどうかをリヴァルは知らないが、痛そうな音はする。

 リアンはそれを生かし、リヴァルが炎を撒き散らして戦っても涼しげな顔で応戦する。炎が当たるのもお構い無しに突っ込むリアンに、さすがのフラムも苦い顔で「避けれる攻撃は避けろ。いくら火傷しないからって攻撃を受けた分の疲労は蓄積されるんだから」と指摘していた。

 それからリアンは、本当によく避けるようになった。避けないこともあるが、それは本当に読み切れなかったときか、避けてはいけないときだ。後ろに木造の家などがあるときは絶対に避けない。その見極めがリアンは卓越していた。

 何故リアンばかり才能を持っているんだろう。年も同じで、ダートという力を授けられたのは一緒なのに。リアンは剣の腕をどんどん上げて、愛用する太刀の扱いの他にも、短刀術、格闘術などを次々習得していく。ダートも冷気と熱気の二つを操るダートで、先程柱を難なく直してみせた通り、上手く使い分ければ何でもできる。扱いは難しいはずだが、すんなりとこなしてしまう。それが何でもないことだったかのようにいつも涼しい顔をして。自分より遥かに有能なリアンの存在がリヴァルの胸の奥をちりちりと焼いた。

 フラムがリアンを贔屓していることもわかる。フラムはリヴァルを撫でたりしない。褒めることも少ない。それはリヴァルに成長がないからだが、リアンの方ができることが多くなっていくから褒められることが多いのだ。リヴァルはまだ炎のダートを出すのも自在でないのに、リアンは「できる」から。

 同じ修行をしているはずなのに。同じ力を、同じ師を、同じ使命を持つはずなのに。これではリヴァルが失敗作みたいではないか。リアンが神様にまで贔屓されているようではないか。

 いらいらいらいら。

 悶々と胸に積もるそれを払うようにリヴァルは腰から抜いた木刀を振るった。


 騒ぎから抜け出したリアンとフラムは。

「悔しいときゃ、泣いていいんだぞ? リアン」

 フラムの自宅で話し合っていた。テーブルを挟んだ先でフラムの言葉を聞いたリアンは一般的には無表情にしか見えないが、零れそうな声をこらえ、じっと視線を伏せていた。

 黙り込むリアンにフラムはうーんと唸り、こめかみの辺りをぽりぽりと掻く。

 フラムはフラムで、この寡黙な弟子の扱いに困っていた。リアンは感情の起伏が少なく、そのせいか言葉も少ない。感情が顔や挙動に出ることはまずないので、理解するのも一苦労である。幸いなことに、リアン自身は必要最低限は歩み寄り、懸命に共感しようとはするので、交流でいざこざを起こすこともなかった。

 そう、騒ぎを起こすようなやつじゃないのだ。わかっているから、リヴァルの誤魔化しだと察している。リヴァルはフラムからすれば不真面目で、ものぐさと称するのに充分なほどだ。さしずめ、[灸]を据えられたくなくて、リアンに罪を押しつけているのだろう。まだそんな大きな被害を出していないから、フラムは目を瞑っている。だが、わからないのは、リアンが何故濡れ衣を否定しないか、だ。

 根は優しい少年だから、数少ない友人を庇って、となると涙ぐましい。しかし、問題なのはそれをいいことにリヴァルが常習化してきていることだ。これはいただけない。

 濡れ衣をこう何度も着せられては、やりきれない思いだって出てくるだろうが、リアンはそれを一切出さない。それが悪影響をもたらさないかとフラムは懸念しているのだが。

 リアンは泣くことすらしない。悔しくないのだろうか。

「……師匠」

 ようやく口を開いたリアンを見れば、ほろ苦い笑みを浮かべていた。

「僕が悪かったんです。お騒がせして申し訳ありませんでした」

 丁寧に頭を下げるリアン。その間際に一瞬見えた目には到底齢十とは思えない諦めの色が漂っていた。

「リアン」

「修行に戻ります。素振り、いつもの三倍ですよね」

 フラムは黙って頷いた。

 きん、と抜かれる氷の太刀。けれどそこに先程の鋭利さはない。リアンは木刀を使わない代わり、熱気のダートで氷の刃をわざと切れないなまくらにすることで、練習用の刀としているのだ。器用なものである。

 フラムは複雑な表情をしながら、その背を見送る。

 去っていくリアンの背中は年相応に小さくて、脆く見えた。


 またある日のこと。

 リアンとリヴァルはフラムの命で一週間、空き家で暮らすことになった。水と適当な食糧しかない中で、日に不定期で賊が押し掛けてくる、という修行だ。賊といっても、フラムの知り合いの鬼人族だが。

 リアンとリヴァルは共に並び立ち、戦うダートの使い手となるはずだ。そのため、二人で連携することを覚えさせるのに、フラムは度々このような修行をさせている。

 リアンが見張り、リヴァルが料理を作ろうと立って、事件が起こった。

 リヴァルが自らのダートで小火を起こしてしまったのだ。

 リヴァルは相当ぼーっとしたようで、火の手は空き家を半壊させた。

 どうにかリアンが冷気のダートで事を収めたので、他に被害はなかったが。

「リアンがやったんです!」

 リヴァルはまたしてもリアンに罪を擦り付けた。さすがにフラムが見かねて問い質そうとするが。

 誰かが何かを言う前に、リアンはそこを飛び出した。

 フラムは慌てて追いかける。人間より遥かに身体能力の優れた鬼人のフラムですら見失いそうになるほどの速さで、リアンは裏路地よりも更に人通りのない細路地に隠れた。

 近づいて、励まそうと顔を覗き込み、フラムはぎょっとする。

 リアンの目から、涙が零れようとしていた。していたのだが。それは途中で凍りつき、筋を作るのをやめていた。

「フ、ラム……」

 フラムを見上げたリアンはぐいっと袖で目元を拭った。

 フラムは再び現れたリアンの顔に息を飲んだ。

 凍った涙を拭った痕はべり、と皮膚が剥がれ、血を流していた。擦りむいたように晒された傷口はあまりにも痛々しい。

「……ごめんなさい」

 リアンは謝り、更に逃げていく。追いかけるが、リアンは本気のようで全く追いつけなかった。リアンとリヴァルのダートは炎や冷気などの特性を放出しなければ、そのまま身体能力向上効果とのるのは知っており、体力作りとして、フラムが追いかける形での走り込みをしていたが、そのどのときも、リアンの背がこんなに遠くなったことはなかったというのに。今までのリアンは本気でなかったとでも言うのだろうか。

 この先にはセフィロート随一にして唯一の森フロンティエール大森林しかない。リアンどうやら森に入っていったようだ。。

 くそっ、とフラムは近場の街灯を叩いた。

 リアンはずっと傷ついていたのだ。けれど、泣けない理由があったのだ。泣いて尚、自分が傷つく。涙を拭うのは何より痛い行為なのだろう。

 そっとしておくのが一番だ。

 フラムは帰りながら冷静に考える。

「オレの役割を考えりゃ、リアンがいない方がいいかもしれないしな」


 翌朝、リアンが帰ってくることはなかった。しかし、ゲブラーではそれどころではない事態が発生した。


 火の手が都市の各所で上がった。爆発が街を燃やす。

 リヴァルは何事かと街を駆け回った。街には爆発から逃げたらしい人々がごちゃごちゃと行き交っている。

「はははぁっ! 人間が、逃げるしか能がないのか? やはり脆弱。哀れだな。逃げても無駄だというのに」

 逃げ惑う人々を追うものがあった。一本角の黒髪の鬼人。人間と魔物が共存する現代にこのような言を取る輩は、噂の[魔王]の手下くらいしかいない。

 魔王が攻めてきたのか。

 察したリヴァルは立ち止まり、方向を変え、その鬼人の方へ。魔王が攻めてきたならば、ダートの使い手である自分の出番だ。

「お前! 何をしている!?」

 リヴァルは双剣を抜き放ち、鬼人に肉迫する。すると鬼人は素早く詠唱し、発動した魔法で硬化させた腕で刃を受け止める。

「なんだぁ? お前」

 嘲りを多分に含んだ笑みで鬼人はリヴァルを見下す。リヴァルはダートを発動させた。髪と目が紅蓮に染まると同時、剣を炎が舐める。

 それを見た鬼人がふんと鼻で笑った。

「ダート使いのひよっこか。相手にならんな」

「なんだと!?」

 リヴァルの激昂をさらりと流し、鬼人は不敵な笑みで応じる。

「我々の今回の軍師を誰だと思っている? お前程度、歯牙にかける必要もないお方だ。お前程度には全くもって勿体ない」

 言い方が引っ掛かった。まるでその軍師とやらにリヴァル自身が世話にでもなっていたかのような鬼人の言。

 ──鬼人?

「炎よ」

 疑問の解答らしきものが頭に閃いたその瞬間、辺り一帯が火の海と化す。

「呑め」

 逃げ惑う人々を炎が飲み込んだ。リヴァルが声を上げる間もなく、人々は塵芥と化した。灰すら残さない猛々しい炎。

「あれを見ろ」

 唖然とするリヴァルに愉しげに鬼人が言う。その指が示したのは爆発で唯一崩れていなかった街灯の上。そこに誰かが立っていた。

 二本の角を持つ緋髪の鬼人。超然とした佇まいでその鬼人は金色の瞳をリヴァルに向けていた。

 リヴァルの頭が真っ白になる。そんなリヴァルの中に傍らの鬼人の声がやたらはっきり聞こえた。

「あの方こそ我ら鬼人族一の戦士にして、魔王ノワール四天王筆頭、シュバリエ・ド・フラム様だ!!」

 そう、二本角の鬼人は紛れもなく、リヴァルたちの師、フラムだった。

 魔王四天王?

「そんな……フラム、裏切ったのか!?」

 リヴァルの叫びにフラムは街灯を蹴ってリヴァルの方へ飛び降りてくる。

 風も音も置き去る速度で迫ったフラムは、リヴァルに囁く。

「そうだな。お前はこれを罰だとでも思っておけ」

 直後、刹那の剣閃でリヴァルの意識は断たれた。

 他愛なく倒れた弟子をフラムは片腕で担ぎ上げる。

「シュバリエ様、そいつをどうなさるので?」

「街の外に捨て置く」

 部下にぶっきらぼうに告げ、フラムは歩き出した。

 始まった。始めてしまった。

 目覚めれば、リヴァルは勇者として魔王に立ち向かう決意をするだろう。燻っていた戦乱が本格的に幕を開ける。

 フラムは前々から四天王として行動を起こすように言われていた。だが、ずっと躊躇っていた。その躊躇いの要素は消えた。

 戦乱にリアンを巻き込みたくなかった。理由は色々ある。あの優しい少年に戦乱を見せたくないからとか、敵になられたら敵わないからとか。

 笑ってしまうような理由だ。けれど、氷の涙を拭うような真似はさせたくなかった。

 故にフラムは敵をリヴァル一人と定めた。

 それがどんなに残酷な悲劇をもたらすとも知れず──




 セフィロートでの戦端は切って落とされたのだ。




 セカイは終わりを迎えようとしていた。

 幾度も幾度も、そのセカイは終焉を前にし、その度に現れた異能を持つ者──ダートと呼ばれる魔法とは違う、神よりの叡知の力を授かった者たちがセカイを救ってきた。

 セフィロートというセカイに生まれた勇者たちの異能は[ダート]と呼ばれ、滅亡と絶望の淵に落とされた人々の希望とされてきた。


 影年一九九五年、セフィロートは闇、そして破壊を司る女神ディーヴァを奉る魔王ノワールによって危機に晒されていた。

 これまで人間と共存関係を築いてきた異形のものたちは魔王ノワールの眷属となり、魔物と称され、人々に仇なす存在となった。

 魔王ノワールはセフィロートにある十の都市のうち、セフィロート中心といっても過言ではない大都市マルクトを始めとし、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド、更にはセフィロート最大の軍事都市ゲブラーまでをも支配下に置いた。

 彼は最大都市マルクトを拠点に他四都市にも攻め入り、最大軍事都市、ゲブラーをも手中にした魔王ノワールは闇の女神ディーヴァを降臨させ、セフィロートというセカイそのものを破壊しようと目論んでいた。彼の魔王が何故破壊にのみ拘ったかの詳細は不明である。


 魔物は身体能力や魔力において、人間より遥かに勝っている。そんな魔物たちに勝つ術など到底見出だせない。

 そんな折に存在したダートを持つ子供が二人。

 一人は炎を操るダートの使い手。名をリヴァル。

 そしてもう一人の名はリアン。

 冷気を操り、氷を生み出すダートの持ち主。


 二人の勇者となりうる子供に人々は希望を見出だした。

 しかし──


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