第6話 知りたいヒント(中編)
それからは八重垣くんと駄弁を交わしながら、住宅街を抜けた。
会話の合間で、八重垣くんからは周辺のお店などの情報や道順を教わりつつ、こちらからはさりげなく彼の情報を聞き出す。
「そういえば、大姫さんって寮生だったっけ」
「うん。八重垣くんは……」
そこまで言いかけて、以前草薙くんと三人で帰った時のことを思い出す。私とは帰り道が別だったから、彼は寮生ではない。
それから返ってきた彼の返事は、半分は正解だったが、もう半分は予想だにしていないものだった。
「寮じゃないけど、俺は一人暮らしだよー」
予想通り、寮生ではないらしい。だがまさか一人暮らしだとは思わなかった。
彼と話すたび、ひしひしと思い知らされる。八重垣くん攻略にあたって、あまりに彼に関する知識が不足していることを……。
ゲームの初回プレイはまず攻略情報ナシでやるのが信条だけど、今はヒントが欲しい……‼
とりあえず、会話を続けなければ……。
「今日…草薙くんは一緒じゃないの?」
……ちくしょう。草薙くんしか共通の話題が無い…ていうか、草薙くんじゃなくて友達と言えば良かった…。
きゅっと唇を噛む私には気付かず、八重垣くんは続ける。
「あいつは部活。一年からずっとサッカー部でさ」
あぁ、そういえばそうだった。草薙くんはサッカー部。そのため、放課後の登場回数はやや少ない。
メインヒーローで出番が多いから、放課後だけ制限されてるのかなぁ…とゲームのシナリオ上の都合を考えてしまう。休日も、部活の関係でデートに誘える日と誘えない日があったっけ。
…そういえば、金曜日の放課後、部活動の勧誘があったな…。
帰る直前に、委員長のトモちゃんから入部の話を持ち掛けられたのだ。
「大姫さん。部活動や委員会に入る予定はありますか?」
ゲーム内でもだったけど、懇切親切にしてくれて本当にありがたい。
だけど、部活動については入ろうとは特に考えていなかった。
……他の攻略対象の男の子って、部活に入ってたっけ…。
草薙くんはサッカー部だったな。それ以外のキャラは、確か部活動には入っていなかった筈だけど…。
「プリントを先に渡しておきますので、もし良かったら」
「あ、ありがとうございます」
うんうんと唸って言い淀んでいると、委員長から先にプリントを渡された。
…そういえば、八重垣くんは部活に入ってるのかなぁ。
本人に直接聞くのは難しい…そんな勇気はない。これ以上不可解な言動は取りたくない。
かといって草薙くんから聞き出すのも、何かしらのフラグが立ってしまいそうで怖い。そのままサッカー部へ女子マネージャーとして入部するイベントに繋がってしまいそうだ。
…少し恐がりすぎな気もするけど、ここは一応異世界なのだ。何があるか、どんな展開が待ち受けているのか分からない。
とにかく。ここで悩んでいては委員長を待たせてしまうだろう。
そして物理的にも、入部届はいったん持ち帰ることにしたのだった。
…それより。今は目の前の八重垣くんだ。
「八重垣くん、他の友達と待ち合わせ…してたりする?」
「いや。他の奴らも今日は部活だな」
そうか、部活をやっている人は土曜日も学校なのか。大変だなぁ…なんて呑気な感想が思い浮かぶ。が、そんなことを考えている場合ではない。
そこで私はすかさず質問をする。
「八重垣くんの部活は?」
「俺は入ってないよ。他の奴ら…友達はだいたい入ってるから、放課後とか休日はぼっちなの」
彼は部活には入っていないらしい。これまた新情報だ。覚えておかねば……。
そして帰宅部のため、放課後や休日は時間が空いている、と。
放課後と休日は、ゲーム本編では好感度を稼ぐ絶好の時間である。もし彼を攻略するなら狙わないわけにはいかない。
もし良かったら、放課後一緒に帰ってもいい?
休日、また一緒にショッピングモールに行かない?
彼へのデートのお誘いを、頭の中で何度もシミュレーションする。言葉にしようとするが、緊張でなかなか口が開かない。
ああ。文章に起こすなら簡単なのに、なんで言い出すのはこんなに難しいんだろう…。
そうしている間に、あっさりショッピングモール近辺まで辿り着いてしまった。
「お。見えてきたぞ」
学校の屋上から遠巻きに見たり、内装であればゲーム内のスチルで見たことはあったけど、近くで見るとやはり大きい。
程なくして入り口に辿り着く。昼前にも関わらず、中にはたくさんの人で賑わっていた。家族連れや友人同士と思しきグループ、カップルがショッピングを楽しんでいる。
ゲームでも見慣れたショップやレストランが並んでいて、中央には大きな噴水広場があった。相変わらず豪華だ。実際に目の当たりにすると圧巻される…。
「中々すごいだろ?」
「うん…豪華だね」
「今度はミツルとも一緒に行くと良いかもな」
「う、うん…そうだね」
八重垣くんともまた一緒に来たいな……なんて言い出せる訳もなく、上の空で返事をする。
あっという間に遂に別れの時が訪れてしまった。
「じゃー大姫さん、またねー」
「うん。またね!」
最後の別れの挨拶だけは威勢よく返した。
彼の用事に同行する必要も、用事が終わった後に落ち合う理由もないので、今日彼と会えるのはこれが最後だろう。
彼の背中を手を振りながら見送り、私はため息をつく。
(ああ、良い休日だったなぁ……)
特に何かしたわけではないけれど、八重垣くんに会えただけでそう感じる。
食材の買い出しのためだけにここまで遠出してしまったのは手痛いが、八重垣くんと会うためならそんなの些細なこと。
何より、彼の私服姿が拝めた。今まで会話に夢中で―――あと直視するのが恥ずかしくて注目できなかったので、ここぞとばかりに見送りながら鑑賞する。
ダボッとした白いパーカー。履き古したジーンズ。メンズファッションなんて分からないけど、ごく一般的な男子高校生といった感じだと思う。だがそこがいい。他の攻略対象キャラのように、やたらとファッションセンスがあった方が解釈違いだった。等身大の男子で良いのだ彼は―――
「ねぇねぇ」
一人悦に入っていると、不意に声を掛けられた。
八重垣くんでも、他の主要キャラでもない。でも聞き覚えがあるような、ないような。不思議な声だった。その理由は、すぐに判明する。
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