第23話 紬久遠

 結論から言えば、引きこもりはよくなかった。急速に、ただ確実に1日の質量が軽くなっていった。

 毎日やることがなかったわけではない。消化したいゲームは山ほどあったし、この期間に多くの本も読めた。料理のレパートリーも謎に増えたし、そこに加え姉の理不尽に付き合っていたらあっという間に1日が終わってた。

 決して得るものがないわけではなかったのだ。

 けれど、漠然とした不安がいつも付き纏っていた。いつまでもこんな生活が続くわけないということはわかっていた。

 僕が好き勝手生きている間にも両親は働いてお金を稼いでいるし、好き放題してるように見える姉も大学では真面目に単位を稼いでいる。級友はため息と汗にまみれながらも勉強や部活、学校生活を大いに謳歌しているのだろう。

 何もしていないのは僕だけだった。

 進歩しているように見えて、自身を見つめ直すと言いながら、結局僕は立ち止まったままだ。

 じゃあ学校に行けばいいかと言えば話はそう単純じゃない。この1年、自身を見つめ直した結果得られた答えはこう


 やはり僕は男だ。


 いくら身体に丸みが出てこようが、月に一度は気分が悪くなろうが、声が高かろうが精神は男なのだ。

 けれど、きっと世間はそれを認めようとはしないだろう。鏡の前に立つ。外見だけを見れば僕の見た目は完全に女の子のそれだ。そのことは認めたくないけど……認めざるを得ない。

 精神と肉体のズレは日に日に増していく。そんな状態で再び学校に行っても、また同じ目に遭うだけだろう。学校はまだ2年はあるし(というかこのままいくと留年ではないだろうか?)、高校や大学に進学するなら学校生活はまだまだ続く。

 そして社会人になってからのことも考えなくてはならない。将来のことを考えるなんて時期尚早に思えたかもしれないが、きっとこの問題は一生付き纏う。そしてこれは僕以外誰にも解決することはできない問題だ。

 その日から僕はひたすら調べ物をした。

 僕と境遇が似ている人間について、あらゆる媒体を駆使して、人脈を辿って僕は調べまくった。

 見つけるのだ。この世界との付き合い方を。

 探すのだ。僕がこの先、どう生きていきたいのか。


 調べていく過程で僕は自分が現代社会においてどのような人種にカテゴライズされているのかを知った。

 トランスジェンダーという言葉は聞いたことがあった。端的にいうと性自認と身体の性別が異なる人々のことだ。その中でも僕は身体は女で精神が男であることから Female To Man の頭文字を持ってFTMと呼ばれる存在だとわかった。

 似た言葉で性同一性障害というものもある。あくまでこれは僕の解釈だがトランスジェンダーの概念が「個性」であるのに対し、性同一性障害のそれは「疾患」の側面が強い。つまり治療の対象となる病気なのだ。

 僕は考える。

 この性同一性障害に対して、世の中には性転換手術と呼ばれるがある。現代科学において、男が子供を産めるようになるにはまだまだ先は遠い。つまり、生物学的に完全な性転換は不可能だ。けれど整形手術により外見の性別だけなら変えることはできるらしい。そして一部の自治体や海外においては性別だけでなく、場合によっては名前の変更も戸籍上可能らしい。これらは近年になって出てきた概念なのでまだまだ至らないところも多いが、そういった人々が生きやすくなるよう頑張ってくれている人々もいる。そのことが知れただけでも僕は引きこもった甲斐はあったと思う。

 早々にこの世界を見限った僕であったが、まだまだ知らないことは多く、なんなら僕の人生は始まってすらいなかったのだ。

 話を戻そう。

 結局のところ、女が完全に男の身体になることは現代では不可能らしい。だから、落とし所を探さなくてはならない。それはどんな他人を参考にしても正解はないだろう。僕だけの正解を自力で探さなくてはならない。

 己に問いかける。

 僕はこれからどうなりたいか?そしてどう在りたいか?

 そこから逆算して一つ一つ、細かい条件を設定し、解決策を模索していく。その過程はゲームの攻略みたいでなんだか楽しかったのを覚えている。

 もちろん中学生にできることなんてたかが知れている。ネットや書籍で知識を得たとしても、そこに経験はない。学んだ制度が実際教育の現場で、僕の生きる世界でどのように運用されているかもわからない。

 だからまずは大人に頼ることにした。

 僕の両親は放任主義だが、決して子供が嫌いなわけではない。子供の真剣な要求には意外と真摯に受け止め、それなりの対応をしてくれる。

 性の悩みを話すのは多少気まずいところもあったが、実際両親は特に過剰に反応することはなく、かといって過小に評価することもなくありのままの反応を返してくれた。そして、数々の僕の要求も飲んでくれた。


 そして話をした翌朝、僕と両親は学校に行って話をした。

 学校側はやはりいじめの存在を把握はしてなかったらしい。突然学校を辞めた僕に何の対応もしなかったのはそれはそれでいいのかよとか思ったが、今回の話し合いでは結構真摯に対応してくれたと思う。

 それから間も無く、僕の家に制服が送られてきた。それは女物ではなく男物の制服だった。

 服に袖を通し、鏡の前に立つ。

 元々身長はそれなりにあった方なので、意外と見た目は悪くない。丈を調整すればそれなりになりそうだ。……あとは


「……流石に長いよね」


 背中にまで垂れる髪を手で弄びながら、思わず感想が口に出てしまう。


 今日は髪を切りに行く。

 そして明日は学校に行こう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る