第21話 少年Aについて

 友達は少なめ、成績はそこそこ、スポーツはまぁまぁ。

 A少年はどこにでもいる普通の少年に見えます。

 しかし、そんな彼には秘密がありました。

 友達は少なめ……これは正しい。

 成績はそこそこ……これも正しい。

 スポーツはまぁまぁ……うんうん。


 A


 問題はここ。

 そもそもの話、A少年は少年ではありません。

 正しくはこう


 A


 その通り、よく出来ました。

 実はA少年は少女Aだったのです。

 ……ま、ややこしいので今後もA少年で通しますが。


 A少年は女の子の身体を持ち、この世に生を受けました。

 しかしA少年には少し変わったところがありました。というのも彼は自身が女の子であるという自覚が無かったのです。

 それどころか幼稚園で他の子と遊ぶようになっても、彼は自分が男であると思っていました。なまじ周りの男の子より運動ができて、気が強かったことも要因の一つだったのでしょう。

 小学生になり、彼の身長はさらに伸びました。彼は教室で女の子とおしゃべりするよりも、わずかな休み時間を男子とボール遊びをする方が好きでした。

 小学校低学年まではそんな感じで生きてこられた彼でしたが、楽しい日々は唐突に終わりを告げます。

 その日のHRはちょっと変だな、なんだかいつもと違うなとA少年は思いました。

 そして午前中の座学を終え、給食を食べ、午後の体育の時間にさしかかりました。

 さて、今日こそは好敵手からボールを奪ってやろうと意気込んでいた彼でしたが、その願いは叶いませんでした。


「Aさんはこちらですよ」


 担任の先生が言いました。

 最初にそう言われた時、彼は理解できませんでした。男子たちは意気揚々と校庭へと駆けていくのに、何故自分だけがダメなのか。……いや、教室を見渡せば残っている生徒たちもいました。クラスの女の子たちです。


「皆さん、席についてください。これから皆さんには特別な授業を……皆さん自身のことをよくお勉強してもらいます」


 授業が始まります。

 先生は懇切丁寧に、刺激が強すぎないよう配慮を重ね、かつ必要な真実が適切に伝わるように生徒たち……いえ、女の子たちに語りかけました。

 授業が進むたび彼は不安になりました。

 自分はなんでこんなところにいるのだろう?

 なぜ男子達と一緒に校庭へ出ては行けないのだろう?

 どうして自分は

 理由はわかりきっていました。

 彼は生まれてからずっと女の子だったからです。


 その日から彼の女の子としての日々が始まりました。彼を取り巻くあらゆる状況が、人々が、女であるという事実を彼に突きつけてきました。

 高学年に上がり、男子の中には急に背が伸び、声が低くなってくる子もいました。比較的体格に恵まれたA少年も、そんな男子たちには運動面で敵わなくなってきます。なんてことはありません。一般的に女の子の方が、男の子よりも少しだけ成長が早かっただけなのです。

 そして下腹部に違和感を覚えるようになった頃には、自分が女であるということを心の底から理解させられることになりました。


 時は経ち、A少年は中学に上がりました。

 入学式の前の晩、制服に袖を通し、鏡の前に立った自分を見て彼は違和感を覚えました。

 それは言葉に表してしまえば簡単なことです。しかし、一度言葉にすることはできませんでした。なぜなら間違っているのは自分の方で、世界は今日も正しくまわっていたからです。


 1年生の初めは順調に思えました。

 小学生の頃の癖が抜けず、たびたび男勝りな性格が出そうになりながらもそんな性格を個性と捉えた同級生が彼の周りに集まってきます。苦手だった女子とも徐々に話せるようになってきました。

 そんな日々に変化が訪れたのはそれから一ヶ月が経った頃でした。

 教室に入ると、違和感を覚えました。

 そう……それはあの時、ある日の小学校の体育の授業の前に感じたあの違和感の波動を、A少年は二度浴びることとなったのです。

 どこかぬるく、気持ち悪く感じるその違和感を振り切り、彼は級友に話しかけます。しかし昨日まで気さくに話しかけてくれた友人は目を合わさず、返事にも満たない言葉をこぼすだけでまともな会話になりません。

 他の人に話しかけても同様の結果でした。

 その日から次第に、けれど確実に彼を取り巻く環境は変わっていきました。

 振り返ってみると、あの日は反応してくれただけマシだったのかもしれません。気づけば彼はクラスの全員から無視され、まるでいない者として扱われるようになっていたからです。

 その時になって彼は自分がイジメに遭っていることに初めて気づきました。

 しかし彼は普通の人間とはどこか違っていました。ズレていると言ってもいいかもしれません。彼はイジメを受けた事実にショックを受けるよりも、その原因に興味を持ちました。

 そんなわけで彼は早速行動を開始します。


 まずイジメの原因とは何なのか?A少年は考えました。イジメとは弱い者、気に食わないもの、すなわちを集団で徹底的に痛めつけ、排除する行為を指します。つまりこれらの人間に自身は該当するのだとまず彼は思いました。では、誰がイジメを起こしているのか?こればかりは調べてみないとわかりません。考えて答えが得られるようなものではきっとないのでしょう。

 誰かに聞いてみようにも教室でクラスの人間に話しかけても相変わらず彼らは反応すらしません。

 教師に訴えることも考えました。しかし彼は元々あまり大人に期待をしておらず、親に伝わることも考えられたため、この案は早々に却下しました。

 さて、そうなると残る手段はそう多くはありません。結局、策を考えることすら面倒に思った彼は、クラスの人間が1人になる状況を狙い、話しかけるというストレートな手段を取らざるを得ませんでした。


 しかし、幸か不幸かこの策は上手くいくこととなりました。

 集団で個人を攻撃することは容易でも、個人の力はそう大したことはないのだとその時彼は知りました。

 級友を問い詰め、真実を知った彼はその日から学校を休みがちになりました。


 そして中学2年生になってからはとうとう学校に来ることもなくなったのです。






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