第18話 春の終わり、冬の始まり
「あ、あの牧村さん……昨日は……その」
「みなまで言わなくて良いわ、ユニ。というか忘れなさい」
「……え?あの、でも、牧村さん」
「ユニ」
「あ、はい。もう何も言いません」
「さすが私の親友ね。大好きだわ」
「え?大好き?……へへ……ありがとうございます」
高田家への訪問の翌日、私はいつものように教室でユニとの会話に勤しむ。会話というよりは一方的な命令に見えるだろうけれど、全てはユニが悪い。……いや、というよりユニの母が悪い。
悪い、とは言ったもののユニの母の恵梨は母親としては良い人なのだろう。
……しかし、その愛はいささか重過ぎた。
よほど一人娘に友人ができたことが嬉しかったのか、そのもてなしようは控えめに言ってもやり過ぎだったし、あれでは誰だって引いてしまうだろう。せっかく友人ができたとしても、2度と家に近づかないまである。
……でも、あんな目で見られたらなぁ。
端的に言うと恵梨はとても見た目が良かった。
馬鹿っぽい言い方だと思う。ユニの容姿からある程度推測はできていたのだけど、恵梨を見た時私は瞬時に理解をしたものだ。
あ、この人はユニの母親なんだって。
たぶん、これがそこら辺にある普通の主婦……平均的なそれであればそこまで心を動かされなかっただろう。しかし、あれは反則だ。
というか歳はいくつなのだろう……とても一児の母とは思えぬ美貌だった。性格がアレなのが残念だけど、あの目で
「また来てね……お願い♪」
なんてお願いされたら大抵の人間はイチコロだろう。
私はそっちの気は無いのだけど、危うく惚れかけてしまいそうだった。……いや、私は案外面食いなのかもしれない。だって、思い返せばユニに最終的に話しかけた判断材料もその容姿だったのだから。
出会いの春が終わり、熱気溢れる夏を耐え、紅葉を踏み締め秋を過ごし、気づけば冬が訪れていた。
相変わらず私とユニはゲームに勤しみつつ、側から見れば限りある青春をドブに捨てていた。
1年も終わりに近づいているけれど、結局私にはユニ以外の友達はできなかった。
いや、話せる人間はいないわけではなかった。
私がこの1年で学んだことは上辺だけの会話であれば、他人と話すことはそう難しいことじゃないと言うことだ。
特別仲良くなろうとせず、その場限りの事務的な会話であれば別になんてことはない。
しかしそんな私にできた友達は高田ユニただ1人。
きっと理由はユニといるのが単純に心地よかったからだろう。入学当初は友達を作ろうと努力のようなものをしてみた時期はあったけれど、数人に話しかけて私は悟ってしまった。
自分が労力を割ける人間には限りがある。
中学までの反動からか教室の女王になるなどという恥ずかしい夢を抱いていた私だったが、ここにきて自身の適性のなさに気づいてしまう。
私は平等に人を愛せない。
いや、私だけでなく世界中の人々はそうなのだろうけれど、私は人よりもそれが下手だ。たぶんみんなは上辺だけの付き合いを上手くこなし、器用に人生をやり過ごし、自分だけの幸せな人生を掴んでいくのだろう。
でも私はダメだった。
付き合う人間は多くても片手の数で十分であり、その中でも愛することのできる人間は1人きりだった。そしてその相手が入学式初日に話しかけた女の子、高田ユニだ。
あの子といるのは、楽しい。
彼女といる間は自分を偽ることが無く、それでいて得るものがある。それは形のあるものじゃ無いけれど、私の心を満たしてくれるものだ。
きっと1人では得られなかったものだろう。
だから、もう良いかなと思った。
万人に認められなくても誰か1人に認められていれば十分じゃ無いかと思った。
さて、こう長々と語ってきたけれどこれは牧村楓と高田ユニの破局に繋がる物語である。
ことのきっかけはクラスメイトのとある一言から始まった。
「あれ……牧村さん、それTDのティリア?付けてる人初めてみた」
そう話しかけてきたのは同じクラスの
補足するとTDとは「トワイライト・ディスティニー」というRPGの略で、ティリアとはそのゲームのキャラクターのことだ。
「その通り。瀬川さん……だっけ?よくもこんなマイナーなゲームのキャラを知ってるわね」
「あたしは兄の影響ですっかりハマっちゃって……外伝も含めて今のところ全部追ってるよ〜」
「……驚いたわ。あんなハードがバラバラなゲームなのによくもまぁ」
「それはお互い様でしょ?牧村さんはティリアが好きなの?」
「シリーズで一番報われないキャラだからなぜか応援したくなるの。今から3が楽しみだわ」
「アハハハハ!!3なんてあたしたちが学生の間には出ないでしょ!!無理無理」
なるほど……これは玄人のファンの反応だ。TDは2作目が発売してから今年で10年は経過している。その間は外伝作品が出るばかりで、ナンバリングは出ていない。ファンの間でも開発者が生きているうちに3が出るのか、たびたび論争になる程だった。この一連のやり取りから察するに、どうやら瀬川凛子は思ったより話せる人間らしい。
帰ろうとしていた私だったがTDについて話せる相手が久々だったこともあり、つい話し込んでしまった。
「2はキャラを増やしすぎなんだとあたしは思うんだよね。ビジュアルで売って女性ファン取り込みたかったのかもしれないけど、その分一人一人の掘り下げが甘く感じた」
「同感ね。ただ1作目の完成度が高過ぎたのが逆に問題なのよ。世界観を広げるにはああするしかなかったのね」
「風呂敷広げるのはいいけど、ちゃんと畳めるのかなぁ」
「知らないわ。まぁ林ディレクターならうまくやるでしょう……って気づいたらもう随分な時間だわ」
「あ、ホントだ。ていうか牧村さん思ったより話せる人だったんだねー。高田さんと仲良いのは知ってたけど、他の人とは全然喋らなかったし」
「……まぁ、そうね」
「とりあえず途中まで一緒にかえろーよ。……あ、連絡先聞いても良い?」
「え、えぇ」
その日、私の端末に連絡先が一つ増えた。
入学式の時の私が知ればとても喜んだことだろう。瀬川は見た目も良いし、ユニと違って垢抜けた女子だ。友達も多い。友人となれば私の世界は大きく広がるはず。
喜ばしいことのはずなのに、心の底から喜べない自分を私は不思議に思った。
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