第8話 僕は歩き出す
「久遠〜昼メシ食おうぜー」
「悪い、久村。今日は1人で食ってくれ」
「あ?何でさ」
「用事。あと次の授業体育だし、ついでに着替えてくるよ」
「……そか。あいよ、いってら」
「悪いね」
「さっさと行けよ」
「言われなくても。それじゃまた後で」
お昼休み。
僕は早速行動を開始することにした。
といっても、現時点で僕が取れる手段はだいぶ限られている。
牧村楓はクラスカースト上位の女子であり、その影響力は計り知れない。
そして、僕は友人が少ない。
久村を除くとこの学校で僕がまともに話す人間は片手の数で事足りる。
たくさんの人間と仲良くなる必要はない、好きな人間とだけつるんでいれば良いだろう……と人間関係の形成を今までサボっていたツケがここにきて回ってきた。そのことに関して後悔はしてないけれど、こういう時は実に不便である。おかげで当時の高田ユニと牧村楓に何があったのかを知る人間とコンタクトを取る手段どころか、誰に聞けば良いのかもわからないのだ。
あれ以上久村から引き出せる情報もなさそうだったし、牧村本人は言わずもがなである。一見とりつく島もない状態だけど、実は全く手がないわけでもない。
目的の場所を目指そうと、教室から出た僕だったが
「あれ?クオンちゃんじゃん。よっすー!」
廊下から快活な声が聞こえてくる。
「……
そこには僕の数少ない友人の1人、
桜を一言で表すと猫っぽい感じだ。
突然ふらっと現れて、その好奇心で場面を引っ掻き回し、気づけばどこかに消えている。今も僕を見つめるその切れ長の瞳には好奇心が詰まっている。
「学食いくん?……クオンちゃんって弁当派じゃ無かったっけ?」
「前から言ってるけど、いいかげんクオンちゃんはやめようね?」
「だって〜クオンちゃんはクオンちゃんじゃん?」
「……おっしゃる通り僕は弁当派だ」
「はぇ〜そっか!じゃああたしもいく〜」
「桜さん?ちゃんと僕と会話してる?まだどこ行くのかも言ってないよね?……でも、ちょうど良かった」
桜が来たのは想定外だったけれど、一つでも多くの情報が得られるなら儲けものだろう。
「高田ユニって子のこと何か知ってる?」
「ユニちゃん?……いたねーそんな子も」
「桜もあんまり知らないか?」
「いっつもゲーム機ピコピコいじってたなーってことと、楓ちゃんと仲良かったなーっていうことは知ってるけどね。……そういえば最近見ないなぁ?」
「今は僕と同じクラスなんだけど、2年になってからは学校に来ていないみたいなんだ」
「はぇ〜そっかぁ……あ、でもぉ」
「?」
「去年の1月くらいかなぁ?ユニちゃんと楓ちゃんが言い争ってる姿を見たって友達が言ってたなー」
桜に今から向かう予定の目的地を告げると、彼女は蜘蛛の子を散らすように僕の元から去っていった。……なんかトラウマでもあるのだろうか?
その後の桜との話は9割くらい無駄だったけれど、得るものはあった。
高田ユニと牧村楓の仲は同期の間では結構有名であったこと
どこかのタイミングで喧嘩別れをしてしまったこと
あとは桜の言ってた喧嘩別れの場面を見た友人に話を聞ければ、事の概要も掴めるかもしれない。一旦そちらは後に置いておくとして、まずは今日の目的を果たすことにする。
「失礼しまーす」
スライド式のドアを開けると、よく効いた冷房の風が僕の肌を撫でる。
妙だな……教室よりガンガンに効いているじゃないか。
壁に貼ってあった「今年の夏は節電!!」の啓発ポスターが途端に紙とインクの無駄に見えてくる。
「……お、紬。昼休みなのに悪いなー」
ドアを開けた僕をそのまま安藤先生が手を振って招き寄せる。
そう、ここはみんな大好き職員室である。例によって学級委員の僕は今日も呼び出されていた……昼休みなのに。
「悪いと思っているなら、せめて放課後とかにしてくれませんかねぇ……?」
「だっておまえすぐ帰っちゃうし、私も忙しいんだもん」
「生徒使わないと仕事も回らないって、教職ブラック過ぎません?そんなんで結婚とかできるんですか?」
「余計なお世話だよ馬鹿野郎。おまえも今若くて可愛いからってあぐらかいてるとあっという間に中年の仲間入りだからな?努力を怠るなよ……!!」
「えぇ……実感こもり過ぎて怖いんですけど……授業よりためになりますね」
「そんな無駄話はさておき、今日もおまえに頼みがあるんだ」
「なんです?先生の結婚相手でも見つければいいんですか?」
「茶化すな。……高田ユニについてだ」
「……!」
「風の噂で聞いたんだが……おまえ、牧村と一戦交えたそうだな?」
「言い方〜……ただ僕は牧村さんにちょっと話を聞こうとしただけですよ」
「なぜだ?プリントを届けたときに高田と何かあったのか?」
ぐいぐいくるなぁ……この先生
「……別に何もなかったです。高田さんには会えなかったので、プリントはポストに投函してきました」
嘘はついていない。
「そうか……私はてっきりおまえと高田の間に何かあるのかと思っていたが」
「一応同じクラスだし、プリントを届けにいった相手がどういう人間なのかちょっと興味が湧いただけです」
「……ま、そういうことにしておくか」
含みがある言い方だ。
この教師、一見だらしなさそうに見えてけっこう感が鋭いというか、たまに人を見透かすようなところがあったりする。
その能力をもっと日常に活かせばいいのに……
「おい、もしかして何か失礼なこと考えていないか?」
「ははっまさか。……で、結局何用なんです?ティーンエイジャーの時間は貴重なんですよ。勿体ぶらないでさっさと用件を言ってください」
「じゃあ勿体ぶらないで言うが……紬、おまえちょっと高田ユニと話をしてきてくれないだろうか?」
「話……ですか」
「実は流石にそろそろ出世日数の問題があってだな……」
「あぁ……やっぱり彼女長く来てないんですか?」
「ご両親曰く、病気というわけでもないそうだ」
精神的なもの……ということか。
「先生の方で心当たりとかないんですか?」
「あったらおまえを頼っていないさ。腐っても私は教師だからな。なんとかしようとは思うんだが……迂闊に生徒間のことに介入すれば、要らぬ騒ぎが起きる可能性もある」
「……つまり?」
「おまえに事情を探ってきてもらいたい」
「一応聞きますけど、なんで僕なんです?」
「さっきの牧村との騒動と、学級委員というおまえの立ち位置……あとは勘だ」
「勘て」
呆れてものも言えない僕である。
「詳しい理由は知らんが、おまえは高田について知りたかったんだろう?なら、ちょうどいいじゃないか」
確かにその通りだったけれど、何だかいいように使われているようであまり面白くない。だから
「引き受けますよ」
「お、そうか。おまえはもっと渋るかと思ったが」
「その代わりあなたが知っている彼女の情報……全てください」
情報を収取し、分析し、対策を立てる。
僕のプレイスタイルは現実でも同じだ。
「それでは失礼しました」
諸々の話を終え、壁の時計を見れば昼休みも終わりに差し掛かっている、
こうしちゃいられない。次の授業が始まる前に、早く弁当を食べて、ついでに着替えも済まさなければ。
残してしまうと姉になんて言われることやら……想像しただけで恐ろしい。
僕は職員室を出る。
そしていつも着替えに利用している空き教室へ僕は歩き出した。
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