第19話 逆行





――時は戻り、シオンが【時間操作クロノトリック】を発動させ、ボニタを蘇生させたその後の事。





恐ろしいほどの魔力がボニタを元の姿へと戻す。赤黒い稲光のような高濃度の力はシオンの体を焼き焦がし、しかし不思議なことに瞬時に再生していた。


「......シ、シオンくん......?」


その場には首が繋がり、元の姿を取り戻した愛馬のボニタ。そして、シオンのものと思われる大量の血溜まりが広がっていた。


ざわざわとメイの背に這う嫌な気配。得体のしれない怪物が現れたような威圧感を感じ、恐怖にかられ動けずにいた。


「......メイ。これは、どういう状況だ?」


後ろから声がして振り返ると、そこにはジヴェルとアスタがいた。


「ジヴェル様!シオンが、死んだボニタを治して、倒れてしまって......!!」


「ふむ。死したものを蘇らせたのか。神をも恐れぬとはこのことだな。もう少しキツく叱っておくべきだったか......アスタ、今回のヒールは比率は3対7で頼む。勿論7が魔力で3が血魔塊だ。魂が離れぬようそちらの繋もケアしてくれ」


「わかりましたジヴェル様。メイさん、お手伝いをお願いしても?」


「は、はいっ!」


ジヴェルは頷くと、メイに「頼む」と頭を下げた。この町ならずこの国が敵国に攻められず平和であるのはジヴェルが居るおかげ。それはすべての民が理解していることで、勿論メイもそれを知る一人だ。


だからこそ、それほど大きな力を持つ彼女が頭を下げ願いこう姿に、メイは動揺しながらも事の重大さを理解した。シオンの命が危ない。


「がんばります!」


「うん。ありがとう、メイ」


そう言い残し、ジヴェルはそこに横たわる二人の男へ近づいていく。


「......起きているのだろう。寝たふりは無意味だ」


ジヴェルの言う通り、キヤキとマレドッチの意識は戻っていた。しかしそれは生存本能により起きた強制的な目覚め。ジヴェルという途轍もない力を持つものが迫った事により、その命の危機に目が覚めたのだった。


「......あんたが、ジヴェルか」


キヤキよりも先にマレドッチが口を開く。


「如何にも。息子が世話になったな」


「息子?あのガキが......?道理で強いわけですね」


フッ、と笑うキヤキにジヴェルが告げた。


「死にたくなければ、動くな」


ほんの微かな魔力の流動。筋肉が血液の流れで膨らむように、キヤキとマレドッチに流れている体内魔力の偏りで逃げようとしていることをジヴェルは察知する。


「私にはすべての魔力の流れが見えている。それによりお前らが逃走しようとしている事もわかっているぞ。無駄な抵抗はやめよ......程なくして憲兵がくる。大人しく座っていろ」


「そう言われて.....」「黙って捕まるやつが居るかよ!!」


二人が左右へ別れ走り出そうとした、その瞬間。場がひんやりと空気が冷たい事に気がつく。背筋を這うような嫌な予感。二人は動けなくなった。


「!!、......空気が、冷たい?何だこれは......」


マレドッチが自分の吐く息が白く煙っているのに気がつく。


キヤキが「これは、そうか......」と呟く。


「お前は氷結系魔法の使い手だったのか」


ジヴェルはその問いに答えることはなく、静かに一言告げる。


「......警告はしたぞ」


マレドッチは笑う「なあ、キヤキ。もう良いだろ......コイツがいる限り、逃げれねえなら戦って殺すしかねえぞ?」と。それに対しキヤキは人生最大の窮地に頭が混乱し、マレドッチの言っている意味を理解することも出来なかった。


マレドッチは非常に好戦的である。強いやつを倒しいたぶる。それが彼の生きがいであり、金よりも大切な生きる理由である。


「キヤキ......ハッ、この腑抜けが。あれだけ偉そうにしときながら、いざ魔力に触れて力の差を感じるとビビっちまうのかァ?いいぜ、俺がこの女を殺してやる!だが、この化け物を相手取るんだ、目ん玉飛び出るくらいの報酬は覚悟しとけ!!」



――と、ジヴェルへ向かい足を踏み出した。その時......


カシャン、とまるで硝子の割れるような音がした。


「......は?」


マレドッチは手のひらをジヴェルへと向け、風魔法による砲撃を放とうとした。近づくのは危険な敵に遠距離攻撃を使うというのは有効な手段、正解だ。


しかしその正解も相手がジヴェルである以上、如何様な戦略も不正解に覆る。


「な、な......ああ、あっ!?」


マレドッチのジヴェルへと向けた手が、腕ごと崩れ落ちまるで硝子細工を落としたかのように床で砕けた。


「お、おおお!?おれの!腕!がッ!?」


先の消えた腕。その傷口は凍りついていた。


「何しやがったァ!?てめえ!!」


「......私は、動くなと言った。警告はした......その上でお前たちが勝手に死ぬのならしかたがない」


キヤキは違和感を覚える。ジヴェルの「勝手に死ぬ」という言葉は、今のマレドッチに当てはめるならば、マレドッチが何かをしたから腕が凍りつき砕けたという意味にとれる。


「......まさか」


キヤキはマレドッチの纏う魔力を視る。すると一つの事がわかった。


「マレドッチ」


「ああっ!?」


失った腕は麻痺しているのか痛覚がないようで、マレドッチは以前威勢が良いままだった。そんな頭に血が上っている彼にキヤキは観察結果を告げる。


「ジヴェルの魔力性質はおそらく、冷気。つまり氷結系魔法の使い手で合っています......しかし、普通の氷結系魔法の使い手とは次元が違う」


「あたりめえだろーが!!んなことはお前に言われねえでも......」


と、マレドッチが気がつく。


「ジヴェル......こいつ、まさか......魔力の質だけで、俺の腕を!?」


ジヴェルはマレドッチとキヤキを逃さない為、店をおおう程の結界を展開していた。


結界は使用する魔力の消費量が恐ろしく膨大で、使い手も世界に数えるほどしかいない。


しかし、ジヴェルは【魔女の魂】に劣らずの魔力量を保有しているため、いとも容易く結界を展開させる事ができる。


そして結界へルール、条件、縛りをかけることで結界は更に強固なモノとなる。ジヴェルのかけた縛りは二つ。


①ジヴェルから離れれば離れるほど冷気が増し凍りつき、最悪砕け死に至る。


②結界の出入りは自由。


しかし、キヤキとマレドッチが気がついたのはこの結界の仕組みではなかった。ジヴェル自体の魔力性質の脅威。


彼女の魔力は、魔力の濃い場所へ集中しその魔力を奪い利用し凍らせる。奪った魔力が強ければ強い程、凍てつく力も増し強大な力となる。


「......つーことは、魔力で体を強化することも、魔法を使うこともできねえって事かよ......!?」


「ジヴェルとやるならば、魔力無しでなければ戦えない.......そんなところか。これは勝ち目が無い......!」


睨みつけるマレドッチにキヤキが更に言う。


「先程の......おまえの腕は、風魔法を撃つため砲台としてその威力に耐えられるよう魔力防御も上がっていました。......しかし、それでもジヴェルの冷気に耐えられず凍りつき結果失ってしまった」


――ただ魔力をあてられただけで。


「逃げれば冷気で死に、戦えばジヴェルに殺される......これはどう見ても詰みです」


(冷血の戦姫、ジヴェル......まさか魔力に触れただけで死を予感させられるとは......)


僅かな抵抗すらも赦さない、冷血の戦姫ジヴェル。


「さて、貴様らと私の力の差を理解して貰ったところで、だ......ひとつ、質問をしよう」


「......」「......なんですか」


ジヴェルは体内を流れる魔力を視ることが出来る。それにより、その者の言葉の真偽をはかることも可能だった。


真実を話しているものと嘘を語るものの魔力の流れの違いは、嘘つきの視線が同じ動きをしやすいのと同様、もしくはそれ以上に明確で、ジヴェルに嘘は通用しない。


「貴様らは、イデアという女を知っているか」


ジヴェルは二人の体内に流れる魔力の流れを視る。マレドッチが口を開き言った。


「イデアって、あんたと同列のバケモンだろ......そんくらい知ってるだろ、ふつー」


キヤキも頷き、その言葉と魔力の流れで確信した。この二人とイデアの無関係性。もしかすると、自身を疎ましく思い【魔女の魂】を狙っている節のある姉、イデアが暗躍しているのでは無いかと、ジヴェルはここ最近ずっと考えていた。


もしかすると、この二人も......そう思い、かけた質疑にジヴェルは空振った。


(最近この町の上空を飛んでいる鳥......あれはこの国の種ではない)



ジヴェルの勘が告げていた。近いうちにこの国が危機的状況に陥ると。



「――ジヴェル様!遅くなって申し訳ありませ、いや寒いッ!?」


「......来たか」


店の中へと入ってくる憲兵三人。その家のリーダーがジヴェルへと頭を下げた。


「すみません、ジヴェル様......って、ああっ!!腕が無い!?こ、これは、まさか協定違反では」


この国ではジヴェルは民に攻撃することが出来ない。あまりに大きな脅威であるジヴェルがここへ居住するに際しいくつかの協定を定められたそのうちの一つが、それだった。


「私は警告はした。そいつが私に攻撃しようとして、勝手に腕を失っただけだ......」


「......成る程、警告を受けた上でならば、まあ......(え、その場合どうだっけ?わからん)......よし、二人とも!キヤキとマレドッチに枷を嵌め連れて行け!」


その憲兵の部下の二人がキヤキとマレドッチに魔力制限の手枷を嵌める。そして店の外へと連れて行った。


「しかし、ジヴェル様。なぜ今回の件に手を貸していただけたので?何度も協力を要請されてましたよね?その上でずっとお断りになられていましたから......なぜ心変わりを?」


「心変わりもなにも、私は何もしていない。二人を仕留めたのは私の息子だ」


「息子......シオンくんの事ですか。成る程。あれを倒すだなんて、あなたに似て相当な手練だ」


ジヴェルはこのキヤキとマレドッチの存在を知っていた。そしていつもであればすぐに自ら国へ協力し二人を捉えているところだったが、それをしない理由があった。


それがシオンの存在。実践訓練が必要と思い、この件をあてがったのだった。


思った通りいとも容易く二人を倒したシオンだったが、一つの誤算があった。まさかの展開、シオンが馬の為に自らの命をなげうったのだ。


(.......いや、おそらくは馬の為ではなく)


「ジヴェル様、シオン様の処置が完了いたしました。急ぎ屋敷へ運びましょう」


アスタがジヴェルを呼びにきた。アスタ額には多量の汗が流れ、そして肩で呼吸をしている。シオンへの処置が壮絶なものだったことを伺わせた。


「わかった。......では、キヤキとマレドッチの事は任せた」


「はっ!お疲れ様でした!後日屋敷にてこの件の報告をさせていただきます!」


ジヴェルはこくりと頷き店を出る。するとそこにはシオンに寄り添うメイがいた。ぎゅうと手を握り健気に名前を呼びかけ続ける彼女にジヴェルは感じるものがあった。


「メイ」


「!、ジヴェル様!......あの、わ、私......」


「大丈夫だ。シオンは助かる。安心していい。......それとは別に、君に頼みたいことがある」


「た、頼みたいこと......ですか?なんですか......?」


「そろそろシオンにも付き人がいるかと思っていてな。メイ、君がシオンのメイドになってくれないか」


「わ、私が?」


「ああ。君を雇いたい......メイも店がこの状態では仕事が無いだろう。花屋が再開できるまでの期間でも良い。頼めないか?」


メイは目を伏せた。


「わ、私は、でも......シオンくんがこうなった原因は私なんです......だから、私が側にいたら......また」


ジヴェルは「いいや」と首を横に振る。


「だからこそだよ、メイ」


「......え?」


「シオンは元々自分の命を軽視しているところがあった。しかし今までは私が注意し矯正し、それもなおりつつあったんだ......だが、今回再び命をなげうって能力を行使した」


ジヴェルはメイの目を見つめる。


「おそらく......その理由は君だ。君の為に命をなげうった。私との約束をも反故にして」


「なら、私がいたらまた......」


「逆だよ」


「......逆?」


「おそらくはシオンは君の為なら何でもする。だから、君にはそれを止めてほしい。シオンの側で」


「......シオンくんの側で、私が」


「無理強いはしない。けれど、シオンは君のことを大切に思っているのは確かだ。......そして、君もそうなんじゃないか」


アスタがメイへと声をかける。


「メイ様、お母様の処置も完了いたしました」


「......!」


「うむ。しばらくは彼女も私の屋敷で療養してもらおうか。......メイ、少し考える時間も必要だろう。一先ずは屋敷へ来るがいい」


「......はい、ありがとうございます」


メイは想った。まだ時間にすれば僅かな付き合いであるシオンだが、その存在が自身のなかでとても大きなものとなっていることに。


(私が、シオンくんを......護る)


「私、決めました」


「......決めた?」


「......私をシオンくんのもとに置いてください......!」


ジヴェルは頭を下げ、礼を言った。


「ありがとう。息子を頼む」




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