居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi

第1話 居場所がない

私が絶望という感情を知ったのは、五歳のことだった。


いつもは話しかけられるどころか目も合わせてもらえないお母様に呼び出され、

香水の残る部屋に入ったとたん、私の髪をぐいっと引っ張られた。


あまりの痛さに悲鳴をあげると、隣の部屋から侍女が飛んできた。


「あぁ、もう! この髪はどうにかならないの?」


「奥様!? ハサミなど持ち出されて、何をなさる気ですか!」


「だって、見なさい!このはしたない色の髪!

 あぁ、もう嫌だ。これ以上見たくないわ!

 短く刈り込んでしまえば少しは見なくてすむでしょう?」


「お待ちください!

 そんなことをしてしまえば、旦那様に叱られてしまいますよ!」


「嫌なものは嫌なのよ!

 だったら、この子を見ないところに閉じ込めてちょうだい!」


美しい顔をゆがめたお母様が大きなハサミを振り回して、

侍女のアンナに止められてもまだ握りしめている。

髪を切られるのなら…せめてアンナに切ってほしい。

お母様が切ったら、耳まで切り落とされそうな気がして怖い。


私の髪を切ろうとしていた理由は、聞かなくてもわかる。

お母様は私の桃色の髪と赤い目が嫌いだから。

いつも見るたびに顔をしかめて、はしたない色、みっともない髪、そう叱られる。

髪を引っ張られたり、目があって頬を叩かれたことはこれまでもあった。



…私がこの色を選んだわけじゃないし、こんな色に産んだのはお母様なのに。

お母様のように紺色の髪で青い目に産まれたら怒られなかった。

どうして同じ色にならなかったんだろう。


アンナに止められても、まだお母様は納得できていないようで、

ハサミを持ったままだった。

そんなに切りたいのなら、短く切られてもいい。

それでお母様が怒らなくなるのなら、そのほうがずっといい。


「わかりました。…仕方がありませんね。

 それでは髪はきつく結んで、上から赤粉を振りましょう。

 お嬢様は火属性ですから、赤い髪でも問題ありません」


「赤も嫌い。見たくないわ!

 火属性だなんて…どうしてこんな子を産んでしまったの…」


「…大丈夫です、見た目は変えられます」


「あぁ、もうその目も見たくないの!私を見ないでちょうだい!」


これから何をされるのだろうと怯えながらお母様を見ていただけなのに、

持っていたハサミを投げつけられる。

あまりのことに身体が動かなくて避けられなかったけれど、

ハサミは私にはぶつからず床に刺さった。


それが気に入らなかったのか、今度はハサミが入っていた箱を投げつけられた。

木で作られた固い箱の角が左腕に当たって、じんじん痛む。


でも泣いたらよけいに怒られる。声を出すだけで殴られる。

唇を噛んで痛みから気をそらす。

箱がぶつかった腕から血が流れ、指から数滴垂れてぽたぽたと床に落ちた。

それでも、怖くてもここから逃げ出せない。


「誰か、奥様を他の場所へお連れして!」


「もうその子を私に近づけないで!!」


泣きながら叫ぶお母様を侍女だけでなく、

騒ぎに気がついた家令も付き添うように違う場所へと連れて行った。


皆が出て行った後、部屋には私一人が残された。

乳母のエリンが助けに来てくれるまでそこに立っているしかなかった。

勝手に動いたら、また怒鳴られると知っているからだ。



「なんてかわいそうに…リゼット様は何も悪くありません」


「エリン。私の髪っておかしいの?」


お母様に切られかけた桃色の髪をじっと見る。

まっすぐな髪は胸の辺りまで伸びている。

産まれてから一度も整えられたことのない髪。

何度も引っ張られたせいで、所々やけに短い。

前髪も伸び放題で前が良く見えないけれど、顔を見せればまた叱られる。


「いいえ、リゼット様は風の属性が強く出ているだけで、

 火と合わせて二属性もお持ちなんて、素晴らしい才能です!」


「じゃあ、どうしてお母様はあんなに私の髪と目を嫌うの?」


「…それは…」


答えられないのか、答えてはいけないのかはわからないけれど、

エリンは口をつぐんだ。


お母様は水属性、お父様は土と風属性。

私の風属性はお父様から受け継がれたのだと思うけれど、じゃあ火属性は誰から?

その答えがわかったのは、もっとずっと後のことだった。


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