第3話 リノア

 シャ・ノワールの魔導士たちは育成機関で5才までを過ごし、6才からシャ・ノワールに配属される。例外的に6才以降才能が開花する場合もあるが、それでも最低1年は育成機関で訓練を受ける。だから皆顔見知りであり、特に幼少期から育成機関に入った者たちは年長者に依存する傾向がある。その結果、隊の階級よりも年齢により上下関係が確定する。

 第6分隊長であるリリー・アマクサ中佐(9才)は完全な脳筋なのだが、それ故に絶対的なカリスマとなっている。ミディアムの赤髪は強めのウエーブがかかっており、身長も180cmと大柄である。おまけに胸が大きく、能力もフィジクス(物質関与系)のSクラス能力者である。私の一つ年上であるリリーは、養成機関にいる頃からリーダー的存在であり、どちらかといえば頭脳派の私はよく彼女のサポート役をしていた。2才からの長い付き合いである。今は隊長・副隊長という立場なので二人で行動する機会はなくなってしまったが、もう一人サーチャーのリノアとトリオを組んで出撃した時は連戦連勝であった。残念だがリノアは他の分隊の副隊長として移動してしまったが、Sクラスサーチャーのリノアが素早く敵艦を捕捉し、リリーが艦内で発火させて混乱を与えている間に私がシステムをハッキングする。三人はワイルドキャッツ(山猫達)と呼ばれて密かに敬遠されていたようだ。お嫁にいけなくなったらどうしてくれるんじゃい!というか、このイメージは完全にリリーに由来している。私と銀色の髪でスリムなリノアはどちらかというとおしとやか系のイメージのはずだ。……多分。


 お昼過ぎになってリノアから通信が入った。

「ハイ、ノラ。」

「リノア、久しぶりね。」

「何言ってんのよ。一昨日食堂で会ったじゃない。」

「あれ?そうだっけ……」

「あんた、ボケてきたんじゃないの?」

「やめてよ……縁起でもない。」

「まあいいわ。いい葉っぱが入ったんだけどお茶しに来ない?」

「へえ、美味しいの?」

「まだ飲んでないの。でも開けた感じだといい香りよ。」

「オッケー、15時くらいでいいかな?」

「うん、大丈夫。じゃ待ってるわ。」


 通話を切った私は、ケーキ屋さんのサイトを開き二人分のお茶菓子を予約した。

 兵士の常識として、出撃前には身の回りを整理しておく。食材は使いきり、部屋も片づける。親しい人にメールを送るのもいつものことだ。新兵の頃はこのメールを送るたびに感傷的になったものだけど、最近は慣れたものだ。2才で育成機関に送られた私にとって、肉親との交流はない。能力が発現した時点で親族との交流は遮断されるのだ。私の方にも親や兄弟の記憶はない……ことになっている。潜在意識にまで潜っている私にとっては、幼児期の思い出も残っているのだ。思い出の中では兄と姉もいた。祖父の記憶だってある……。別れの日、母は大声で泣いていた。母と引き離された私も泣きじゃくっていた。

 私は育成機関のサーバーに潜り込み、実の両親の名前と住所を確認してある。いつか、再会できる機会があるのだろうか……。だけど、今の状況で名乗り出たとしても、すぐに戦死するかもしれない。終戦後でないと無理だろうなぁ……。


「やっぱり、ここのタルトは美味しいわね。」

「そういえば、リリーが好きだったわよね。」

「そうそう。このお茶の香りにピッタリだわ。」

「うん。紅茶の香りもステキだわ。呼んでくれてアリガト。」

「どういたしまして。」

「リノアも明後日出撃なの?」

「うん、そうだよ。」

「で、何かあったの?」

「アハッ、バレた。」

「あなたから連絡してくる時って、何かしら不安を抱えてる時だってバレバレよ。」

「うーん、不安というか不満かな……」

「第9分隊は優秀なサーチャーが多かったわよね。それと、隊長がSのヒプノスで……」

「そこは十分すぎるほどよ。ただね、目を引くアタッカーがいないのよ。」

「フィジクスとハッカーか……」

「そう。リリーやあなたクラスとは言わないけど、Aの上は欲しいもの。」

「確かにね。うちはサーチャーがちょっと弱いけど、いざとなれば私かリリーが頑張れば何とかなっちゃうもんね。」

「あなたなんて、サーチャーが手間取ったらレーダーとリンクしちゃうでしょ。そこまでのバケモノじゃなくてもいいんだけど……」

「誰がバケモノなのよ!」

 そう。私はいざとなれば瞑想の要領でレーダーと同調できる。勿論普段からそんなことはしないが、どうしても2方向同時に対応せざるを得ない時には、メンバーの4人に一機任せて私は補助役のレーダー手と組んでもう一機を潰すこともあった。あの時は艦内の目が珍獣でも見たような雰囲気だった……。

「それに、うちは隊長がメンバーを決めているんだけど、偏るんだよね。」

「隊長の方に優秀なメンバーが?」

「気のせいだって思うようにしてるんだけどね……」

「そっか……。じゃ、リノアがアタッカーも出来るようになろうよ。いざという時のためにさ。」

「アタッカー?」

「うん。簡単なクラッキングのやりかたを教えてあげる。」


 火星では、お酒はあまり好まれない。だけど、紅茶にブランデーを垂らすくらいはする。

「アハハハハっ、何よソレ。」

「だからぁ、あの時はぁ……」

 小さじ一杯のアルコールで気持ちよくなった二人のおしゃべりは止まらなかった。その夜、私は寝そべったリノアに覆いかぶさった。

「覚悟はいい?」

「いつでもどうぞ……」

「いくわよ。」

「……あっ……」

 私はリノアと両手をつなぎ額と額をくっつけた。

「あっ、いい香り……」

 シャワーあがりの素肌と銀色の髪からソープ(石鹸)の香りがする。

「ちょっとぉ!」

「ごめんごめん。本気でいくわよ。」

 小さいころからやってきた同調である。二人の意識をあわせてお互いの魔法を共有するのだ。これにより、私はサーチャーの技をアレンジしてレーダーとリンクできるようになった。意識界で私はリノアの手を取り外部へと誘導し、システムへのアクセスを実現して見せた。

「書き換えるのは時間がかかるから、データを消すやりかただけ説明するね。」

 プログラムを修正するにはそれなりの知識が必要で、そんなものを一から勉強するよりも消してしまった方が早い。

「ねっ、消すのは簡単でしょ。」

「確かに簡単だけど、そのシステムにアクセスするのが大変よね。」

「何言ってるの。サーチャーの方が簡単にできるはずよ。」

「いわれてみれば……」


 翌日、お昼頃までリノアと過ごし、私は自宅へ戻った。昨日途中までだった身辺整理を行い、トレーニングと瞑想を行って一日を終えた。さあ、戦闘準備だ。



【あとがき】

 同調は誘導者の潜在意識に潜るため、信頼関係以上の密接な間柄でないと行えません。リリーを含めた3人は、姉妹以上の関係……一心同体なのです。

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