第5話 未来の旦那様とのデートは、心臓に悪いです


 あれから私は、ウィリアム様の言う通り、聖魔法を習得しようと一人練習を続けた。


 突然私を溺愛してくるようになったウィリアム様の、本当の気持ちは全くわからない。だが、今の彼なら信用してもいいかもしれないと思い始めている。

 そのウィリアム様があそこまで必死に頼んでくるのだから、私も真剣に自分の力と向き合うつもりだった。



 自分の部屋で練習をしていた際に、集中しすぎてうっかり侍女のアイラに見られてしまったこともあった。だが、長年専属の侍女をしていた彼女は、何も聞かずに周囲にも黙ってくれていた。

 ウィリアム様にアイラのことを相談すると、私と一緒に、アイラにも聖魔法の件を明かしてくれたのだった。


 それ以降、アイラは非常に協力的で、怪我をしたメイドや使用人を目隠しをして客間に連れてきて、治療の練習台にさせてくれるようになった。



 お父様とお母様にも当然、聖魔法の練習をしていることは知られている。ウィリアム様の指の止血をしたその日に、人払いをした上でそのことを話してくれていたらしい。

 お父様とお母様は、何か私の知らない情報も聞かされていたようで、その日から異常に過保護になった。



 お父様は特に、ものすごく神経質になっている。私が外出する前や人前に出る時は、毎回耳がタコになるほど「力を使うな、悟られるな」と説教をしてくるのだ。

 心配ゆえのことなのはわかっていたが、私はちょっとだけ鬱陶うっとうしくなって、「もう子供じゃないですのよ」とほんのり怒っておいた。しかしそれでも説教が止むことはない。


 確かに一度、ターナー男爵に教会に行くよう勧めてしまったことがあった。

 だがその時は呪いのことは一言も言わなかったし、解呪以外でも教会に行くことはあるのだから問題ないと思うのだが、甘かっただろうか。



 ターナー男爵の呪いは、どうやら骨董品こっとうひん店で購入した指輪から移ったものだったようである。


 最初に見た時、黒いもやは片腕だけに集中していたのだが、それ以降、呪いはゆっくりと身体に向かって広がっていた。

 全身が呪いにむしばまれてしまうと命が危なくなってしまうから、その前に解呪できて本当に良かった。



 呪いの原因が街の中にあるかもしれないと思い立ったウィリアム様は、私を時折デートに連れ出してくれた。


 呪いがめられたアイテムを探すことが目的の外出だったが、二人で食事をしたり、買い物をしたりして過ごす時間は、とても楽しい。

 いつしか私は、ウィリアム様とのデートが待ち遠しいと思うようになっていた。


 この日も私は、ウィリアム様と街歩きをしていた。

 魔法騎士の制服に身を包んだ彼は、どこから見ても完璧な容姿だ。街中でもかなり目を引いている。


「さあ、ミア。次の店に行こうか」


 ウィリアム様は甘い笑顔を浮かべて、スマートに私の手を取る。

 お顔つきにはまだあどけなさが残っているのに、その仕草はとても十六歳の青年とは思えないほど大人びていて、私は顔を熱くしてうつむいてしまう。


「あの、ウィリアム様。ずっとはぐらかされているように思いますが、どうして突然、私に優しくしてくださるようになったのですか?」


「私がミアのことを好ましく思っているからだよ。私は気がついたんだ。想いを秘めているだけでは、伝わらない――それどころか、誤解すら呼んでしまうと」


 ウィリアム様は何かを思い返すように端正な顔を歪めてそう答える。

 夕焼け色の瞳を切なげに揺らしながら、ウィリアム様は私の耳元に顔を近づけた。


「ミア――は、君が思うよりずっと前から、君のことを愛しているんだ」


 低くささやくその声に、かかる吐息に、私はぞくりとしてしまう。

 私が固まっていると、ウィリアム様は楽しそうに笑って、その身を離した。


「か、からかわれてる……?」


 心臓の音がやけにうるさい。

 私はしばらく、ウィリアム様の顔を見ることが出来なかった。



 デートを重ねていくうちに、私のウィリアム様への想いは少しずつ形を変えていった。

 諦めと不信から始まったこの関係だが、今は、両親やアイラに引けを取らないほど彼を信頼している。

 一緒にいて苦痛だった彼との時間が、今は待ち遠しくて、一瞬一瞬が楽しくて、時が経ってしまうのが惜しいと思うようになった。


 この胸の高鳴りが一体何なのか――私はまだ、言葉にすることができない。

 あたたかくて眩しくて柔らかいこの想いは、今はまだ私だけのものなのだ。



 私の心境が変化すると同時に、私の聖魔法にも、不思議な変化が現れ始めた。明らかに魔法の力が強まっているのである。

 今の私なら、小さな傷も、ちょっとした毒や火傷やけども、綺麗に治すことができそうだ。


 力を試してみたいと言った私を、ウィリアム様は魔法騎士団に連れて行ってくれた。魔法騎士団の団員を治療しているうちに、私は見違えるほど聖魔法が上達していった。



 そして迎えたある日。

 王城前広場で、大きな式典が催されることになった。


 数年に一度開かれるこの式典は、婚約者同伴で参加するのが一般的で、私もウィリアム様の隣に控えている。


 他の参加者にクールな態度を崩さないウィリアム様を見ていると、私に対する接し方と真逆のような感じがして、なんだかくすぐったい。

 けれど、よくよく考えたら最初の頃は私に対してもこんなものだったな、と思い直す。


 ――ウィリアム様の態度が突然変わってから、もうの月日が経っていた。

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