手のない時は無かった事に
ムシダは俺達を屋敷まで送り届けたあと、あれだけ大量に魔獣の死骸を放置しては大型の獣を引き寄せかねないため安全的に(ついでに衛生的にも)よろしくないと、自警団を再編して現場の片づけやらなんやらをしに行くとかで、そのままとんぼ返りした。
その地獄絵図を作り上げた張本人であるヴェスは、
「ここにハーピーの駒があるのを失念しているだろう。城の隣に同じハーピーか弓兵を配置しないと負けるぞ」
「あー、完全に忘れてました」
「初心者のわりに筋は悪くないというのに、一部のルールだけいつまでも覚えが悪いな」
「いや……こう、逆に混乱するというか」
「何の逆だ」
これはあくまでチェスのようなゲームであって、当たり前だがチェスでも将棋でもない。異世界特有の駒とルールが複数存在するのだ。
完全に異世界ルールな遊びであればかえってゼロから覚えられたのかもしれないが、半端に前世にあったゲームに似てる分、無意識にうっかり混同した結果こちらのルールを“忘れた”みたいな形になることが多い。
「業腹なことだが、地域によってはこうして駒にダークエルフとエルフが存在する場合がある」
「どんなふうに使える駒なんですか、これ」
「お互いを隣接した場に置くと敵味方問わず争いに巻き込んで吹き飛ばす……というていで、周囲の駒が全て使用不可になる」
「迷惑極まりないですね」
エルフとダークエルフ、みたいなことわざが一般にも広まっているのはそういうものの影響も大きいのではないか。
まぁそもそも駒にそういう効果がつく程度には、昔から寄ると触るとバチバチにやりあっていたということだろうが。
ヴェスは人里で暮らしていたこともあってか、わりとメジャーなものだというこのゲームのルールも一通り把握していた為こうして俺が教わりつつ遊んでいるのだが、だいぶ手を抜かれている感は否めない。指導碁みたいな雰囲気である。
とはいえ俺も真剣にやり合いたいわけではなく暇が潰せればいいだけなので、雑談しつつゲーム出来るこの状況で十分なわけだ。
雑談。そう、俺の一方的な一人ラジオではなく雑談をしている。
この療養生活の中で知ったことなのだが、ヴェスは思いのほか無口ではなかった。実験体時代にひたすら無言だったり、今も沈黙を貫いていることが多いのは、単に人間どもの前で喋りたくないだけらしい。
他に誰もいないときはそれなりに喋るし、会話にも乗ってくるのだ。また怒られそうだから言わないが意外とノリがいい。意外と。
「ところで、
なのでこのタイミングで、ちょっと気になっていたことを聞いてみる。
するとヴェスは俺が「ダークエルフって筋力もすごい種族なんですか?」と聞いたときと同じく“ウソだろこいつ”という顔をした。
「人の世のことはともかく、魔法に関してはエルフの知が抜きん出ているはずだろう。それすらろくに知らんとは、逆におまえは何なら分かるんだ」
「自分に投与された薬剤がどのへんに効いてどのくらいキッツイのかとか」
「いい。わかった。やめろ」
本来ならそういう知識を深めるために使ったのであろう時間を、俺はほとんど“エルフらしさ”を修得するために費やしていた(修得できたとは言っていない)ため、俺の頭の中にあるエルフの知はスカスカのかすかすで、大変風通しのよい出来映えとなっている。
これでも最初のころは魔法のある世界に生まれ変わったことにテンション上がって自分なりに調べたり検証したりしていた時期もあったのだが、三十年もすればあまりの才能のなさに諦めた。
もし俺が生粋のエルフならそこからまた何百年もかけて知を深める、なんて行動もとれたのかもしれないが、残念なことに前世なんてものを覚えていたせいで俺の時間感覚は至って“人間”のままであった。
つまりエルフの里とかいう才能SSRだらけの実質的閉鎖環境に、
そう、色々諦めるし飽きるし腐る。少なくとも俺は諦めたし飽きたし腐った。それはもう本当に色々と。そうして出来上がったのが、この学習意欲ゼロエルフである。
「…………身体魔法というのは」
金の件に引き続き、そんな落ちこぼれ
身体魔法とは、“身体強化”を中心とした魔法の総称らしい。
厳密にはもうちょっと細かくアレコレあるそうだが、大筋はそういう理解で良いという。
「そしてエルフが自然魔法の代名詞であるならば、ダークエルフは身体魔法の代名詞とされる種族だ」
なるほどダークエルフそのものが筋力に優れたナイスバルク種族というわけではなく、体を強化する魔法を使いこなすゆえに、見た目以上の身体能力を誇る戦闘民族というわけか。
エルフ(俺を除く)が呼吸のごとく自然魔法を扱えるように、ダークエルフも己の体を動かすのと変わらぬ感覚で、当然のように身体魔法を使って生きているそうな。もはや魔法が体の一部という感覚なのだろう。
余談になるが、だから例の手錠で体内のマナの巡りを阻害され無理やり魔法を使えない状態に持ち込まれるということは、エルフやダークエルフにとって酸素が極端に足りない、もしくは体をぐるぐる巻きにされているに等しい超絶デバフであったらしい。
なお生まれつきマナと魔法の扱いが絶望的に下手くそだと里で太鼓判を押されていた俺にとっては、手錠があろうがなかろうがという感じだった。1000が0になるのと1が0になるのでは精神的にも肉体的にも辛さのレベルが違うのだろう。そのへんも俺が生き残った一因であったのかもしれない。閑話休題。
「ちなみに僕でも身体魔法って使えたりします?」
俺もヴェス並のナイスバルクに、とまでは望まないが、多少なりと身体能力を底上げ出来れば便利だと思ったのだが、「不可能だな」とあっさり首を横に振られた。
「それは僕が才能ゼロだから的な? それともエルフには無理とかの種族的な問題で?」
「ある意味では種族的な問題と言えなくもないが、これはもっと根本的な……魔法の“性質”の差だ。自然魔法は体外にあるマナを扱う魔法だが、身体魔法は体内のマナを操作する魔法であり、源は同じマナであっても、外と内ではほとんど正反対といっていい力の使い方を求められる。そしてそれは両立しない」
つまり結論として、自然魔法を使えるやつは身体魔法を、身体魔法を使えるやつは自然魔法を使えない。理屈はよく分からんが、とにかく“そういうもの”なのだとか。だから腐ってもへなちょこでも一応は自然魔法の使い手である俺に、身体魔法は習得出来ないということか。
なお他者を治癒する回復魔法はまた別の魔法形態であり、完全に特定種族限定の能力であるそうな。ついでに体内にマナを取り込んだ際に起こる自己回復についても種族ごとに諸々異なるそうだが、そのへんはややこしいし今は関係ないので割愛しよう。
「えーと、とにかく身体魔法は体内のマナを操作することにより己をムキムキナイスバルクにする魔法である、と」
「おまえの使う言葉は時々まったく意味が分からんが、おそらくその認識で合っているはずだ」
「あ。ということは、スラファトも身体魔法を使っていたから壁だの人だのお手軽にパーンと出来てたってわけですね」
出会い頭のフレッシュトマトの衝撃でそれ以外の要素は“なんかそういうもん”として雑に処理してしまっていたが、そういえば彼女もナイスバルクのナどころかnすら見えない子供の細腕で、あちこち爆砕しまくっていた。
「…………」
あれはつまりそういうことだったのか、と一人納得しかけていた俺に、ヴェスはなぜか否定も肯定も返さず思案げに眉根を寄せた。
急ぐ話でもないので大人しく返答を待ちつつ、先ほどのヴェスの忠告に沿って盤上の駒をひとつ移動する。弓兵ヨシ。
「……で、そうして目前の敵にばかり気を取られていると、遠距離からの魔法攻撃で負けるわけだ」
「あ~~そうか魔法! そんなのもありましたね」
「エルフの言葉とは思えんな」
ヴェスは決着のついた盤面からおもむろに全ての駒を払うと、その中からいくつかの駒を拾い上げた。
何をするのかと眺める俺の前で、盤の上にひとつ駒を置く。人間の兵士の駒だ。そしてその隣に、獣人の戦士の駒を並べて置く。
「そもそも魔法が使える種族、というものはおまえの思う以上に少ない。自然を生きる獣や虫などを除いた場合、この世に
今度はなんの授業が始まったのかと内心首を傾げる俺をよそに、ヴェスはまた駒を置いた。人間の騎士の駒と、狼の魔獣の駒だ。
「だがそういった種族の中にも、突然変異的に“マナ持ち”と呼ばれる個体が発生することがある。鼠の魔獣を見ただろう、あれと同じことだ。体の一部にマナを取り込めるそいつらは、極めて限定的にだが魔法を行使することがある」
「へぇー。……と、つまりスラファトが“そう”だってことですか? マナ持ち?」
本来魔法を使えない人間であるはずの彼女が身体魔法らしきものを使えたということは、つまり彼女もそのマナ持ちであったと。
そういう話の流れなのかと思ったが、ヴェスはまた眉間のしわを深めた。
「確かにマナ持ちの中には身体魔法を使う者もいるだろうが、我々に比べればその身に取り込めるマナは微々たるものだ。あれほどの威力を出せるわけがない」
「じゃあハーフエルフならぬハーフダークエルフとか。人とダークエルフの子、みたいな」
兵士の駒の横に、ダークエルフの駒を並べてみる。
しかしヴェスは間髪入れずに「無い」と断言した。
「というより、これも不可能と言うべきだろうな。エルフにしろダークエルフにしろ、人間や獣人などと我々は生物として“遠すぎる”。繁殖に成功したという話は聞いたことがない」
自然魔法や身体魔法の話と一緒で、これもまた“そういうもの”であるらしい。
ヒトでいうところのチンパンジーみたいなものなんだろうか。DNAの98%強は同じだが交配はおそらく不可能、的な。いや俺も詳しくないからよく分からんが。異世界の遺伝子事情が前の世界と同じかも知らんし。
とにかくスラファトがハーフダークエルフである可能性は低いということだけは分かった。
「まとめると、スラファトは人間だけど魔法が使えて、でもマナ持ちにしては火力がおかしい、って話ですよね。となると後はもう……」
「ぶあう」
ベビーベッドにいる赤ん坊が上げた声に、俺達は無言でゆっくりとそちらを見やる。
人間にあるまじき最低限の食料で生きていける、胸に謎の手術痕がある赤ん坊。
人間にはあり得ない威力の身体魔法を使う、人体実験施設で出会った少女。
「どう考えてもろくでもない気配しかしませんけど、これ突き詰めて考えなきゃダメですか?」
「おまえが聞いてくるから答えただけだ。私は人間どものことはどうでもいい」
「えー…………、まぁ、今のところ答え合わせのしようもありませんし、ん~…………保留で」
俺は世界の謎を解き明かす主人公でも、聖剣を抜いた選ばれし勇者でも、非道に憤る正義の味方でもないのだ。
長いもののお情けでどうにか生きながらえて、追ってくるかもしれない何者かから逃亡中の落ちこぼれエルフの身であれば、考えてもどうしようもないことに思考リソースを割いている余裕はない。というわけで保留だ。
ハイおしまい、と空気を切り替えるために軽く手を叩いて席を立てば、ヴェスもまた何事もなかったかのように、ゲーム盤に置いた駒を再度払い落とす。
エルフもダークエルフも人間も、すべての駒が倒れて、入り交じり、転がる様子を視界の端に映しながら、俺は赤子にミルクを準備するべく身を翻した。
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