美しい思い出、プライスレス
商品がほぼ完売したことを伝えると、自警団の商人たちはなぜか爆笑の渦に陥った。
とはいえこちらを嘲っている風ではなく、うそだろ、まじかよ、という感嘆混じりのバカ笑いが飛び交っている。
そんな自警団員たちを腕組みして眺めながらムシダが説明してくれたところによると、今回の件はいわば商人ギルドにおける通過儀礼、商人見習いへの洗礼なのだという。
それは新人への嫌がらせ……などではもちろんなく、絶対に売れない品を前にして、“売るためにはどうしたらいいか”を考えろ、ということだ。
技術というよりは思考の訓練なのだろう。実際に売れるか売れないかはひとまず二の次で、発想力やら柔軟性やらを見るのがこの試練の基本らしい。
「しっかし完売とか、姐さん以来の快挙じゃねえか?」
「オレんときマジひとつも売れなかったからな」
「大体の奴はそんなもんだろ。なにせ品が品だ」
運が良いとそこそこ売りやすい品が混ざっている時もあるらしいが、それに期待するのは神頼みであって商売ではない、と彼らはもっともらしく語っていた。
しかし実際のところ、“自分たちが苦労したのだからお前らも苦労しろ”という先輩商人たちの怨念のもと、毎回たいそう気合いの入った“売れない品”が提供されてくるのだとムシダは俺に耳打ちする。うーん負の連鎖。
「ほぼ、であって僕たちも本当の完売には出来ていませんから」
「残りは今着ている分だけだろう? なら……十分完売と言っていい成果なんじゃねえか」
「そうそう。ひとつも売れないのが普通ってなもんなんだから、そんくらいは誤差の範疇よ」
たいしたもんだと手放しで褒めてくるムシダ達に、謙遜し過ぎもかえって印象悪いか、と俺は美少年照れ笑いを浮かべてその賛辞を受け取った。
なお売れ残り……というか売りに出していなかった今俺たちが身につけている服はオマケでくれるそうな。ララワグといい、今日は随分とオマケづいている日である。また着替えるのも面倒だしこのまま着て帰ることにしよう。
ちなみに現在の空は夕暮れ、まもなく日没といったところだ。
売り物などの荷物は撤収済み。集まっていた客も引けてしまえば、広場はすっかりと祭りの気配を薄れさせ、浮き足だった空気にほんの僅かな余韻を残すのみとなっていた。
自警団一行は村には泊まらず、このまま商人の街まで直帰するらしい。
往路では日暮れに合わせて一泊だったのに帰路は夜行なのかと少々不思議に思っていると、これもまた訓練を兼ねた恒例の日程なのだと団員たちが教えてくれた。
自警団の仕事では、夜中であろうと依頼人や馬車の護衛をしつつ移動しなければならないことも多い。
だから二ヶ月に一度、この市場の帰り道では夜間訓練がてら泊まらずに帰るらしい。
「ってわけで“商人見習い”のお二人さんもお付き合いくださいよ。つってもまぁ、こっちは俺らの訓練だから、あんたらは行きと同じくただ乗っててくれるだけでいいんだけどな」
「わかりました。でも何かお手伝い出来ることがあれば遠慮なく言ってくださいね」
などと軽々しく社交辞令は飛ばしておくが、実際俺に手伝えることはないだろう。
ただでさえクソ雑魚な上に赤ん坊を抱えた魔法下手エルフに自警云々で出来ることなどあるものか。ああいや、夜盗に襲われたときの命乞いなら任せろ。コンマ秒の躊躇もなく平伏してごりごりに媚びまくってみせよう。
最後に村長に挨拶してくる、と場を離れたムシダを待ちつつ自警団の人々と雑談をしていると(なお当然のごとくヴェスは一言も会話に参加していない)、一組の親子がこちらに近づいてくるのに気づいた。
母親らしき女性と、小さな女の子。
団員のひとりが「どうしました?」と人好きのする営業スマイルで彼女たちに対応すると、母親のほうが何やら口を開こうとしたのを待たず、女の子が一目散に駆けだした。
俺のほうへと。
「あ、あのっ!」
「はい? ……ああ、あなたは昼間の」
夕日のせいだけでなく顔を真っ赤に染め上げながらこちらを見上げるのは、店の前で盛大に転んだあの女の子だ。
俺はしゃがんで視線を合わせ、被っていたフードを外した。帽子はそのままなので問題ない。
「僕になにかご用ですか?」
「ぴ、……ぁえ……」
イケメンマネキン大作戦は彼女のおかげで思いついたようなものだ。
お礼にエルフ顔面の一つや二つ安売りしても構わないだろうと軽率に笑顔を向けたら、謎の音を発して固まってしまった。売りすぎたらしい。匙加減難しいなこのツラ。
己の顔面パワーを持て余していると、後からやってきた母親であろう女性もまた俺の顔を見て「あら……あらあら」と目を輝かせたものの、その視線に熱はなく、シンプルに“綺麗な生き物を見た”といった方向の反応であった。
「貴方がこの子を助けてくれた人なんですね。どうもありがとうございました」
「いえ、転んでしまったところに手を貸したくらいで、助けたというほどのことは」
「それでもお礼を言わせてください。この子ももう一度ちゃんと伝えたいって……ほらしっかり。おにいちゃんにありがとうの贈り物するんでしょう?」
「あ、う、うん!」
母親に促されてはっと我に返った女の子が、腕に抱えていたものを勢いよく俺に差し出してくる。
それは一冊の本……絵本であった。
「これを僕に?」
「ん!」
「この子の一番お気に入りの絵本なんです。おにいちゃんにあげるんだって聞かなくて」
申し訳なさそうに苦笑しながら説明する母親は、この絵本がたとえ子供にとっての宝物であっても、大抵の他人は貰ったところで持て余す品だということは承知しているのだろう。しかし子の勢いに負けて、ここまでやってきたようである。
絵本はすでにかなり読み込まれているようであちこち劣化していたが、それでも大切に扱われていたのか、子供の持ち物としては中々に整った状態だった。
とはいえ実際いるかいらないかで言えば必要のない品だ。まったくもって必須ではない。
しかしまぁ俺はいつだって、貰えるものは貰っておく主義であるので。
「ありがとうございます。大事にしますね」
緊張で震える女の子の手からそっと絵本を受け取り、先ほどより顔面の輝度を少し柔らかく(出来てるかは知らないが)して微笑んでみせた。
するとまた「ぴ」と謎の音を発したが固まりはしなかった女の子は、こくこくと何度も頷いたあと、上目遣いに俺を伺い見た。
「ま、また……あえる?」
「ええ。きっといつか」
遠からず旅に出る予定なので次会える保証はひとつもないが、逆に二度と会えないという保証もないので嘘ではない。
そんな屁理屈でしれっと口当たりのいい約束をした俺の後ろでヴェスがため息を吐くのが聞こえた。
なんだよ、これといってデメリットもないし言うだけはタダだぞ。仮に叶わなくても子供のころのちょっとほろ苦い美しい思い出で済むやつだぞ。
そうこうしている内にムシダが戻ってきたので、俺たちはその母子に見送られながら村を出た。
ぐすぐすと泣きながら手を振る女の子に馬車の中から手を振り返し、その姿が完全に見えなくなったところで、貰った絵本を膝の上に置いて眺める。
なお馬車に乗るにあたって背中から降ろした赤ん坊(就寝中)は、一旦ヴェスの足の間に置いた。めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていたが特に反論の声も上がらなかったので良しとした。
「アルテア冒険記?」
表紙に書かれた絵本のタイトルを読み上げると、向かいに座っていた自警団員たちが「懐かしいなぁ」「俺もガキのころ読んでたわ」と感慨深げに話し合う。
「有名な話なんですか?」
「昔から子供に人気のある定番の絵本だ。かつて実在したと言われる英雄……アルテアの冒険譚だな」
「へぇ」
ムシダの解説を聞いて、絵本をめくる。
しかし子供向け絵本なので当然ながらページ数は少なく、ゆっくり進めてもあっという間に読み終わってしまう。
内容はムシダの言ったとおり、アルテアという人間の男が各地を冒険しながらお供を増やしつつ、最後にわるい竜を退治する、というような内容だ。……異世界版桃太郎?
「ところでムシダさん、竜って本当にいるんですか?」
「ふふ、いるわけないだろう。架空の生物だ」
エルフがいるファンタジー世界のくせに竜は
いや別にいてほしかったわけではないが。出くわしたら間違いなく死にそうだし。
「でも“魔獣”は実際にいるんですよね」
村への道中に魔獣が出ることもあるから行商人などが寄りつかない、と団員は言っていた。
なら竜は実在しなくとも、魔獣は現実の脅威として存在するということだ。
「まあな。だが魔獣は、言ってしまえばマナを宿した“動物”だ。普通の獣よりデカかったり、力が強かったり、賢かったりするから厄介ではあるが……竜みてえなわけのわからんバケモノではないさ」
世間では、マナを身に宿す動物が魔獣と呼ばれているらしい。
マナという謎のエネルギー自体がすでにファンタジーでしかない俺にとっては竜と魔獣の差もいまいちピンと来ないが、あくまで“動物”の派生として“魔獣”がいる、といった認識なのだろうか。
「コルさんは魔獣を見たことねえのかい?」
「里ではたぶん、普通の動物しか見たことないと思うんですけど……」
俺が魔獣と動物の区別がついていなかっただけだろうか、と首を傾げていると、それまで黙りこくっていたヴェスがおもむろに口を開く。
「魔獣はマナの気配に聡い。それこそ化け物じみたマナの塊であるエルフが密集している場所になど、まともな神経なら近づくわけがない。目前の山火事に飛び込む馬鹿はいないだろう、獣なら本能で避けるものだ」
化け物だの山火事だのくそみそな言いようだが、要するに自分より明らかにでかいマナがまき散らされてる気配のするところに魔獣は近づかない、ってことか。
なおマナを持たない通常の動物はそもそもマナを知覚出来ないので普通に近づいてくるらしい。
つまり魔獣はエルフを避ける。
のであれば。
「僕が乗っている間はこの馬車も魔獣に襲われないってこ、」
「お頭!! 魔獣だ!!! 魔獣が出たぞー!!」
響き渡る御者の声。
一気に緊迫感で満たされた馬車の中、手早く状況確認をして武器を手に取る自警団の人々の邪魔にならぬよう大人しく身を縮めながら、俺はヴェスに向けてぽつりと呟いた。
「僕、エルフじゃないんですかね」
「勝てると見なされたんじゃないか、魔獣に」
「驚きの雑魚さ」
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