第230話 ギュッと搾りもう一度陽菜の額にのせる

 体育祭で陽菜にいいところを見せるどころか、陽菜はいないし成績は最悪だし全然ダメだった。陽菜の誕生日まであと一週間。こんな状態で告白してカッコいいと思ってもらえるのだろうか。


 体育祭が終わっていつもより早く帰ってくるとさちえさんからメッセージが届いていた。

「夜遅くまで出かけなくてはいけない用事が出来ました。日奈子さんに家の鍵を預けてあるので陽菜ちゃんの様子を見に行って貰えると嬉しいです。恭ちゃんが忙しかったら日奈子さんが見に行ってくれることになっているから気にしないでね さちえより」

 どうやら陽菜の父さんがらみで出かけないといけないらしい。

 ちなみに日奈子というのは俺の母親の名前だ。息子のあれやこれやを見て見ぬ振りが得意な母さんの名前は日奈子という。さちえさんが仲良しのうちの母親から名前を貰って娘に陽菜と名付けたという話を聞いている。


「ただいま~、母さん陽菜の家の鍵を預かってるんでしょ。ちょっと様子を見に行ってくるから鍵を借りていい?」

 家につくと普段着に着替えて陽菜の家の鍵を預かる。元の世界の母さんたちは近くに住んでるから子育てを助けあえて本当に楽だったとよく言っていた。

 まあ陽菜が病弱だったから特にそう思うのかもな。え? 俺がヤンチャだったからだろうって? まあそういうこともあるかも。


 ガチャッ


 勝手知ったるというほど入り浸っているわけじゃないけど、陽菜の家の造りは分かっている。母さんに渡されたスポーツドリンクとプリンを袋に入れて下げて陽菜の家に入る。

 好きな子と二人っきりの家ってドキドキするよね。あの腋毛を剃って貰った日以来こんなチャンスなかったし。って、今日の俺は看病しに来たんだからそんなことを考えちゃダメだ。


 コップを二つとスポーツドリンクをお盆にのせて二階に上がって陽菜の部屋へ。


 コンコンッ


 ノックをするけど返事はない。ガチャッ……扉をゆっくり開けると部屋の中ではベッドで陽菜が寝ていた。

 いつも思うけど意外と落ち着いた雰囲気の陽菜の部屋。

 優等生の陽菜らしく勉強机の上は整頓されて今は本が一冊開いた状態で置かれている。


 スーーースーーーと落ち着いた寝息。息苦しさは感じないから熱も落ち着いてきているのかな?

 枕元に小さなテーブルが置いてあってそこに水差しとコップ、洗面器が置いてあって陽菜の頭からタオルがずり落ちている。

 だいぶ熱は下がっているみたいだけど濡れタオルで頭の熱を取っていたんだろう。タオルを拾って水で軽く洗ってギュッと搾りもう一度陽菜の額にのせる。


 薄く目を開く陽菜。

「恭ちゃん? お見舞いに来てくれたの?」

 俺は本当は陽菜の幼馴染の恭ちゃんではないからちょっとだけ胸が痛むが、その痛みを隠して頷く。今の陽菜が落ち着くなら恭ちゃんにだってなりきれる。


「熱、下がったのか? だいぶ顔色はいいみたいだけど」

 そう言いながら髪の毛を撫でて額を出すようにしてやる。

「うん、お母さんが出掛ける前に解熱剤を飲ませてくれたから……それでちょっと眠たいのかも」

「そっか、なら寝てていいよ。俺がそばにいるから安心して」

 なでなで

「恭ちゃんになでなでされるの気持ちよくて落ち着く……寝ちゃっても帰らないでそばにいてくれる?」

「ああ、ずっといるからお休み」

「うん……恭ちゃんおやすみ」

 陽菜が再び目を閉じる。スーーースーーー、落ち着いた寝息が戻ってくる。


 ちょっと部屋の中の空気が籠っているみたいだな。窓を開けて空気を入れ替えよう。

 今日はいい天気で6月の陽気なら夕方の窓の外の空気は気持ちいいだろうと思う。

 陽菜の部屋は勉強机が窓にくっつけるように置いてあるので(まるで俺の部屋の窓にむけて勉強机が置いてあるみたいだ)勉強机の上に身を乗り出すようにしてクレッシェンド錠を開けて窓を開く。


 少し風が吹いて机の上にあった一冊の本のページをパラパラとめくっていく。

 何も書いていない罫線だけのページがめくられて見慣れた陽菜の字で文章が綴られている。一番上に日付……思わず見るともなしに眺めてしまう。陽菜の日記?

 ん、同じページに「恭介くん」と「恭ちゃん」の文字が両方読めた? なんで俺のことと恭ちゃんのことを一緒のページに書く必要があるんだ?

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 最終回まであと7話

 6,9,12,15,18時の1日5話更新となります

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