第95話 心臓のトレーニングだと思って
『もしもし、恭介くん』
電話を掛けるとほぼノータイムで陽菜が出る。
「もしもし、陽菜。
メッセージにも書いたんだけど明日からの土日と春休みは朝ランニングできないかと思って、それでよければ陽菜も一緒について来てくれると俺も安心なんだけど」
ちょっとだけズルして男であることを利用する。この貞操逆転世界では痴女を避けるために男が女性を頼って同行をお願いするのは珍しい話じゃない。
『いいけど私走るの遅いから、一緒に走るのは無理だよ。この前の駅から帰った時みたいに自転車でついていくのがやっとだと思うし』
陽菜が言ってくるので自転車でついて来てくれればいいと伝える。
「コースは出来るだけ平たんな道だけ選ぶようにして、自転車も走れるコースを考えておくからついて来てくれると嬉しい。
一人で走るより陽菜が一緒にいてくれたら楽しいから」
これが本音。陽菜と一緒にいられる時間が作れるなら理由は何だっていいまである。
「それで最初のうちは5㎞を30分くらいで走るのを目標にしてだんだん距離は伸ばしていくつもりだけど、ママチャリでも時速15kmは普通に出るから。
最初のうちは陽菜もちょっと大変かもだけど陽菜自身も心臓のトレーニングだと思って一緒に自転車で走らないか?」
実際に自転車でなら無理のないペースだと思う。
陽菜も有酸素運動で心臓にある程度の負荷をかけて鍛える必要があるし。
『う~ん、そういうことなら……もしも私のペースが恭介くんが考えてるよりずっと遅くても怒らない?』
陽菜がちょっと不安な声で聞いてくる。
「大丈夫だよ。この前駅から一緒に帰ったくらいのペースで十分だから。もし陽菜が疲れたら俺が二人乗りで連れて帰るから心配しないで」
二人乗りは本当はよくないんだけどな。緊急事態なら許して欲しい。
『うん、じゃあ一緒に走りたい。恭介くんが走るのを見守って応援したい』
陽菜が言ってくれたので今から陽菜の家に行っていいか聞く。
OKを貰ったので陽菜の家に行き自転車の空気を入れたりサドルの高さを調整したりといった整備をさせて貰う。
陽菜は俺が陽菜の自転車を弄るのを俺の向かいで屈みこんで眺めている。
今日の陽菜はショート丈のワンピースに7分丈のジーズンを合わせているのでパンツは見えそうにない。って何を見ようとしているのか俺は。
「なあ陽菜。一緒に走るならサイクルコンピューターをつけさせてもらっていいか?」
俺の質問に不思議そうな顔をする陽菜。
「自転車にコンピューターを取り付けるの?」
「ああ、コンピューターって言っても今付けようかと思ってるやつは安いやつだからメーターの機能がメインだけどな。
自転車のスポークに磁石を取り付けてその磁石がセンサーを通過した回数をカウントするとタイヤの径で距離が計算できるんだよ。それで時速とか消費カロリーが計算できるってわけ。並走してくれたら時速が分かって便利だろうって思ってさ。だから付けさせてよ。
ママチャリにつけてる人は少ないかもしれないけど走行距離が累計でどんどん増えてるの見たら陽菜も自分が頑張ったって分かるだろうし」
陽菜はちょっと驚いたような顔をしたがその後にっこり微笑んで「じゃあお願い」と右手を伸ばしてきたのでその手をぎゅっと握って引っ張り上げるように立たせてやった。
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