第23話

23


「……ってわけでさぁ、マジでやってられないって話だぁよ、なぁ?」


 マイフェイバリットフードである『ナゲットくんクリムゾン味』を勝手に食いやがったツインテール女に制裁を加えようとして気を失った(記憶が正しければ顎を掌底で撃ち抜かれてそのままダウン)日の夜の話。まだ苛立ち冷めやらぬ俺は、帰りに買って帰ったビールを煽りながらそのことをマリーに愚痴る。


「ーーーーうわぁ、……ひくわぁー」


 と、俺の悲しみのストーリーを聞いたマリーは心底嫌そうな感じな最高のリアクションをくれる。それがちょっと嬉しくて俺は更にくだを巻く。


「そうだろ? 全くありえねぇ女なんだよあの桃井ってやつぁよぉ!」


 桃井萌25歳、身長140cm代の痩せ型で顔はロリ系。それがあの憎き女のスペックだ。元ヤンで6大学卒でIT系の大企業に就職するも喧嘩でクビになってコンビニでバイトしながら動画配信者をしているという情報量が渋滞気味の経歴を持った女である。そしてタチが悪いのはこの桃井、自分のことを世界で一番可愛いと思ってて、自分なら何やっても許されると思ってやりたい放題なのだ。「えー……、ショタポンくらいですよ? こんなに可愛いモエピーのイタズラに本気で怒るのって♡」とか言いやがるのだ。全くムカつくったりゃありゃしねーよ。


 ……なんてことを続いてまくし立てる俺に、今度は心底軽蔑した様子で返してくる。


「いやいや何言ってんのよアタシゃアンタにひいてるんですけど、女の子の髪全力で引っ張るとか」


「はぁ? ナゲットくんひと袋全部食われたんだぞ! しかも! 俺の! マイフェイバリットクリムゾン味をだ!」


 しかもあの後結局、気絶して時間無駄にしたせいで飯抜きで残りのバイトしたんだからな。


「…………はぁーー」


 なのに俺の悲しみエピソードを聞いたマリーは、部屋をホバリングしながら盛大なため息で呆れたあと、こんな失礼なことを言いやがる。


「ーー全く、だからアンタは童貞なのよね」


「誰が童貞だよ!」


 ……失礼な! 童帝なら大学の時に『やんちゃな子羊』のレミちゃんと……。まぁ確かに、それ以降は別に……。


「失礼、間違えたわ、だからアンタは素人童貞なの……」


「お前はエスパーか!」


「ーーえっ?」


 思わず食い気味に言い返すと、マリーはちょっと慌てたリアクション。


 あれ? 俺いらない墓穴掘ってる?


「……あ、あははー、冗談で適当? に言ったつもりだったんだけど、その、なんか、……ごめん」

 

 器用に同じ高度でホバリングしたまま段々と消え入りそうな声で気を遣うマリー。くそっ、こういう時って思いっきりイジられるよりこういうのの方がウザいよな。……けど、レミちゃんすげー可愛かったんだぞマジで。


 ……なんてな。もう今更、女の子にモテないくらいで凹んだりはしない。30年も生きてりゃ、自分のスペックに対して諦めくらいはつくもんだ。


「……あの、あ、アンタに。その、合う女の子が、いや違う、アンタにお股ぐっしょりになる女の子とたまたま今まで出会わなかっただけよ、それは、……きっと!」


 なんて、マリーは更に追い打ちをかけるように芝居がかった声で言ってくる。


「……お前いじってんなさては? ていうかなんで下品な感じに言い直すんだよ」


「いやぁ、その方がアンタ喜ぶと思って」


「そんなんで喜ぶか!」


「……え、でも」


 と、言いながらマリーは本棚の方へと滑空してそこに納められたDVDのパッケージにピタリと止まる。タイトルは『秘密のオ○○ー、お兄ちゃんの部屋でこっそりぐっしょりパラダイス』


「……あ」


「ごめん、もしかして、……お兄ちゃんって呼んだ方が良かった?」


「うるせーよバカ勝手に人の部屋漁ってんじゃねーよそして俺は現実とフィクションを一緒にしてねー舐め……」


 と、その時、スマホがブブっと震える。


「おっと通知か」


 確認すると、チャットアプリの「桃井」の欄にメッセージ1件の通知。


「ショタポー⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾ーン、今度の日曜どうせ暇ですよね? モエピーとデートしたいとか思って悩んでモエピーにチャット送ろうか1人で悩んでボッキしてますよね何それキモい(⑉・̆༥・̆⑉)……けど仕方ないから遊んであげます♡朝の6時に駅前のナインに来てくださいね(๑ゝω╹๑)」


 ……なるほど。


「悩んでボッキし過ぎて多分明日も勃ちっぱ無しで家から出られないので遠慮しておきますごめんなさいm(_ _)m」


 俺は脳死状態でメッセージを打ち込み、送信ボタンをタッ……。


「ちょーーーーっと待ったぁ!!」


 プしようとした所をマリーに怒声で咎められたのだった。

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