第4話
「今が1番幸せで、今日より幸せな日は一生ありえないって、……幸せなことかしら?」
マリーから言われた言葉に、俺はドキリとしてしまう。いつまで経ってもアルバイトで、仕事が上手く出来なくて、歳下の上司に嫌われないよう卑屈な笑みを浮かべて過ごす日々。これがピークであとは落ちるばかりの人生。体壊して、仕事失って、借金して、周りの人からもっと見下される。一瞬、そんな未来を想像してしまった。
「そ、そんなの、今日がどういう状態かによるんじゃないのか? 今日が幸せなら、明日からもこんな日々が続いて欲しいって思うだろ」
嫌な想像をかき消すように、少し強めに言い返す。だけど頭の片隅では昔読んだ恋愛漫画を思い出していた。『今日が、ずっと続いたらいいのに』なんて言いながら涙を流すヒロイン。主人公は病気でもう長くは生きられない。だからこそ、永遠の幸福な時間を願う悲しい恋の物語。俺の今の日常がMAXならクソだけど、そんな優しい毎日ならいくら続いたって……
「言っておくけど、綺麗な物語に出てくる綺麗な心の登場人物が言う『こんな普通の日々がずっとつづくだけでいい』なんてのは全部嘘よ! あれは所詮、人気になりたいクリエイターが普通にしか生きられないバカな奴らにウケようと考えたペテンでしかないわ」
ネガティブな考え事を遮るように、マリーはそう言い放つ。お前はエスパーか。そんでこいつクリエイターになんか恨みでもあんのかな。
「……そうかなぁ」
「とにかく! アンタはそうじゃなくてもアタシにとってはそれがめちゃくちゃ退屈で、悲しくて、ちょっと病んじゃってたのよ」
『アタシにとっては』……確かにな。クソ雑魚三十路アルバイターの俺と、世界の全てを手に入れた姫様とじゃ見えてる世界は違うだろうしな。俺には想像出来なくてもそういう風に思っちゃうこともあるんだろう。
「なるほど、それでそんな世界を変えたくて、今持ってる全てを持たない存在に生まれ変わらせてくれとジジイに頼んだらゴキブリにされたと」
「そうよ! うー、……確かに望み通りだけど。生まれついての力がない状態から努力と根性で幸せな自分、最高な自分をつかみ取りたいって思ってたけど! 思ってたけど!」
言いながらマリーは地団駄を踏むようにテーブルに細い脚を叩きつける。そこで飯食ったりもするからやめてくれませんかね。
「じゃあ、ある意味望み通りってわけだな」
「そうだけども! でもでとまさかここまで叶うとは思ってないじゃないの! ていうかこんなアタシでどうやって掴み取るのよ? 最高の自分? それはどこにいるのよ!」
言いながら自らの身体をキョロキョロと睨みつける。……だよな。たとえ世界最強の戦闘力になってもこいつはゴキブリ嫌われ者。世界の全てを買える程の富を手に入れても高い服も家も車も使えないから、できることっていやせいぜいゴキブリホイホイ作ってる会社を買収して潰すくらい。モテモテの美ゴキになっても寄ってくるのはゴキブリ。……うっ。
「ちょっと何泣いてんのよ! ただでさえムカついてんのに、アンタみたいなしょぼくれた奴に同情されたくないんだけど?」
……あれ? 俺、泣いてたのか。
「……ちょっと待っててくれ」
そう言い残すと俺は立ち上がり、奥のキッチンへ行って冷蔵庫を開ける。
「え? 何?」
「ーーほらよ」
マリーの前に戻った俺は冷蔵庫から取り出したチータラ、サラミ、エイヒレ、ちくわを机に並べる。冷蔵庫から取り出したのがおつまみばかりなのはどうかあまり追求しないで欲しい。
「まぁ、食えよ」
言い終わると同時、マリーは返事すらせずチクワにかぶりつく。
触覚をぴょこぴょこさせながら小さな口で少しずつチクワを削り取っていく様は普通にキモい。
だけど、散々な目にあって、怒って、お腹まで好かせてるマリーの一生懸命な食事姿を見ると、頬は不思議と緩んでしまっていた。
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