第一話  『新たなる一歩』

 あれから数日後。

 俺は悩みに悩んだ末、彼女の誘いを受けることにした。


 もちろん以前試合に出場していた女性とお近づきになれるかもしれないという

 下心は多少はあるが、それよりも俺はこの学園の制度をもっと知らなければ

 ならない。そう思ったからだ。


 そして何よりこの数日間、俺がこの学園で過ごして感じたことは「つまらない」

 だった。この学園の規則はある程度の厳しさはあれど、他の更生施設と比べると

 かなり生ぬるい。


 起床時間も寮の朝食時間に間に合えばお咎めはなく、放課後は普通の学校と

 同じく部活動やサークルもある。加えて休日は土日の二日。

 その休日も外出申請さえ通せば、審査はあれど普通に学園街へと遊びに行く

 ことができる。


 唯一、特別係数以外で普通の学校と違う点と挙げるならばクラス制度くらい

 だろう。元々特異な学校であるからして、年齢もバラバラなクラスが一年から

 四年生まで存在している為か、その部分は少々不思議な感じではある。


 だがそれもちょっとした大学のような場所と考えればそこまで馴染みにくい

 環境でもない。そしてそんな学園生活は俺にとっては刺激不足だった。


 夜、寮の部屋で一人きりに考えるのはあの日の試合のことばかりだった。

 そして俺はあの日、俺を勧誘した名も知らぬ女性を探すことにした。


 どうやら彼女はこの学園でも有名人らしく、ちょっとした特徴を話すだけで

 人物を特定することができた。



「ここか」


 かくして俺は彼女に会いに、学園校内にあるエスペラルド第二会場にやって

 来ていた。エスペラルドという競技は彼女の言った通り、学園側にとっても

 重要な役割を持っているのか会場も第一から第五までが敷地内に点在している

 ようだった。


 そしてその会場にはそれぞれに『顔役』と呼ばれる生徒がおり、

 彼らによって会場の運営は行われているらしく。俺を誘った人はそのうちの

 一人で、エスペラルド第二会場顔役の黒峰豊世と言う人物らしかった。


 そうして俺は第二会場の執務室と書かれた部屋の扉をノックする。


「どうぞ」

「失礼します」


 中からの返事が聞こえた後、最低限の礼儀を持って部屋に踏み入る。

 すると室内のデスクには俺を誘った黒峰さんが座っており彼女は視線を

 こちらへと向ける。


「おや君は」

「お久しぶりです」

「これは嬉しい来客だ。ようこそ少年」


 彼女は俺の存在に気が付くとテーブルに広げていた資料を片し、

 メガネを外すと同時に優し気な笑顔を浮かべてみせる。


「そういえば自己紹介がまだだったね、私はこの学園の四年で黒峰豊世という。

 ここに来た時点で知っているとは思うがこの第二会場で顔役という役職に

 就いている者だ」


 すると黒峰さんはデスクから立ち上がるとゆっくりと部屋の中心にある

 ソファの方を指し示す。


「よければ君も腰を掛けるといい」

「――――どうも」

「コーヒーでよかったかな」

「あ、お構いなく」


 彼女に促されるがまま俺もソファへ腰を掛ける。

 すると彼女はその様子を横目に棚の上にあったエスプレッソマシーンに

 手を掛け、カップ二つに対し順にコーヒーを注いでいく。


 そしてコーヒーを淹れ終わるとテーブルの上に熱々のカップと共に

 シロップなどが入った小皿が並べらる。


「いただきます」


 差し出されて以上は飲むのは礼儀だとしてシロップを加え、

 コーヒーを胃に流し込む。対して黒峰さんは無糖のままカップに口をつける。


「さてそれで――――君がここに来たってことはエスぺラルドに

 興味があるってことでいいのかな?」

「はい」


 俺は黒峰さんの問いに二つ返事で答えを返す。

 すると彼女は再びニッコリとした表情を浮かべる。


「いい返事だ。いいだろう、私は君の決断を尊重しよう」


 すると彼女は事前にデスクから取り出していた書類をテーブルの上に置く。

 そこには『エスぺラルド登録用紙』という文字が書かれていた。


「これを書けばいいんですね?」

「ああ」


 俺はペンを受け取り必要事項を記入していく。

 内容は自己証明として学生番号や署名の記入欄に加え、試合に関する注意事項の

 合意に関するものだった。


 こういうものに警戒心が強い俺は内容をよく読み込み納得してから

 合意のサインを記す。その間も特に黒峰さんは急かすようなことはせず、

 ただ黙って俺の記入を待っていた。


「書けました」

「確認するね」


 彼女は書類を受け取り中身を改める。


「うん、特に問題ないようだね。一応言っておくけどエスぺラルドは他の学校で

 いう部活動のようなものだから、辞めたくなったらいつでも辞めれるからね」

「分かりました」

「では後は私がこれにサインして学園側に提出すればいいわけだが。

 ちなみに桐生くん、この後時間はあるかな?」

「ええ。今日は土曜日ですし特に用事はありません」

「だったら丁度良い。この機会に試合に関しての知識を付けておこうか」


 そういうと黒峰さんは端末を取り出し何処かに電話を掛け始めた。

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