第三十四話 分岐点

「と、とりあえず。バラト大佐に伺いを立ててみようか……」

「バラト大佐が誰か知らないけど、その人がいいって言うならいいんだね?なら待ってるから早く行って来な!」


と俺が苦し紛れのゴマカシを言うと、そんなことと知らない彼女は満足したのか頷きながら大人しくなる


その様子に胸を撫で下ろしているとルイスが脇腹を肘で突きながら耳打ちをしてくる

「おい、バラト大佐に言うなんて言語道断じゃないか?俺たちからすれば赤の他人を殺した奴だけど。あの人からすりゃ部下を殺されてる……流石に無茶だ」


そんな不安そうなルイスに対して俺は任せろと言わんばかりに深く頷いて見せる



俺の言ってることが無茶だってことは自分でも重々承知だが、逆にバラト大佐の容認が得られればあとは何とでもなる


どうやらこの植民地軍は人事が結構いい加減だ。だって俺たちの定員割れした3人しかいない分隊に対して何も口出しをしてこないくらいだからな

これは、俺の予測だが

恐らく現地徴兵組は損耗率が激しいから一々数が増えたり減ったりしたことに目くじらを立てないのだろう


だからこそなんとか説得しなければならないのはバラト大佐ただ1人だ

彼は俺らの人数を把握してる。しかも、賊を捕まえずに1人部隊の人数が増えたとあっては気付いてくださいと言ってるような物だ


とりあえず明日の朝一番で彼の幕舎を訪れるべきだろう。

俺の考えを理解したのかルイスは肩をすくめ自分の寝床に戻っていった

「僕が朝まで見張っておくからルーク君は寝てもいいよ」

「あぁ、悪いな。少し休ませてもらうよ」

「なんだよ!まだ信用してないのか?」


とか女が騒いでいるが余裕で人をさせる奴をそんなに簡単に信用するわけないだろ



「あぁ、そうだ。名前を聞いてなかったな?なんて言うんだ?」

「ん?アタシか?アタシの名前はヘレナ、ヘレナ・パトリチス」

パトリチス?どっかで聞いた姓だな、どこだったか?

まぁ、今はそんなことより眠気が勝つ明日のためにさっさと寝ておこう

「そうか、ヘレナ。いい夢みろよ」

とかどこぞの温泉の広告みたいなことを捨て台詞に俺は自分の寝床に戻りぐっすりと眠った


ーーーーー

次の日俺は一人でバラト大佐の幕舎へ向かった

「バックハウス伍長であります」

「ん?まさかもう事件解決に発展が?まぁいい入れ!」

「失礼致します!」


そこには帝国活版新聞を読みながらコーヒーを飲む彼の姿があった

「何か進展が?まさかもうネズミを捕まえたか?」

そう言われたのでヘレナという女を捕まえたこと、自分たちの分隊への入隊を求めていることを説明した。1番難儀したのは彼女が軍の人間を二人も殺してしまっていたことだったがその点は思いのほか、責められることはなかった


「なるほどなぁ、まぁ殺しちまった兵の話は俺からすりゃどうでもいい。あいつらは本国から左遷されたのにいまだに過去の栄光に縋って居丈高に振る舞う憲兵の類だ。俺も部下もましてや本国の人間すらあいつらがいなくなったことを喜ぶだろうよ」


殺されて喜ばれるとは、奴らも相当に嫌われていたようだ。南無南無

「それと入隊の件だが、条件付きではあるが許可してやらんこともない」

「……!?それは本当ですか?」

まさか、こんなにトントン拍子に話が進むとは思わなかった。しかし、彼のいう条件とやらが気になるところだ


「その条件なんだがな、まずはお前宛に来たこの手紙を見てほしい」

そう言って執務机から封筒を取り出すと俺の方に放って来た

俺はそれを慌てて受け取り宛先を見ると『ルーク・バックハウス様へ』

と書いてあった。送り主を見るとフランツ・バックハウスとある。フランツが手紙をよこすなんて何事だろうかと思い封を開け手紙を読む



『暑さも厳しくなってきた。元気にしているか?お前をうちの第八師団に呼び寄せる用意ができた。どうやらこの現地徴兵組への風当たりが強い中で分隊を組むことができたようで何よりだ。ついてはお前が今所属している第五師団補給大隊隊長のバラト大佐に便宜を図ってもらってお前の移動を推薦してもらうことになっている。彼は帝国軍人の中で俺たちに1番近い考えを持っている良識派だ助けてくれるだろう。こっちの師団には現地徴兵組も多いからお前も幾分か居心地が良くなることだろう。お前がウチにくる日を心待ちにしている。』



自分の息子に対して時季の挨拶から始めるあたり彼らしいと言わざるを得まい

内容としては異動の指令みたいなもんだが、条件とはなんなのだろう。そう思いバラト大佐の方を見ると彼は頷いて言葉を続ける


「条件というのはな、お前にその異動願いを蹴ってほしい」

「…?つまり?ここに残れと?何故?」

「まず一つにその物分かりの良さと冷静さだ。ウチの脳筋の部下どもにはないものを持ってる。次にその女のことだ。そいつは即戦力になる。ただでさえ人員の引き抜きが激しい現状戦える奴は一人でも多くほしい」

彼は親指と人差し指を順に曲げながら説明する


「それに今回の事件早期解決の手柄でお前がウチに残る打診も非常にしやすくなった。うちは補給大隊だが、部隊の配置転換で近々ここを移って敵地近くの補給拠点に配される。そこを考えると戦力は喉から手が出るほど欲しい。そういうわけでこの条件を出させてもらった」


俺は目の前に人生の分岐点が突然現れたことを嫌でも錯覚せずにはいられなかった

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