第二十三話 裏打ち

「やりすぎだ、アタスター」


廊下の奥に立つフランツはいつもの軍服を着て腕を固く組み爪先まで磨かれたブーツを履いていた。あんなにかっこいい彼の姿を見たのは初めてかも知れない

俺もマリーを助ける時あのぐらいの悠然さで行けばもっとカッコよかったかな


そんなどうでもいいことを考えていると目の前で銃口をむけていたアラスターがフランツに向き合っていつものヘラヘラとした顔に戻っていた

「ちと、興が乗り過ぎてしまいましたね」


フランツは彼のヘラヘラとした態度に慣れているのか「はぁ」っとため息を吐くとカツカツと音を立てながらこちら側に近づいてくる


「大佐殿こそ、止めるのが遅いですよ」


アラスターはさっきまでの殺気はなんだったんだと言わんばかりにいつもの気さくさを取り戻していた


「いやなに、稀代の名優殿の演技が素晴らしい物で口を挟むのが遅れてしまってね」

フランツはそのままアラスターに近づき二人は親しげに握手をしていた


俺は何が何だかわからず目を点にしていた。


いつのまにかマリーが横にきていて俺と同じ様にキョトンとした顔をしていた

そういえばマリーのこんな顔を見たのは初めてかもしれない。いかんせん彼女は感情を見せない。それは、アラスターが言いたげだった彼女がスパイであることに起因しているのではないかと思うと少し複雑な気持ちにもなってくる


いやいやそんなことよりも、もっと重要なことがある

「えと、アラスターと父上はお知り合いだったんですか?」


フランツに問うと

「あぁ、マリーの件があったからな。お前には話さなかった」


当たり前のことと言わんばかりにフランツは肩をすくめながら苦笑いで返してくる


なんてこったフランツはそこまで織り込み済みだった様だ

いつもは嫁の尻に敷かれっぱなしのダメ親父的な場面しか見てこなかっただけにギャップというか衝撃がすごいな


「というか、まさかお前が止めに入るとは思わなかったぞ?」


ん?なにを言っているんだ。俺がいなければマリーは撃たれていたはずじゃないか

だってアラスターのさっきは本物だったし実弾も入っていた…


ハッ!まさかコレはアレか?恋愛漫画あるある!

『友人にチンピラ役を頼み!わざと好意のある女の子に絡みにいかせ!そこを通りかかった主人公が助けて恋に落とす作戦!」


しかし、果たしてアレって成功するのだろうか?大体モノホンの893さんに絡まれて失敗するかヒロインが強すぎて男友達がボコボコにされる様しか見たことがない


いやいや、しかし落ち着いて考えると俺は助けにくる予定ではなかった。だとすると主人公はフランツ!まさか!美人な母上では飽き足らず!マリーまで愛人に!?なんて下衆!許せねぇ


俺がそんなことに思い至り、胡乱げな目でフランツを見ると彼は慌てて顔をブンブンと振りかぶり早口で捲し立てる。

「おい!なんの目だ!その目は!お前が出て行かずともアラスターは元から銃口をそらす予定だったんだ!」


なるほど!そうだったのかしかし何のためのここまでの大芝居を?しかもあのさっきは演技だけのものではなかった


「えっと、しかし父上、あれは確実に殺意の篭った弾だった様な…」

俺が困惑しているとアラスターがウッとした顔をして顔を逸らす

はーん、わかったぞさてはコイツ、さっき事態は本物だったな?つまりあの独立に対する狂信っぷりは本物だったわけだ


「どういうことだ?アラスター、演技に徹しろと言ったはずだな?コレは二重スパイを得るために必要なことだと散々説明したな?」


フランツがアラスターに向き合いため息を吐くとゆっくり諭す様にそう語りかけた

だがアラスターはフランツに向き合うと反論する

「しかし、やはり祖国に害をなす者は許せる気がしません」

「はぁ、お前のよくない癖だ。お前は優秀だが融通が効かなすぎる。それがいつかお前に災いをもたらすと何度も言っているじゃないか」


「…失礼しました」

アラスターは怒られてシュンとしてしまった。奴がしおらしくしているのはなんか新鮮だな。いつもはチャラチャラしてるか真面目に話をすることしかしないからな


フランツは今度はマリーに向き直り話し始める

「まぁ、今お前が聞いた通りだ。サラは気づいているかわからんが少なくとも俺はずっとお前の正体はわかっていた。スパイとわかっている者をいつまでも生かしていた理由は先程の会話を聞いていたならわかったはずだな?」


マリーは絶句した顔をして瞳は焦点を定められずにいる様だった。


だが、フランツはそんな様子を意にも介さず言葉を続ける

「ここでこちらに寝返って二重スパイになって欲しい。もし、そうしてもらえないのなら演技ではなく今度は本当に君を殺さなければいけなくなる」



マリーは目前にある死に対して恐れているのかガタガタと震え顔は真っ青になっていた。こちらもアラスターの時と同じで始めてみる顔だった。

この国にはあと何人、表裏のある人間がいるのだろうか。この世界の良心はベルくんだけだな。あの子だけは大事にしようっと


「さぁ、答えを聞かせて欲しい」

そういうとフランツは少しづつ近づいていく


そんなすぐに答えが決まるかよと思いながらもう一度マリーを見ると

震えは止まっていて薄い唇を真一文字にキュッと結びフランツを見つめるマリーの姿があった


「わかりました。この十数年で帝国への義理は果たしました。今度はこの命、共にいたいとお思う方のために使いたいとお思います」


フランツに視線を戻すと彼はホッとした顔をして息を吐いた

「そうか、ありがとう。やっと状況がいい方向に傾いた気がするよ」


そう言って彼はマリーに寄り添いその手を握って涙を流していた

フランツも本当に苦心していたんだろう。

俺もマリーが殺されなくてよかったと胸を撫で下ろす


アラスターは不服そうな顔をしながらもそれ以上の反論はしなかった


そして俺はカレンダーをそっと見る

俺の出兵まで既に1週間を切っていた

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