第九話 理不尽な策謀
フランツ視点
その日俺は副師団長のブライ准将に呼び出されていた
「そろそろ時間か、すまないがこの第三兵站部の内部点検とα中隊への補充人員の件はよろしく頼む」
「ハッ、お任せください。」
残りの仕事を頼れる部下に任せ副師団長の部屋に急ぐ
部屋の前に着くと一旦身なりを整えて、ノックをし名乗る
「フランツ・バックハウス参りました!」
すると中からブライの声がした
「入れ」
「失礼します!」
そう言って執務室に入室すると相変わらず悪趣味な部屋に思わず顔をしかめてしまう
部屋の壁にはブライが帝国本国軍に所属していた頃の勲章や式典用の軍服が所狭しと陳列されており人の立つ場所の方が少ないほどだ
彼を嫌う軍人たちは陰で彼を”過去の栄光に取り憑かれた亡者”と呼んでいるほどだ
そしてこの部屋の主人は部屋の奥の執務机に腰掛けキセルをふかしていた
「フランツ大佐、わざわざ来てもらって悪いな」
「いえいえ、ブライ閣下のお呼び立てとあらばいつでも参上します」
お前が呼びつけたんだろが!、と言いたい所を我慢しすまし顔で社交辞令を述べる
「いやぁ、君の最近の働きは目を見張るものがあるな。聞いているぞ?崩れかけていた東方の対パンドラ戦線を見事押し返したそうじゃないか」
「あれは我が部下たちの奮闘あればこそ、私1人の働きではございませんとも」
そう暗に現地徴兵組の手柄だと誇示しておく
「そうかそうか、英雄殿は謙虚であるな」
その意図が伝わったのか片眉をピクピクとさせながらもにこやかな笑みは崩さずに言葉を返してくる
この時点でもう既にフランツはウンザリしていた
こんな無駄な言葉の応酬をするために部下たちに仕事を任せてきたと思うと頭が痛くなってきそうだ
「まぁ、大佐もまだまだ仕事が残っているだろうしな。あまり引き止めるのも良くない。本題に入らせてもらおう」
そう言いながキセルの煙を吐き出して立ち上がった
「大佐の息子は確か、今年6歳になるのであったかな?」
「えぇ、確かにその通りであります」
そう切り出された”本題”に嫌な予感を覚えつつも首肯する
「そうか…それともう一つ質問なのだが現状この地での兵士に志願できる最低年齢はは幾つだったかな?」
そう言われた途端フランツは自分の予想が的中してしまったことに歯噛みしていた
ここ帝国領カナリアでの志願兵士は満10歳から認められている
つまり後四年もしないうちにルークは兵士として志願できるのだ
しかし、それはあくまで『志願』つまり自らの意志で戦地に赴くことのできる最低年齢だ。なぜここまで志願兵士の最低年齢が低いのかというと帝国の占領が進む中で少なからず抵抗しレジスタンスとして戦った者たちがいた。
だが、そんな抵抗虚しく彼らは皆殺しにされた。その結果彼らの妻たちは大量の未亡人となり、ひとり親になり養えなくなった子供たちは志願兵として戦地で使い捨てにされた。逃げることもできた、しかし子供たちには母親の生活を少しでも楽にさせてやるために戦地へ出稼ぎに赴きほとんどが戦死した。
「満10歳からであったと記憶しています」
そんな悪法のことなど完全に頭から抜けていたフランツは滝のように冷や汗を垂らしながら言葉を絞り出した
「そうだな満10歳から兵士に志願できる。そこでだ貴官の長男は後四年で志願できるということになる訳だな。どうだろう?貴官は長男を出征させる気はないかな?」
(あぁ、やっぱりだクソッタレ)
そう心の中で悪態をつきながらフランツは下唇を血が出るほどに噛み締めブライを睨みつけた
「まぁ貴官がどうしても嫌だと言うのであればそれも仕方あるまいあくまで”志願”
であるからな本人たちの自由意志は尊重せねば。だが…」
ブライは心底愉快そうに言葉を続ける
「その話を聞いた貴官の部下たち、特にカナリア領出身の部下たちは憤るであろうなぁ、なんせ彼らは自分の兄弟や息子を祖国のために戦地に涙を呑んで送り出しているというのに大佐はその地位を利用してその義務から逃げようというのだからなぁ?」
「貴官は救国の英雄などと呼ばれているらしいではないか?これでは英雄殿も形なしだなハッハッハ」
悔しいがその通りなのだ、ここでルークを出征させるのを拒んだ場合ここまで築き上げてきた仲間や協力者たちとの関係にヒビが入りカナリアの独立はさらに遅れてしまうことになるだろう。それだけはなんとしても避けなくてはいけなかった
それゆえに現状では頭を下げてルークの出征を容認するしかないのだ
「ハッ、息子も喜んで国のために尽くすでしょう」
その答えを聞いたブライは至極満足した様子で頷きながらこう言った
「そうであろうな!貴官の選択は正しいと思うぞ!手続きはこちらで済ませておこう、ハッハッハ何も二等兵から始めることもないな!なんせ志願兵なのだからな。
兵士の即成課程にでも放り込んで伍長あたりから始めてもらうとしようか」
「そ、それはっ!」
それを聞いてフランツは思わず声を上げる
ここで二等兵にでもなれれば育成課程だとでも言い訳して後方物資の担当官などに回す事もできよう。だが、伍長なんて下手に部下のいるような役職に就いてしまえば前線行きは免れない
それに地位にはそれ相応の職務と責任が伴うルークがそこで失敗でもして部下でも死なせてみろ
軍法会議モノだ、最悪だ…だが、今ここで断ればカナリアの命運に大きく関わってしまう…諦めるしかない…
そう考えフランツは首を横に振る
「なにかね?大佐」
「いえ…なんでもありません」
「そうか、では職務の方に戻ってくれて構わない」
「ハッ、失礼いたします」
そう言われ歯噛みしながら
フランツは執務室を退室した
ある一つの決意と家族への申し訳なさに溢れながら
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