第17話
「これでいいか」
「ああ」
映画館まで行ってとってきた水の入ったペットボトルをカウンターの奥に置くと、飯島はボウリング場を出ようとした。
「おい、どこに行く気だ?」
「これを……ショッピングモールの方にも人がいる。彼らに水を届けるつもりだ」
「はぁ?」
飯島がくいっと持ち上げたのは空のペットボトルがいくつも入った袋だ。
服部は正気かと言わんばかりの顔をして不満気な声をあらわにした。
「おまえ、明らかに馬鹿だろ。俺たちの分ならこれで事足りる。それなのにわざわざ他人に水を与えるために危険な場所に行こうっていうのか?」
「ああ……大丈夫だ、俺一人で行く。ついてこいとは言わない」
「そういうことを言ってるんじゃねぇよ!」
馬鹿だと煽られても淡々と答える飯島に服部は大声をあげた。
いくら扉の前にバリケードを張っているとはいえ、大声を出すのは控えてほしいところだ。
「他のやつらなんて放っておけばいい! 水が欲しけりゃ自分で取りに行けって話をしているんだ」
「……ショッピングモールは手が届く」
「は?」
ぼそりとつぶやいた飯島の言葉に服部は首を傾げた。
「もし、地球の裏側で犯罪が行われていたとしても俺にはなにもできない。だが、ショッピングモールにいる人たちが助けを求めているのなら、助けに行きたい。手が届く範囲の人は救いたい。たしかにどうしようもないとき、救いようのないときはある。だが、今はそのどちらでもない。だから助けに行く」
「……は?」
飯島の言葉に服部は心底意味がわからないという表情を浮かべて、石里たちも困惑しているようだ。
「これでも俺は……警察だからな」
ずっとしかめっ面だった飯島が少し口角を上げて、覚悟を決めた目で服部たちを見た。
成大としても飯島が今ここを離れて死んでしまうと困る。自分のことは自分でなんとかしろ、そういう服部の言い分も理解できた。
「あー、もう、しょうがねぇな」
ガシガシと頭をかいて福田はため息をついた。
「俺もついて行ってやるよ」
「は? カズまでなに言い出してんだ?」
「なんつーか……まぁ、たまには人助けでもすっかって思っただけだ」
服部は意味がわからないと眉を顰めた。
成大も意味がわからないと思った。ここにこもっていればしばらくは安全だろう。それなのに飯島たちはわざわざ危険な場所に行こうとしている。それも、他人を救うために。
安全策でいくとボウリング場にこもって様子を見つつ、適度な休憩を得ながら化け物を一体ずつ倒していく。これが今できる一番安全で、自分を守れる方法のはずだ。
他人を救ったところでなにになる。自分が死んでしまえばいもうおしまいなのに。それなのに飯島どころか福田まで外に出ると言い出してしまった。
「わるいな、福田少年」
「だから少年はやめろっての」
「ありがとう」
「そんな仏頂面で言われても嬉しくねーっての」
成大が服部たちと出会ってまだ数時間しか経っていない。
飯島と初めて会ったのはデスゲーム開始時。それでも一日は経っていない。
そんな出会って一日も経っていない人間を助けることさえ、成大は選ぼうとは思わないのに飯島と福田はそちらを選ぼうとしている。
話したこともない、なんなら顔を見たこともないような人たちのために危険な場所に行くと言う。
「……」
「あー、そうかよ。それならもう、好きにしろよ。俺は手伝わないがな」
「あたしもいやよ」
「ぼっ、僕は……」
片手をひらひらとしている服部の腕に石里が腕を絡ませる。
平井は袖をぎゅっと掴んで黙り込んでしまった。おそらく飯島たちと気持ちは同じなのだろう。だが、飯島たちと違って
「……」
自分を守れるのは自分だけだ。
成大が幼い頃から受けた虐待を、近所の人たちは気づいていたはずだ。それなのに助けなかった。手を差し伸べようとすらしなかった。
だから成大にとって暴力は暴力で返すものとなった。そう学習した。
面倒ごとにはかかわらず、自分の身に危険が迫っているときだけ暴力を振るって物事を解決する。そういうものなのだと。
「……お、れも」
「え?」
「俺、も行き、ます」
意味がわからなかった。
自分の身は自分で守る。面倒ごとには関わらない。その方針で言うと、飯島たちの行動は成大の考えとまったく違うもの、真逆をいくものだ。
それなのに成大の口からはそう言葉が紡がれた。
どうして飯島たちの
「ありがとう、光川くん」
「光川の兄貴がいんなら向かうとこ敵なしだな。結構俺たち、いいコンビネーション組めてると思うんだよなー」
自分でその道を選んでおきながら、困惑する成大に飯島と福田は笑顔を向けた。
わからない。どうして今までの人生と真逆の選択を選んだのか。
わからない。どうして飯島たちに笑顔を向けられて心が晴れやかになるのか。
大学生になったというのに、人生はまだまだわからないことだらけだった。
「あ? ……はぁ、好きにしろよ」
成大の言葉に驚いた様子を見せたが、そう呆れ声を漏らすと服部は頭をかいてカウンターの奥の方へ歩いて行った。
「あんたたちって物好き〜」
その後を石里が追う。
「では行こうか。平井くん、悪いがきみのスクールバッグを貸してくれないか? やはり重いものを運ぶのにレジ袋や紙袋では心許なくて」
「それは……」
水を注いだペットボトルは何十もの数が集まれば重たくなる。重みに耐えきれず紙袋などでは底が抜けてしまう可能性があった。それを危惧して飯島は平井に声をかけた。
しかし平井は返事をせずに、もごもごと口を動かして視線を下に向けてしまった。
「ああ、べつにいやならいいんだ」
「い、いやっ、その、僕も行きます!」
「は?」
想定外な平井の言葉に福田の口から素っ頓狂な声が漏れる。飯島も驚いたのか目を丸くさせていた。
「僕だって役に立ちたいんです。それに……」
そこまで言うと平井はちらりとカウンターの奥へと目を向けた。そこには服部と石里が話をしているようだが、急に顔を近づけたかと思うとキスをしていた。
「なるほど、理解した」
たった一瞬で二人の関係を理解した飯島はパッと顔を別方向に背けた。
福田はうげぇと冷めた目をしていた。
どうやら服部と石里はそういう関係らしい。それならば平井がこの空間に残りたがらない気持ちも理解できた。
「い、今のうちに行きましょう」
平井の言葉で逃げるようにボウリング場を出る。平井の持ったスクールバッグにはたくさんの空のペットボトルが詰め込まれており、成大たちの持つ袋にもペットボトルをたくさん入れていた。
「あの、たしか一階のあっちの方に鞄屋があったと思うんです。もしかしたら商品が置いたままにされているかも」
「それはいいな。鞄の方が頑丈だし商品があることを願おう」
平井は商業施設の構造を記憶しているらしい。まずは平井の提案で鞄屋に向かうことにした。
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