第7話
「……なにをしている?」
「いや、武器になるものを探そうかと」
飯島と福田の会話を背後に成大がキッチンを漁っていると、それに気がついた飯島が声をかけてきた。
「この部屋には家具はあまり置かれていないみたいだが……なにかあったか?」
「引き出しにフォークとスプーン、果物ナイフが。あとこれとか」
そう言って成大は流し台の下の扉を開けると本来なら水が流れている水道のパイプを引き抜いた。
パイプとパイプを繋いでいた金具は錆び付いていたため、簡単に外れた。
「これの方がリーチも長いし、どうぞ。少なくともお守りがわりにはなるんじゃないでしょうか」
取り外したパイプを冨山に手渡す。
正直なところでは、力自慢でもない女性の力であの化け物を倒せるとは思えなかったが、もしものときに役に立つ可能性もある。念には念を、と思ったのだ。
「あ、ありがとう」
冨山は成大に手渡されたパイプを抱きしめるように持った。いくら振り回せる棒を持たせたところで戦力にはならないだろうな、と思いながら成大は上着の内ポケットに果物ナイフを忍ばせた。
「化け物に囲まれたら、正直な話勝てる気がしねぇ。だから一体ずつ誘き寄せては殺していく、っていうのはどうだ?」
福田の提案に飯島は頷く。
「そうだな、ずっとここに引きこもっていても埒があかない。水のあるところを探しつつ、見かけ次第化け物を倒して行った方がいいだろう。四人いれば誰かは化け物の背後をとれるだろうしな……福田少年の言う通り化け物が複数いない限りは」
「移動中、化け物が複数いる場合は逃げて、一体だけの場合は殺していく。もし水を確保したりできて、余裕が出たら福田さんの言うように安全な場所に一体だけを誘い込んで殺す。いいんじゃないですか?」
「だろ?」
「現状、そうするしかなさそうだな。本来なら戦いは避けたいところだが……化け物を全滅させるのがこちらの勝利条件ならばしかたがない」
飯島は頷いた。
怯えて会話に参加しない冨山を抜いて話し合った結果、成大たちの目標は水道の通っている場所を探しながら、勝てそうな化け物を倒していくという方針に決まった。
「まずは周囲がどうなっているか知りたいな。ここから東の方に行けば最初に目覚めた建物のある森があるな」
「なんか南の方になにかの建物があるのは見えたぜ。ボウリングみたいなピンが屋根の上に付いてた」
そう言って福田は窓の外を指さす。
「ボウリング場か、それが併設された商業施設の可能性が高いな。店になにか使えるものが残っていればぜひとも回収しておきたいな」
「じゃあ、あのボウリング場を目指すってことでいいのか?」
「そうしようと思っている。他の意見がある者は?」
「わ、私はなにも」
「俺もとくにないです」
飯島の提案に全員が乗った。
ベランダから見える福田の言っていたボウリング場らしき建物は広い。おそらく飯島の言っていた通り、ボウリング場を併設した商業施設なのだろう。これだけ広ければなにかいいものが置いてあるかもしれないし、同じことを考えた他のプレイヤーと合流できる可能性も高い。
人数は多ければ多いほど化け物との戦いで優位になるだろう。もちろん、突然発狂するような人間では駄目だが。
「じゃ、さっそく行きますか」
体力もだいぶ回復した成大たちは移動を開始する。
扉を少し開けて外を覗くと、成大たちが襲われた部屋にいた化け物たちはもういなくなっていた。
「ラッキーだな。さすがにあの数を相手にすんのはきついだろうし、ここはささっと階段の方まで行こうぜ」
「あの化け物たちが階下にいるかもしれないからいちおう気をつけてね」
「わかってるって」
成大の言葉に、少し生意気な態度をとりながらも福田は警戒を怠らずに先陣をきった。
きょろきょろと周囲を確認してひとつ階段を降りた。
「このアパートにはもういねぇのかもな」
「用心するに越したことはない」
「へーへー、わかってますって」
飯島の忠告を受け流しながら福田は三階と二階をつなぐ階段の踊り場から二階の様子を見た。
飯島はしんがりを務めているので成大より後ろにいる。もちろん飯島も背後の警戒を怠っていなかった。
「よし、大丈夫そうだな」
二階の安全を確信した福田は二階に降り立つ。それに成大たちも続いた。
そして同じ要領で二階から一階を警戒しながら階段を降りる。
「本当にいなかったな」
「幸運だったな」
福田と飯島がひとまずの安全を確認できてほっと息をはいた。
成大もいちおう周囲を警戒しながらも少し息をはく。
「やめてくれー!」
「なっ⁉︎」
しかし安堵したのも束の間だった。一階の一室から男性が悲鳴をあげて廊下に出てくる。それを追うように毛の生えていない猿のような小型の化け物が部屋から飛び出してきた。
「たっ、助けてくれ! 死にたくない!」
「チッ、叫びやがって」
男性は成大たちの姿に気がつくと大声で助けを求めながらこちらに走ってきた。どうやら化け物が人の悲鳴や物音に敏感なのを知らないようだ。
この男性の悲鳴を聞いて、多くの化け物が集まってくる。デスゲームが始まってからそう時間は経っていないが、それくらいは予想できた。
つまりは、成大たちにとって最悪の状態だ。
「助け」
男性がこちらに手を伸ばす。しかしそのまま前方へと倒れ込んでしまった。
倒れ込んだ男性の背中には小柄な体躯を活かした瞬発力で狩りを行なった猿型の化け物がいた。まるで毛繕いをするかのように男性の皮膚を引っ掻いていく。
「うぎゃあああ」
男性は痛みで悲鳴を上げた。先程よりももっと大きな声だ。
「はやく逃げるぞ!」
すぐにここは化け物の巣窟になる。それを察した福田の言葉で成大たちは悲鳴をあげる男性を放置してその場を離れた。
「やべっ、あこに化け物いる」
福田の動体視力のおかげでアパートを飛び出した成大たちは、隣のアパートに身を潜めた。
本来ならばそのまま商業施設の方へ行きたかったが、進行方向に化け物が三体確認できたのでしかたがない。
「化け物だっていつまでも同じ場所にいるわけではなさそうだし……移動するのを待つか」
「まぁ、そうするしかないよな」
飯島の提案で成大たちは二階の階段に近い部屋に身を隠した。ここからだと窓から進行方向にいる化け物の姿が見えるし、もしなにかあった際に階段が近い方が逃げやすいだろうという考えだった。
「でも、なんかあれだな。あんた警官のくせにわりと普通に人を見捨てるんだな。まぁ、あこで、彼を助ける! とか馬鹿なこと言い出したらあんたら放って俺はそのまま逃げてたけど」
先程のアパートより年季が入っているのか大半の外装が剥がれ落ちた部屋で、福田は化け物に見つからない角度から外を見渡しながら気の抜けた声でつぶやいた。
「……どうしようもないときはある」
このデスゲームに参加させられている時点で襲われていた男性は人殺しであることに違いはない。しかしそれでも警察官が守るべき人間だったのかもしれない。それを飯島は見殺しにして逃げた。
成大としてはその選択が間違いだったと思わないし、もしあそこで助けに言っていても集まってきた化け物にみんなやられてバッドエンドにしかならない。二次災害を避けるには正しい選択だった。
しかし飯島はやはり多少の罪悪感はあるのか、少し顔を俯かせてぼそりと小さな声でそう言った。
「べつに責めてはねぇよ?」
福田は鼻で笑いながら窓辺を離れる。そして埃の積もった床を少し足できれいにしてから腰をおろした。
「助けられるもんと助けられないもんはあるってことだろ」
手にした鉄パイプの損傷具合を確認しながら福田は興味なさそうに言葉を続けた。飯島はなにも言い返さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます