新たな秘密
「……なるほどな……かの騎士が」
フルカスとの予期しない再会の後、盗品を持ち帰った俺は、夜天でカグヤとフルカスの行動について情報共有を行っていた。
頬杖をついたまま目を閉じているカグヤ。
少しして彼女が出した結論は、俺の答えとほぼ同じだった。
「では、ヘルヘイムの目的は悪魔王……すなわちバエルの復活で間違いないようだ。そうでなくては、アレが動く道理がないからな」
「やっぱそうだよな」
「であろう。しかし……解せないな」
「名前のことか?」
大きく頷くカグヤは、どうやら俺と同じところで引っ掛かっているようだ。
ヘルヘイムを名乗る理由。やはりいくら考えても思い浮かばない。
自分で言うのもなんだが、ヘルヘイムの連中は俺を含めてかなり強い。そんなやつらをわざわざ刺激する必要がどこにあるのか。
「触らぬ神になんとやら、とは全く逆を行く行動だ。妾が偽ヘルヘイムにいる者であればそんなことはまずしない。何をするにしても屍王の影がちらつくであろうからな」
偶然……はありえないだろう。だとしたら、明確な目的があることは間違いない。
「……ふむ」
と、カグヤは声を漏らす。
「どうした?」
「いやなに、屍王の影がちらつくとは言うたが、おぬしは長らく姿を消しておったな」
「ああ、まあ……一身上の都合で」
「ならば、その都合とやらを知っていたのなら……話は違うかもしれん」
「……っていうのは」
「それは屍王。おぬしという存在の抹消だ」
俺を指差したカグヤは、ゆらゆらと指先を揺らしながら口の端をにやりと歪めた。
「抹消とは言うが、物理的なものではなく社会的にだがな。悪魔王を討伐した英雄殿が祀り上げられていないのは些か妙だとは思っていたが……偽ヘルヘイムを作り上げた者は、もしかしたらぬしをよく知っている人間かもしれんな」
その言葉に、少し覚えがあった。
グリフィル樹海であった、グリフィル王家を名乗った少女。
第五王女を謳った彼女が言った言葉。
『悪魔王を討伐した王家』。
ずっと引っかかっていたものが、ほんの少し動いた気がした。
「グリフィル王家……なるほどな」
「……なんだ、思い当たることでも?」
「少しな。気にしないでいい」
「む」
口を尖らせたカグヤに盗品の入った革袋を放ると、中から取り出しておいた原生種の皮を見せつける。
「約束通り、賊から盗品を取り返したんで原生種の皮は頂いてくよ。中身は手ぇ付けてないから安心してくれ」
「今さらそんな心配などしておらんわ」
「さいで」
「暇になったらおぬしの座標に飛んでやる。楽しみにしておくが良い」
返事はせずに、後ろ手に手を上げた。
■ ■ ■ ■
エリューズニル、会議室。
「つーん」
「なぁフーちゃん、話くらい聞いてって」
「ヘルくんが事情を話してくれないからなぁ~。ちょっと都合よすぎるんじゃないかな~」
軽い口調ながらひしひしと伝わってくる怒りに両手を上げる。
完全にお手上げ状態だ。
「フレスヴェルグ、若にも事情がある。それに、此度こうしてまたワシらの前に現れたことこそ、ワシらを捨てたわけではないことの証左だろう」
「そうだよフーちゃん! 王は帰ってきて、ガルムたちは一緒にいる! それじゃ、だめ?」
仲のいい二人が声をかけて説得を試みているが、やはり効果はなさそうだ。
様子を見ているニヴルとニドも首を横に振っている。
これは……いよいよか。
今後の方針を固めるための会議だったが、仕方ない。
「……今日は会議はやめとこう。各自自由にしてていいよ」
少々暗くなってしまった空気を和ませるように笑顔に務める。
そして、その日の夜。
洋館の外見をしたエリューズニルの屋根の上に、彼女の姿があった。
頭上に投影された月を見ながら、風一つない夜に揺蕩うように浮かんでいた。
「フーちゃん……やっぱいた」
「……べつに、少し気分変えたかっただけ」
相変わらずむくれながらフレスヴェルグは視線を逸らす。
エリューズニルの屋根の上。昔、ここは俺とフレスヴェルグがよく秘密の話をするときに使っていた場所だ。
まあ、秘密の話と言っても、俺の厨二設定の話を延々としていただけだが。
「ヘルくんがいるなら、もう中に戻る」
「待ってよ」
「また――――」
「話すよ。でも、いつも通り、二人だけの秘密な」
「……え?」
あれだけ話してほしそうだったのに、話すと言った瞬間意外そうな顔で俺を見る。
そんなフレスヴェルグの顔に笑いかけると、
「俺、異世界人。これでわかる?」
あっけらかんと、そう言った。
劇的な発表でもなければ、俺にとっては至極当然の事実。
しかし、聞いた本人と言えば。
「————ぁ」
絶句。それ以外に表しようのない表情だ。
「お前らと一緒にいたいんだ。だから、みんなには話さないでくれ」
「ま、まって……」
「待たない。だからさ、フーちゃんとも前みたいに仲良くしたいんだ。だめ?」
ずるいとはわかってる。
きっと彼女は、頷くしかない。
「ずるいよ……ヘルくん」
フレスヴェルグは呟いて、瞳に涙をためていた。
「……ごめんね」
「謝ってほしくないから、言わなかったんだよ」
「……そっか」
昔みたいに頭を撫でれば、昔みたいにその手を嬉しそうに自分の手で触る仕草。
おっかなびっくりなその手を取れば、恥ずかしそうにはにかむフレスヴェルグ。
「みんなにはいつか言うから。ほら……機会を見ないと大変そうだし」
「……そうだね。じゃあ、それまでは」
少し赤くなった目元を擦ると、フレスヴェルグは久々の心からの笑顔を覗かせた。
「ヘルくんとフーちゃんの秘密ねっ!」
「ああ、そうしてくれ」
その日が来ることに怯えながら、フレスヴェルグの笑顔に苦笑した。
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