鈍色の覇槌
阿鼻叫喚に塗れたはずのガギウル。悪魔が氾濫し、占領必至だった鉄鋼都市は、数人の影によって鎮静化した。
「邪魔邪魔邪魔邪魔ァァァアアアア!!」
咆哮と共に悪魔を蹴り散らしながら突進する人影は、人間の膂力では到底そうはいかない芸当を披露する。
宙に舞った悪魔たちが地面に衝突し、魔力に戻り消えていく。
女の化生の身の守護竜は、剛力と馬鹿げた機動力に任せガギウルを走行し、悪魔たちを刎ね飛ばす。
凍った街をものともせず破壊していく様は、悪魔以上に悪魔的だ。
暴虐の限りを尽くすニーズヘッグの背後には、担当区画を掃除し終わったガルムが軽々悪魔を屠りながら追随する。
「ニドォ! あんまり暴れちゃだめだよぉ!」
「無理を言うなガルムよ! 住民の安全を確保しろと王は言ったッ! 最優先は人命であり、街は二の次なのだ!」
「それはそうだけど―――――さッ!」
言葉尻で獣型の悪魔の首を引き千切ったガルムは、ニーズヘッグの行路から辛くも逃走した討ち漏らしの悪魔を処理する。
街中の悪魔を数えることなく掃討していると、ボロボロになった瓦礫がそこら中に飛び散っている光景が二人の視界に入った。
そこには大量の住民と、それらに囲まれ居辛そうに顔をしかめているグルバの姿。
この惨状はグルバが作り出したものなのだろう。
「うわっ……グルバじーじも街壊してるし……」
「翁め、腕は衰えておらんようだの」
憎らし気に鼻を鳴らしたニーズヘッグは、そのままグルバ達に近づく。
「翁よ、逃げ遅れた者どもはこれで全員か?」
「ん? おう、
「ニヴルも一番乗りで終わらせて王のとこに行ったみたいだから、ガルム達の役目はこれで終わりだね!」
「なっ!? あの牛女っ―――――我は先に行くぞ!」
「あ、ちょちょ、ニドッ!」
「捨て置けガルム。あれらは前からそうだろうて」
優し気に、懐かしそうに目を細めるグルバに、住民たちは驚きの表情を浮かべる。
厳格な性格で知られる彼のその表情は、ガギウルの人間であっても見たことが無い柔和な老人の顔。
一人の青年がおずおずとグルバに声をかける。
「グ、グルバ様……彼女たちは、グルバ様の側付きの方々でしょうか?」
見目麗しい容姿のニーズヘッグを目に焼き付けた住民たちは、羨望の眼差しでグルバを見やる。
しかし、グルバの反応は芳しくない。
「なに? 馬鹿を言うな。間違っても、そのようなことを奴らの前で言わない方が賢明だ」
「で、でしたら……」
「……ふっ、ワシらは――――」
「あー! 待って待ってじーじ! ガルムッ、ガルムが言いたいッ!」
グルバの手をぶんぶん振り回しながら駄々をこねるガルムの姿に、住民たちは内心冷や汗をかく。
鍛冶神への態度としてあまりにも礼を欠いているその行動に、しかし当の本人は気にした様子もなく笑った。
「では、任せよう。王の頼みだ、盛大に宣誓するが良い」
「おー!」
威勢良く頷いたガルムは、灰色の外套を大袈裟に手で靡かせながらポーズを決めた。
手で顔を覆い、不敵に笑うその姿を屍王が見た日には悶絶して三日は立ち直れないであろう厨二体勢。
「――――我らはヘルヘイムッ! 試練の剣を抜き放った俊英、アイレナ・ウィル・アイロンと共に……この街に巣食った悪を、討滅せん!」
「……というわけだ。我らはヘルヘイム。王の命に基づき行動する雑兵に過ぎんよ」
『我らはヘルヘイム』。
自らを雑兵と悪し様に卑下する謙遜以上に、その言葉が住民たちの思考を止めた。
「ヘルヘイム……って」
「うそ、でしょ……グルバ様が、あのヘルヘイムの……」
「でも、助けてくれたし!」
「どうなってんだよ……」
「困惑は至極当然だろう。しかし、ここで立ち止まっているのは愚策。警邏団の下に向かうことを勧めておく。今なら悪魔どももいないだろう」
当然のように混乱する住民たちを置き、忠告だけを残してガルムの背中を押し歩みだすグルバ。
屍王に命ぜられたのはここまで。弁明は不要だと言われている。
「我らを悪と断ずるかは、世相に任せるとするかの」
「じーじ、難しくてわかんない」
「我らは自由に生きるのみ、ということだ」
「おー! わかりやすい!」
領主の娘と共にガギウルを救ったヘルヘイム。
それと相反するように世界を蝕むヘルヘイム。
その二つの情報さえ生まれれば、世界を動かす者たちには伝わるだろう。
いや、厳密に言えば……彼を知る者たちには、だが。
これは布石。
世界に屍王の帰還を報せる狼煙が、今上がった。
■ ■ ■ ■
「おい、どうしたよ」
「グッ、アアアアアアアアアアアアアアッ!!」
叫ぶ不定形は癇癪のように魔力を噴き出す。
尽きることの無い
だが、造った次の瞬間には、屍王の剣に打ち崩される。
気を散らすために不動のアイレナの側に悪魔を生み出すが、その個体すら屍王の中にある小櫃から伸びる鎖に絡まれ爆散した。
「大丈夫か伯爵様? そろそろ
「愚弄……スルナアアアアアアッ!」
「愚弄してんのはどっちだよ。お前のために死んでいった仲間の死骸を弾避けに使うとか……浮かばれねえな、上司が無能なせいで」
「死ネエエエエエエエエッ!!」
一際身体を膨張させるビフロンスは、粘性の音を立てながら身体を変形させる。
その姿は、巨人と見紛う人型。
剛腕と呼べる木の幹のような腕をさらに倍増させながら、必殺の構えを取って振りかぶる。
当たれば当然、ただでは済まないだろう。
アイレナは、自身の前方で余裕そうに自分を振り返った屍王の目を見据える。
不動の構えで息を吐きながら、右目に魔力を炎を纏わせた。
「――――いいわよ。準備できた」
その言葉と共に、一歩を踏み出す。
アイレナの生まれ持った異能、【不動の
一言で言えば「チャージ型の異能」であり、異能を発動してから自身の脚を動かすまでの間、次の一撃の威力を上昇させ続けるという不便な異能。
一対一ではほぼ無能の誹りを免れることの無いハズレ異能だ。
しかし、屍王のような強力な支援者がいれば話は別。
その一撃は、
(お膳立てされて、やっとできるなんて我ながら厄介だわ……でも)
自分を買ってくれる彼は、当然のように笑っていた。
「ッ!?」
ビフロンスは屍王だけに向けていた視線を急激に逸らし、アイレナに充填された剛撃に照準を合わせる。
アイレナの一撃によって自身が吹き飛ぶ幻視をしてしまう程、救いようのない異常をアイレナの腕に見るのだ。
あの一撃を、自分に届かせてはならない。
小手先だけを弄する屍王とは訳が違う。一撃で自身の存在を消し飛ばしかねない彼女の存在感に、膨張した腕の矛先を固定する。
相殺された腕はきっと消し飛ぶだろう。
だが、それはただの体の一部に過ぎない。液状の身体の中心にある核にさえ届かなければ、また再生できる。
そう思って、渾身の力を込めたビフロンスの右腕は――――
「残念」
パァン!!
音を立てて爆散する。
巻き付いた鎖がビフロンスの腕を構成する魔力を分解し、破裂させたのだ。
ビフロンスが生み出した悪魔を爆散させる鎖のタネは、魔力分解。
「相性最高だな。流石は元相棒だ」
「シ、屍王オオオオオオオオオオッ!!」
断末魔に近い叫びは街中に轟き、事態を見守る住民たちに届く。
巨人と化したビフロンスの姿に恐れ慄いていた住民たちは、固唾を飲んでその光景に目を止めた。
そして、
「レナちゃん様、行きます」
「へっ? え、ちょ」
「一世一代の雄姿です。派手に行きましょう」
ニヴルが準備万端のアイレナの肩に手を置くと、
「
アイレナの姿が、消える。
次にアイレナが姿を現したのは―――――
「――――ははっ、ほんと、馬鹿げてるわね」
ビフロンスの頭上だ。
ガギウルの誰もが宙に現れた鈍色の光に瞠目し、視界に入れた。
領主の娘であるアイレナが、規格外の魔力を伴って宙に現れ、彗星のようにビフロンスへと急降下する。
状況が分からなくても、直感的に全員が理解する。
あの巨人は、アイレナによって討たれるのだろう、と。
まだ幼い少女。しかし領主の娘として責務を負っている姿を幾度も目にした住民たちは、その姿に叫ばずにはいられない。
『――――――ォォォォオオオオオオオオッ!!』
街を囲むように上がる歓声。
「貴様嗚呼アアアア、マタシテモコノビフロンスヲオオオオオオ!!」
鎖に縛られ魔力を分解され続けるビフロンスが溢したのは、アイレナではなく、別の誰かへの怨嗟の号哭。
しかしそれも、ガギウルを震わせる歓声に搔き消された。
「――――俺どころか、レナちゃんに殺されるんだ……取り越し苦労お疲れさん」
煽りに煽った一言に怒り狂った思考は――――
「でもちょっと……予想外だなぁ。ニドといい勝負だぞ、コレ」
「――――つ、ぶ、れ、ろッッ!!
屍王もドン引く高火力の一撃によって、その核を砕かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます