2.いい女を守るためならいくらでも強くなる

 北条結衣は乱れていた心を落ち着かせる。突然現れた南場流星。どう対応すべきか悩んだ。


自分を助けてくれたこの男は誰なのか、いつの間に現れたのか。なぜ助けてくれたのか。いや助けるつもりはなかったかもしれないが、結果として結衣は流星のおかげで助かったのは事実だ。

この男がなんなのかさっぱりわからなかったが、とりあえずお礼を言うべきだと彼女は思った。



「……あの、助かりました。ありがとうございました……」


ちゃんとお辞儀をし、結衣は丁寧にお礼を言う。

流星は特に反応もなく、ただ結衣をチラチラと見ていただけだった。


「…………」


「…………」


沈黙が流れる。お礼はちゃんと言ったし、これで終わりでいいだろうと結衣は判断した。結衣にとって流星はまったく知らない人物だしこれ以上深入りする必要などない。


流星は見てくるだけで何もしてこないし、逃げるチャンスだと思った結衣はくるっと振り返り、走り去ろうとした。



―――が、いつの間にか大勢の男たちに囲まれてしまっていた。

公園にいた男のほとんどが結衣に気づき、極上の獲物狙いで集まってきた。もう逃げ場はなかった。


男たちの1人が口を開く。



「おう南場流星」


男は流星に話しかけた。南場流星。自分を助けてくれた男の名を結衣はたった今知った。

しかし名前を聞いたところで結衣には関係ない。結衣には関係ない人だ。



「南場よぉおめぇめっちゃいい女連れてんじゃねーかよぉ。オレもすげータイプだぜその女」


「オレも好みだぜ…なんだよ南場、その女おめーの女なのか? うらやましいなァ」



連れ? ? 何の話だ。

なんか男たちが流星に話しかけてきてるが、結衣には何を言ってるのか理解できなかった。


連れって何? 女って誰のことだ? キョロキョロ周りを見渡した結果この場に女は自分しかいないことを今確認した結衣。

勝手に結衣が南場流星の連れの女ということにされているのに気づいた。



「―――は!? い、いや、何を言ってんですかみなさん!? 誤解です! 私とこの人は別に……!」


この男たちは盛大に勘違いをしている。結衣は慌てて訂正した。

ずっと黙っていた流星がここで口を開く。


「ああ……今はオレの女じゃねーけど……この提央祭で優勝したらオレの彼女になってくれるって約束してんだ」


流星はなぜか自信満々にそう言い切った。



―――!?

流星の発言に衝撃を受けた結衣。パニックで頭がどうにかなりそうだった。


「……い……いやいや……いやいやいやいや!!ちょ、ちょっと待ってくださいよ!

あのっ……私たちって初対面ですよね!?私そんな約束をした覚えはありませんよ!?」


結衣は恐怖でビクビクしながらも、流星に詰め寄り言いたいことはちゃんと言った。

誤解を招くわけにはいかない。絶対に否定しなければならない。



「違いますよみなさん聞いてください! 私この人とはなんでもないんです! 私はたまたまここを通りがかっただけで……」


結衣は囲っている男たちにもそう釈明した。



「はー……そうかいいいねぇ南場ァ……やっぱりイケメンでケンカも強いといい女が寄ってくるんだねぇ……」


「そんなにいい女を独り占めとかずりぃぞオレにも抱かせろよ」


「ダメだこの人たち私の話全然聞いてねぇ!! みなさん! 人の話はちゃんと聞きましょう! そうじゃないとモテませんよ!?」


流星の話だけは聞き、結衣の話は全く聞いてない男たち。結衣は必死に声を出した。



「へへ……そうかそうか優勝したらその女をゲットできるのか……」


「だから違うっつってんだろ!!」


結衣もあまりに話を聞いてくれない男たちに対して口調が荒くなってきた。



「だったらよぉ……オレたちにもその権利があってもいいよなァ? 提央祭で優勝した奴がその女を手に入れる……ってことでいいよな?」


!?

意味がわからない。提央祭? とかよくわからないし、優勝したら彼女とか何言ってるのか理解できない。優勝賞品ってことか? 結衣が?


結衣は激昂した。


「ちょっと!! あなたまで何を勝手なっ……!」


「もちろんいいぜ。オレは最初からそのつもりで言ったんだ」


結衣は怒ったが、言い終わる前にそれを流星が遮る。



「オレはなぁ……退屈してんだよ。どいつもこいつも弱っちくてよぉ……せっかくの提央祭がつまんねーったらありゃしねぇ。まあ実力がこのオレに及ばねえのは仕方ねーけどよ……てめえらは実力以前に気持ちが弱すぎる。オレが最強だからってケンカする前からビビってる奴が多すぎなんだよ」


南場流星は退屈していた。強すぎて楽に優勝しすぎて提央祭がつまらないと思うようになっていた。

刺激を求めていた。今日初めて会った北条結衣は流星の退屈な流れを変えてくれるのにうってつけだと思った。


「ビビってる奴弱え奴に興味はねえ。そんなんじゃダメだ。オレが求めているのはお互い全身全霊で命を削り合う血沸く死闘。極上の女を褒美にすりゃちったあモチベも上がるだろ? さあ来いよ。オレをもっと楽しませてくれ」


流星は参加者の男たちを挑発した。結衣をエサにして、参加者のやる気を出させ奮起させ、自分が楽しむために言った。


実際この挑発は効果覿面だった。男たちの目の色が変わった。結衣が欲しい。男たちの気持ちが炎のように舞い上がった。



「……言ってくれんじゃねーか……!」


「今回こそはぶっ殺してやるぜ南場ァ……そしてその女はオレがいただく」


「いやオレがいただく」


「いやワイだ!」



男たちの闘志に火がついた。なんとしても調子こいてる流星を潰し、結衣を奪うつもりだ。


結衣はさらに恐怖する。その恐怖に負けないくらい怒りの感情も混ざっている。このまま流されてたまるか。なぜ結衣がこんな目に遭わなくてはならないのか。冗談じゃない。流星のせいだ。何のつもりなんだ。許せない。



「ちょっといい加減にしてくださいよ! さっきから勝手なことばかり言って!」


「あ?」


「あ? じゃないですよ何がご褒美ですか!! 勝手に人を賞品みたいに扱わないでくださいっ!」



結衣は流星に怒る。すごい剣幕で。しかし流星は全く動じない。怒った結衣が可愛くてたまらなくて、もっとからかいたくなった。


「なんだよお前彼氏いるのか?」


「いやいないですけど!」


「じゃあいいじゃねーか」


「よくねーよ! そういう問題じゃないでしょう!?」


「お前ずいぶん余裕あるじゃねーか。自分の立場わかってんのか? ピンチだぞ」


「あなたのせいでピンチになったんですよ!!」



口論になるがこの男に何を言っても通じない。そして今は口論している場合じゃない。


周りの男たちは全員、一斉に襲いかかってきた。



「死ねえぇぇぇ南場ァ!!」


「きゃあああ!?」



30人はいるだろう、今回の提央祭の参加者。それらが同時に襲ってくる。こいつらは流星を狙っているが、近くにいる結衣もこのままでは確実に巻き込まれる。


結衣は頭を抱えてしゃがみ込んだ。流星はニヤリと笑う。



「心配すんなって」


「え?」


「このオレがお前みてーないい女を危険な目に遭わせるわけねーだろ? ピンチになればなるほど強くなる。いい女を守るためならいくらでも強くなる。それが男ってもんだ。最強の不良南場流星の勇姿しっかり目に焼き付けなカワイコちゃん」


何をかっこつけてんだこの男は。救いのヒーロー気取りか? 流星の方こそ自分の立場をわかっているのか。いくらなんでもこの人数相手じゃ勝てるわけがない。少なくとも結衣の常識では。




―――ガオン!!



!?

何が起きた? 速すぎてよくわからなかった。結衣は今起こった出来事についていけてない。


結衣が気がついたときには、すでに1人、流星に殴り倒されていた。恐怖で涙目になっていたが、ちゃんと見てたはずだった。見てたはずなのに、速すぎて理解が追い付かない。


いつの間に倒したんだ。そう思っているうちに、2人、3人と倒していた。敵の男たちも、流星とケンカするのは初めてではないのに、流星の動きに全然追い付けていない。4人目が流星に殴りかかろうとする。



「遅えよ」


「!」


敵の攻撃をあざ笑うかのように、殴ろうとする前にもうすでに間合いに入っている。



―――ドガガガ!!



流星の拳の一振りで3人もいっぺんに吹っ飛ばされた。結衣の目にはそう見えた。


速い。とにかく速い。何も難しく考える必要などなかった。この男、南場流星はとにかくものすごく速いのだ。

ケンカなんて全くしたことない結衣でもわかる。流星は、他の人と比べて反応速度が全然違う。


それだけじゃない。パンチを撃つ速度も桁違いだ。結衣の目にはパンチ一発で2、3人をいっぺんに倒しているように見えるがそうではない。


刹那に何発も撃ち込んでいる。一発に見えるほどの速さで。さらに一撃で確実に仕留める圧倒的なパワー。相手に絶対先制攻撃させないスキのなさ。先手必勝、一撃必殺を体現している。

彼は自分を「最強」と言った。その言葉にウソ偽りはなかった。



「どうした? あんだけ大口叩いてもう終わりか?」



30人はいたと思う敵の男たちが、あっという間に全滅。流星は無傷で敵を全員倒し、余裕の笑みを浮かべた。

最後の1人を決めるまで戦う提央祭。流星の手にかかればこんなにも早く決着がついてしまう。



今なら逃げられた。今が逃げる最大のチャンスだった。しかし結衣は逃げられなかった。

南場流星と名乗る男のとんでもない強さに魅了され目を奪われてしまったからだ。



「さてと……」


「!」


チラリと結衣を見る流星。蛇に睨まれた蛙のように、結衣は威圧され動けない。そのままジッと結衣を見つめる。視線が絡み合う。見つめ合う。



―――ドキッ

!?


結衣はドキッとしてしまった。なんでドキッとしたのか自分でもわからない。


おかしい、ついさっき会ったばかりの人なのに。ましてや得体の知れない人なのに。一応彼は結衣を助けてはくれたが、それでドキドキしてしまうとかチョロい。チョロすぎじゃないか?

結衣はこの上なく困惑した。こんなにドキドキするのは彼女の人生で初体験なのだ。彼女はもうわけがわからない。


そしていつの間にか目の前まで近づいてきてる流星に気づき、さらに心臓を跳ねさせた。



―――こうして近くで見ると、流星は身長が高いというのがはっきりわかった。身長180センチくらいはあるのではないか?

結衣は155センチだから彼女が彼の顔を見るには見上げないといけなくて、この身長差が、すごく「男の子」だなと感じさせる。



「いや~やっぱり強いですねー南場さん!」



突然の声にビクッとする結衣。

拍手をしながら現れた男。提央祭運営委員会会長、そして今日の提央祭の実況をしていた菅原健人だ。

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