第7話 後ろめたさ(下)

私はまだ乾ききれていない髪を片方にまとめながら外へ出た。

鏡も見ていないことに気が付いたのは、彼の目の前だった。


裕翔くんが笑顔で門の前に立っていた。


私、変じゃないかな?もう、手遅れだけど…。


「あの…ここじゃ色々あれだから、すぐそこの公園行こう」


そう誘うと、裕翔くんはにっこり笑って頷いた。


カッコイイ。


私たちは近所の小さな公園へ向かった。

私はその場から早く離れたくて、急ぎ足。裕翔くんはゆっくり横を歩く。


公園へ着くと、二人で街灯下のベンチに腰かけた。


「はい、これ」


オレンジジュースとリンゴジュースを見せて、


「どっちがいい?」


買ってきてくれたのかな?実はジュースが苦手だ。

甘いものや刺激的なものが好きではなくて、いつもは麦茶か緑茶を飲む。可愛げのない女子高生だ。私はオレンジを指差した。

すると、私にオレンジジュースを手渡し、リンゴジュースを開けてゴクゴクっと飲んだ。

もう誰もいない、静かな公園だからその音は響いて


「喉、乾いていたんだね」


不毛な声掛けをしてしまった。

裕翔くんはいつもの笑顔で、


「走ってきたから・・・急に会いたくなって」


ドキリとする言葉を、さらっと言った。私に”会いたい”なんて思うんだ・・・。そっか、私たち恋人だよね。三か月たってもまだ自覚なし。だって、こうして二人で会うことも最初に告白された日に話した時以来、初めてかも・・・。

私が学校では知られたくないって言ったから、コソコソしなくちゃいけないし。友達関係違いすぎるし。お互いにそれなりに忙しいから、そうなるよね。


裕翔くんは空を見上げて、


「星ってさ、こんなに見えないもんなんだね

子供の頃は、もっと見えてた気がしてたな・・・」


私も空を見上げる。

小学生の頃は正座版を持って、よく空を見上げていた。

私もそうだ・・・最近は見てなかったな・・・上。


「今週土曜か日曜・・・プラネタリウム行こうよ」


こ・・・これは、デートの誘い?


「うん」


言葉が出ない・・・こんなに嬉しいのに。交際を始めて三か月。初めてのデート。いや、人生初のデート。嬉しい。嬉しい。嬉しい。


「どっち?土曜・日曜?」


そう言って裕翔くんは私の顔を覗き込む。


「日曜なら・・・」


「じゃ、決まり!日曜の10時迎えに来るね」


迎え?いやいやいやいや~無理。家族にばれてしまう!

それは無理です。


「駅とかで待ち合わせしたい」


そう言うと彼は不思議そうな顔で、微妙な表情を浮かべ


「そう?・・・分かった。じゃ、駅で10時ね。了解。」


そう言うとベンチから立ち上がり、こちらに手を伸ばした。

私は何も考えないでその手をつかんだ。すると、彼はゆっくり持ち上げるように私を立たせてくれたけど、手はそのまま握ったままで、私達、手を繋いでいる。私、男の子と手を繋いでいる。幼稚園の遠足ぶりかもしれない。

私は今、緊張と同様と高揚感が入り乱れ、全身が真っ赤に燃えるようで、今が夜でよく見えないから裕翔くんにそれがばれないことが良かった事で…。


「じゃ帰ろ。顔見て約束できたし・・・よかった。ありがとう。」


あ、またキラキラしてる・・・こんな暗がりでも分かる彼の笑顔。私は顔真っ赤。でも、彼の大きく柔らかい手が暖かくて・・・恥ずかしくて・・・嬉しくて・・・。どうしよう。呼吸すら難しい。


家が見えたところで強引に立ち止まる。


裕翔くんはきょとんとした顔でこちらを見る。


「じゃ、ここで」


「家の前まで送るよ」


「いや・・・」


「嫌?」


「嫌じゃないけど・・・困るから」


そう言うと、裕翔くんは少し悲しそうな顔をした。


「ごめん・・・ばいばい」


私はそれを見ていられなくて、手を振り払うようにして家に走った。振り返りもしなかったから、裕翔くんがどうしていたかは分からない。


家に帰ったら家族は変わらずリビングにいて


「おかえり」


同時に声をかけるからドキッと何か後ろめたさがこみ上げる。嘘・・・初めてかも・・・。

その時、弟が不思議そうにこちらを見て


「ねぇちゃん・・・ノートは?」


”ノート”

そっか・・・

”友達がノート持ってきてくれている”

って嘘ついて出かけたんだ。どうしよう。

顔が青ざめる。

その時、ママが


「菜穂、ノート、靴脱ぐとき下駄箱に置いてたわよ。人から借りたものなんだから大事にしなさい。」


と、目も合わさず私にそれを渡し、リビングへ入っていった。

私はそれを持って自分の部屋に入ると、しゃがみこんだ。


どうして?ママはどうしてノートなんか用意していたの?


ノートを開くと


”嘘は嘘を積み重ねる

家族は菜穂の事を大切に思っているのだから

悲しいことですよ

あと、夜に出歩くのは心配だから

次からはお家でお話ししなさい

隠さなくていいから”


知られていた。

何を、どこまでか?まではわからないけども

私がコソコソと家族に嘘をついてまで出かけて行ったという事は確実に知られていた。

恥ずかしかった。


でも、なんだか安心もした。


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