拝啓 天馬 突然ですが、腐女子って知っていますか?Ⅱ


「えっと…クリスティーナお姉様も行間を読まれるのですか?」

「わたくしは書いてある文字しか読めないわ。でも、リリナたちのそれを否定もしないわね。だって、それはどちらにしても愛でしょう? 純愛か友愛か。愛の形が違うだけで、それが愛なら、わたくしはそれがどんな愛であってもよいの。どんな形でもそれが愛といえるのなら、形にはこだわらないわ」


 クリスティーナらしい素敵な受け答え方だが、なぜかどこか寂しそうに口にする表情に、ソフィーは不安になる。


(この方は第一王子の婚約者…)


 それは完全なる政略結婚。王子がどんな人間かまったく知らないが、愛し愛される関係が、政略結婚にどれほどあるのだろう。


「殿下は…」

「ソフィー?」

「恐れながら、殿下はどのような方なのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「……まぁ。貴女が殿下のことを聞くなんて初めてね。普通は皆、最初に聞きたがるものよ」


 それも遠回しに。貴女みたいに直球では聞かないのよ、と笑われ顔が赤くなる。


「申し訳ありません、不躾で」

「いいわ。ソフィーはわたくしの妹だもの。でも、わたくしがこれから話すことは他の方に言っては駄目よ。本来、その名を呼ぶことさえ恐れ多い方だから」


 殿上人のことは、それだけ注意しなければならないということだ。


 軽率に口にすれば、話した人間も、それを口外した人間も罪となるだろう。


 ソフィーはクリスティーナから聞いた話を誰かにするつもりは毛頭なかったが、それでもクリスティーナの咎になるようなことが発生したら申し訳が立たない。


「クリスティーナお姉様、出過ぎた真似を致しました。もうお聞きしませんので…」


 謝罪の言葉はクリスティーナの白い指に止められた。クリスティーナの長く美しい人差し指が、彼女の赤い唇に重ねるようにあてられる。聞きなさいというサインだ。


「殿下は、とても聡明な方で努力家よ。真面目で、いつも国を想っているわ。あの方が婚約者であることは、わたくしの誇りです」


 それを聞き、ソフィーはホッとした。先ほどの寂しげな微笑は自分の気のせいなのだろう。殿下の話をするクリスティーナの表情はとても楽しそうだ。


 若干、いたずらっ子が含みをもってイタズラを遂行させようとしている雰囲気を口調に感じるのはきっと気のせいだ。


「クリスティーナお姉様の花嫁姿は、きっと荘厳でとても美しいのでしょうね。私、想像しただけで胸がドキドキします」

「あら、気が早いのね。わたくしが結婚するのはまだ数年先よ」

「卒業したらご結婚ではないのですか?」

「結婚はどんなに早くても十八歳を過ぎてからではないかしら。準備もあるし、なにより殿下はお忙しい方だから」


 数年先という言葉に、ソフィーはホッとした。クリスティーナが一番美しく輝く姿を早く見たい気もするが、それは王族の一員になるということだ。


 まだ自分はクリスティーナの“妹”として相応しい人間とはいえない。ソフィーとしては、彼女が結婚するまでにはなんとか相応しい人間になりたかった。


(でも今のままでは、私が卒業してすぐの頃にクリスティーナお姉様はご結婚されてしまう可能性もあるわね)


“女王の薔薇”にいる間に、なんとか相応しい人間として成長しなければならない。多少猶予が延びたとしても、卒業してすぐに動かなければ、時間はいくらも無いようだ。


「ソフィーはどうなの?」

「へ?」


 必死に計算と計画を考えていたソフィーは、質問の意味が分からず、目をパチクリとさせた。


「ソフィーには婚約者がいないそうだけど、もしかして誰か想う方がいらっしゃるの?」


 ソフィーのように、貴族で婚約者が今まで一人もいないのは大変珍しいことだった。体が弱く、結婚してもよほど子供が難しい場合など、かなり特殊な例でなければほとんどが幼い時に婚約者をもつ。


時間の流れの中で、家や立場の変化から婚約者が何度も変わることはあっても、一度も持たない者など、学院の中でもソフィーしかいないだろう。


「私はその…」

「貴女には数多くの縁談の話が来ているはずでしょう? わたくしの耳にも入ってきているわよ」

「…………」


 確かに縁談の数はかなりあった。全て父に断ってもらったが。


 泣きながら『お父様と離れるなんて……。ソフィーは心細くて辛くて病気になってしまうかもしれません…』とお願いしたら、娘命の父は全ての縁談を蹴ってくれた。


最近では、リニエール商会の経営者として手腕を発揮しているせいで、下手な婚約者をつけたくないらしく、縁談の話はほぼ無かった。


「その、私は……」

「話したくないなら無理には聞かないわ」

「いえ! そうではないのですが……。願いを…。願を懸けているのです」


 クリスティーナに誤魔化しや嘘はつきたくなかった。少しの綻びが、思いもしなかったところで大きく狂わないように、彼女には真実だけを口にしたかった。


「私には親友がいました。その子の無事と幸せを願っているのです。そのために、私は結婚せずにその子の幸せを願い、祈りを捧げたいと…。弟が一人前になったら、私は修道女になりたいと思っております」


 いつも笑みを絶やさないクリスティーナにしては珍しく、呆気にとられた顔でソフィーを見つめている。貴族の娘が修道女になりたいと言えば当たり前の反応なのだが、ソフィーは視線を逸らすこと無くハッキリと伝えた。


「……その親友の方は、この前言っていた友人の方なの?」


 乗馬の時に話したリオのことだと思ったのか、クリスティーナが問う。


「いえ、彼ではありません。彼は、私が幸せを願わなくてもきっと幸せな毎日を過ごしているでしょうから」

「親友の方は、幸せな毎日を過ごせる方ではないの?」

「……分かりません。どんなに強く会いたいと願っても、私の一生を懸けたとしても、もう二度と会えない子なので」

「貴女は、世界の端と端であっても、会いに行く子だと思っていたわ」

「そうですね。私も、それならきっと絶対に会いにいくのでしょうけど……」


 この世界のどこかに天馬がいるなら、きっと自分は会いに行くだろう。


 だが、この世界に天馬はいないのだ。


 誰よりも無事と幸せを願う親友はこの世界にはいない。

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