姉なる者に常識は通用しない

 睡眠薬が効いたのか、弟が私の膝で寝息を立てている。


 その無防備で可愛らしい寝顔に頬が緩みそうになるけれど、今は先にするべき事があった。


 私は懐に忍ばせたナイフで右手の皮膚を切り、滴る血液をレオスの口へ運び......ゆっくりと飲ませる。

 

 無意識下で何百回と繰り返された行為にレオスは抵抗する事なく血液を嚥下し続けた。

 

 あらあら、そんなに私の血が美味しいの?。

 

 自身の魂の1部とも言える血が最愛の弟に取り込まれていく......その光景に高揚を覚えるけれど今は自重しないといけないわ。

 

 はやく.....。

 

 『神の呪い』と『世界の祝福』のバランスを整えないといけないから。

 

 最愛の弟が取り込んだ私の血液を通して『識る』。

 

 彼を苦しみ、縛り続ける神の呪縛を。

 

 彼を救い、慈しみ続ける世界の祝福を。

 

 やっぱり祝福が弱まってる......誰? 私の弟に干渉したのは。

 

 呪縛が強ければ神の傀儡となり。

 

 祝福が強ければ人から逸脱し神へと近づいてしまう。

 

 だからバランスを整えないといけない。

 

 彼が人で居続けれるように私は神と世界を欺き続ける。

 

 さぁ始めるよ。

 

 『識者』である私にのみ許された『ギフトへの干渉』を行う。

 

 細心の注意を払い、瞳を通してレオスのギフトの調整を続けていると......気持ちを抑えられなくなる。

 

 許さない。

 

 絶対に許してなるものか。

 

 彼を弄んだ神も。

 

 彼を私から奪おうとする世界も。

 

 どんな手を使ってでも報いを受けさせてやる。

 

 あの日、彼を見捨てたアイツらのように!。

 

「ん......どうしたんだ姉さん?」

 

 なんでもないわ、ほらまだ眠そうよ? まだ皆も帰ってきてないからゆっくり休みなさい。

 

「ありがとう姉さん」

 

 髪を撫でてあげると安心したように寝息を立てて私の膝の上で寝返りを打つ。

 

 少し硬い髪がくすぐったいけれど、それすらも愛おしい。

 

 この時間が少しでも長く続けば良いと願いながらレオスの髪を撫で続ける。

 

 見て分からない? 今は忙しいの、消えてくれないかしら?。

 

『ありゃ? バレちゃった』

 

 私の目の前で白い影が揺らめいて姿を現す、驚いたように振る舞う仕草すら嘘くさくて信用出来ない。

 

『そんなに警戒しないでよ『聖女』サマ、ただは弟くんに用が』

 

 目の前でふざけた事を言った影の存在を『解く』。

 

『は? ちょっとそれは反則でしょ!』

 

 弟?。

 

 誰が?。

 

 誰の?。

 

 お前も私から彼を奪うのか?。

 

 思考が黒く染まる。

 

 相手を『識り』、存在の全てを情報として『解していく』。

 

『いやいやいや! キミの瞳とギフトは反則だろ! お母さんの管理はガバガバ過ぎないかい!』

 

 消えろ。

 

 消えてしまえ。

 

 彼の姉は私1人で十分だ! お前の席は無い!。

 

『マズッ! レオス、また後で会おうね!』

 

 逃がさない、今消えろ。

 

 目の前で白い影が霧散して消えた。

 

 ......逃げられたわね。

 

 最後の最後でするりと掌からすり抜けられた。

 

 邪魔者の排除を仕切れなかったけれど、あんな有象無象よりも今は最愛の弟を愛でる時間の方が大事だ。

 

 口惜しいけれど、またすぐに『聖女』の務めで聖都へ戻らないといけないから。

 

 もう少し、もう少しで忌まわしい神への道を『識る』事が出来そうなの......だから待っててレオス、神を貴方の前に引き摺り出して呪いを解かせるから。

 

 本当なら私が解したいけれど、腐っても神の力、今の私じゃ不安要素が大きすぎる。

 

 だから確実に成功させるために神を降ろす。

 

 そう覚悟は既に決まっているけれど、弟と離れ離れになる寂しさは耐えきれない。

 

 『聖女』へ戻る為に私はいつものようにレオスを抱えて耳元で囁いた。

 

 レオス、私に力をちょうだい。

 

 私は口に回復術を使う為の魔力を集めてゆっくりとレオスへ顔を近づけていく。

 

 そして、他者の傷を癒す『キュア』を発動しながら......レオスの肩へ噛みついた。

 

 キュアと同時に麻痺を引き起こす『パラライ』を同時に発動し、噛んだ場所の痛みを遮断させて。

 

 肩の付近の肉を噛みちぎった。

 

 あまりにも一瞬で治癒されたからレオスがソレに気付くことはない。

 

 ゆっくりと咀嚼して、レオスの全てを私自身へ溶け込ませる。

 

 血の一滴でさえ溢さぬように大事に大事に飲み込むとお腹の中でレオスを感じて幸福感に包まれた。

 

 ふふふ、コレでしばらくの間は一緒に居れるね。

 

 //////

 

 『聖女』は妖艶に笑う。

 

 腕に抱えた唯一の特別を抱えて。

 

 鏡の映る『聖女』の瞳の色は光を放たない漆黒へと変わっていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る