第25話 救出

 その知らせが入ったのは、私たちがヒノタテに来てから2週間が過ぎた頃だった。


「父が、国外追放に財産没収……!? それは本当なの、メルク!?」

 応接室にチヨミの悲痛な声が響く。

「うん。イクティオ国にいる部下からの報告でね。王に苦言を呈して怒らせたみたいだよ」

「あの、クソ使用人っ……!」

 タイサイがテーブルを叩く。

「父さんがあの男を取り立ててやらなきゃ、王になんてなれなかったんだぞ!! しかも父さんは、あの男にとって義理の父親でもある! なのにどこまで無礼な……!」

「メルク、詳しいことはわかる?」

 激昂するタイサイとは裏腹に、チヨミは冷静に情報を求める。しかしメルクは首を横に振った。

「今のところは、まだ。けれど、イクティオの民はアルボル卿を支持している」


(アルボル卿の追放とくれば、原因はやっぱり『ドラゴンミルク』かな)

『ガネダン』プレイヤーである私には、ある程度の目星がついた。

 神聖な儀式にのみ使われる特別なアイテム『ドラゴンミルク』。原作でヒナツは、国民に無理を強いて連日献上をさせていた。ソウビの美肌を目的とした、入浴剤として。

 ドラゴンミルクは、生きたドラゴンの首筋から取れる分泌液。手に入れるにはかなりの危険が伴う。それこそ命がけで。

 本来であれば、そこに兵を派遣するのは年に一度や二度のこと。最強の装備、精鋭を揃え、対策をしっかりとり、怪我人の出ないよう極限まで努めて。

 けれど原作のソウビは、毎日浴槽のミルクを入れ替えるようヒナツにねだった。そのため兵や民は、十分な装備もコンディションも整えられないまま、毎日ドラゴンの元へ遣わされることとなる。

 見るに見かねた忠臣アルボル卿が、ヒナツに苦言を呈する。だが、その結果彼が追放されるというのが、『ガネダン』に描かれたストーリーだ。


(今回も同じ流れなのかな。ラニの入浴にドラゴンミルクが使われてるってこと?)

 ラニはまだ13歳。いや、おしゃれに目覚めても何の不思議もない年齢か。

(けど、そんな特別なミルクで肌を磨かなくても、つるっつるのすべっすべでしょうが!!)


 ふと視線を感じ、そちらを向く。メルクが頬杖をつき、探るような目で私を見ていた。

「何? メルク」

「いや? 何も」

 そう言ってメルクは魅惑的な微笑みを浮かべる。

(はは、嘘つき)

 彼の性格も、ある程度把握している。

 飄々と明るく見せかけているが、実はかなり慎重な策謀家だ。

 私の表情から、何か読み取ろうとしていたのだろう。

(まぁ、質問されれば答えてもいいんだけど。隠すようなことでもないし)

 ただ、国を離れているのに内情に詳しすぎるのはやはり不自然だ。こちらから伝えることはやめておいた。


「一刻も早く父の元へ行かなくちゃ」

 真っ青な顔で立ち上がるチヨミに、メルクが駆け寄る。

「部下に命じてこちらに案内するよう伝えてある。この国で、親子三人で暮らすといい」

「ありがとう、メルク」

「だが、迎えに行くことには賛成だ。チヨミちゃん、君が離宮に移動した日と似たことが、お父上の身にも降りかからないとは限らない」

「父さんも襲撃されるってことか!?」

 タイサイの問いかけに、メルクは頷く。

「可能性は高い」

「みんなお願い、力を貸して!」

 チヨミはテーブルを囲む私たちを見回す。

「父を無事に脱出させたいの!」

 ヒロインの言葉に、反対する者がいようはずがない。

「承知した!」

「任せて」

 テンセイ、ユーヅツが頷き立ち上がった。


 ■□■


 私たちはメルクの馬車で国境を越え、再びイクティオの地を踏んだ。

「部下にはこの道を通って、アルボル卿を出国させるよう伝えてあるんだが」

 まだそれらしき姿は見えない。

 ユーヅツが何やら呪文を唱えると、丸いスクリーンのようなものが空中に浮かんだ。

 どこかの街道の光景が映し出される。

「ここには、いないな。もうちょっと先かな」

 ユーヅツが少しずつ映し出す場所を変える。

「テンセイ、ユーヅツのやってるあれ何?」

「遠見の術です。ここではない別の場所の様子を見られるのですよ。ただし映せる範囲には限界がありますが」

「へー……」


(いや、何それ!? ゲームにはそんな魔法使うシーンなかったけど!? 初耳なんだけど!?)


「ねぇ、これじゃない?」

 ユーヅツが指をさす。皆が一斉にスクリーンを覗き込んだ。

 二頭立ての馬車が、何者かに追われている。御者が必死の形相で鞭を振るい、土煙を上げながら馬を走らせていた。

「父の馬車だわ! 襲撃されている!」

「父さん!!」

「皆、すぐに馬車に戻れ! アルボル卿の元まで飛ばすぞ!」

 メルクの号令で私たちは馬車へと飛び乗る。

「しっかり口閉じてろ! 舌噛まねぇようにな!」

 すぐさま馬車はすさまじい勢いで走り出す。私たちはアルボル卿の無事を祈りながら、激しく揺れる馬車の中、振り落とされぬよう互いにしがみついていた。

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