第13話 反乱軍鎮圧

「ヒナツがそんなことを……」

 伝令の内容とヒナツの対応を説明すると、チヨミは息を飲み、そして悲し気に睫毛を伏せた。

「――困った人」

「チヨミ、なんとかならないかな」

「そうね……。最高司令官たる王の命令なしで国の兵は動かせないから……」

 チヨミがキッと表情を引き締める。

「私が行くわ」

「チヨミ!」

 さすがはヒロイン! そして主役! 凛々しい! かっこいい!

「なにを考えてるんだ、姉さん!」

 濃紺の髪の少年騎士が、異を唱える。

「反乱軍のいる場所へ一人で乗り込む? 考えなしにもほどがある!」

 デレのこもったツンをぶつける義弟に、チヨミは悪戯っぽく微笑む。

「あなたも来てくれるよね、タイサイ」

「それは……。姉さんに何かあったら寝覚めが……」

 少年は薄く頬を染めプイッとそっぽを向く。

「アルボル家の名に傷がつくからな! 仕方なくだ!」

(きゃ~っ! 初々しいツンいただきました~!)

 大好きな義姉に頼られて、嬉しさを隠しきれない彼の様子に、口元がついほころぶ。

 だがタイサイは私の視線に気づくと、キッとねめつけて来た。

「おい、性悪! 姉さんに無理難題押し付けやがって! そんなに姉さんが目障りか!?」

 性悪って言われた……。

「押し付けるつもりはないよ。私も同行する」

「はあ!?」

 呆れ果てた様子で、タイサイは顔を歪める。

「バカか、お前! 温室育ちが戦場に出て一体何ができると言うんだ!」

「だって、押し付けるなって言うから」

「出来るんじゃない? 前王の血を引く姫様なら」

 割って入って来たのは、若葉色の髪の魔導士だった。

「ユーヅツ……。だ、だけどこいつは城の中で大切に育てられてきて、クーデターの時だってあっさり牢に放り込まれていた、戦場とは無縁の人間だぞ」

「王家の人間は、血統的に魔力が強いんだ」

 へぇ、そうなんだ。

「出来るんだよね、ソウビ?」

 急にユーヅツから話を振られ、私はきょとんとなる。

「なにが?」

「……」

 ユーヅツはにこやかな笑顔のまま固まる。

「……治癒魔法とか」

「まほ、う?」

 しばしの沈黙。

「えっ!? 魔法使えるの、私!?」

「ダメじゃねぇか!!」

 驚く私に、タイサイの鋭いツッコミが入った。

「つか、てめぇ、魔法使えねぇのについて来るとか言ってたのかよ! アホか!!」

「ぐっ……」

 いや、ほら、ゲームでは普通にあるじゃん? 主人公サイドは信じられない少人数で戦場に出たり、そこに一般人が混じっていたり。だから、大丈夫かなぁ、と。

「待って、タイサイ」

 チヨミが私の正面に立った。

「ちょっと私がソウビを見てみる」

「チヨミ?」

 チヨミは瞼を伏せて胸の前で手を組む。その体を、白い光が包んだ。

(きれい……)

 神々しい姿だった。まさに正統派ヒロインと言った風情だ。

 やがて彼女は静かに目を開くと声を上げた。

「これは……!」


 チヨミが組んでいた指をほどく。彼女を包んでいた光が消えた。

「すごいわ、ソウビ。貴女からかなり強い魔力を感じる。魔法は使えるはずよ」

「そうなんだ! すごい!」

 感嘆の声を上げた私に、遠慮のない言葉が飛んでくる。

「だから、なんでてめぇが驚いてんだよ!!」

「いや、だって魔法なんて使ったことないし」

「てめぇ、どんだけ甘やかされて育ったんだ……」

 その時、私の肩に手がかかった。

「? ユーヅツ?」

「チヨミ、タイサイ、君たち二人はテンセイと合流して出陣の準備をしていてくれる?」

 物静かな魔導士の瞳が、こちらを見た。

「ボクはその間に、ソウビが初級の治癒魔法を使えるように特訓しておくから」

 へ?

「わかった! 頼むね、ユーヅツ」

 説明はいらぬとばかりに、チヨミはさっさと部屋を出ていく。

「任せたぞ! 死なせない程度にな!」

 意味ありげな笑いを浮かべたタイサイも、チヨミの後を追った。

「うん。任せて」

「え? ちょっと?」

 にこやかに二人へ手を振る魔導士に私は戦慄を覚える。

「今、死なせない程度にって言ってたけど、どういう……」

「無駄口を叩いている暇はないよ、ソウビ。ことは一刻を争うんだ」

 静かで優しい口調。柔和な微笑み。けれどなぜか私の肌は粟立っていた。本能が危険を察していたのだろう。

「じゃ、特訓を開始するね」


 出陣の準備が整うまでの小一時間、私は彼から魔法の使い方を徹底的に叩き込まれることとなった。

 それはもう、情け容赦のないスパルタ式で。


 ■□■


 私たちは、救援の要請のあったウツラフ村へと向かっていた。

「ソウビ、大丈夫?」

 虚ろな目でフラフラ歩く私を、チヨミが気づかわし気に振り返る。

「ダイジョブデス……」

「心配はいらないよ、チヨミ。ソウビには元々魔力が充分にあった。やり方を教えたから初級の魔法をいくつか使えるくらいにはなったよ」

「ユーヅツ、私が心配しているの、そこじゃないんだけど……」

 ふと気配を感じて、目を向ける。

「……」

 タイサイと視線がぶつかったが、彼はすぐに目を逸らしてしまう。

(? なんだろ?)

 ふいに、大きな影が私に近づく。振り返るとそこにいたのはテンセイだった。

「ソウビ殿、足元がふらついておられます。自分が貴女を抱いて運びましょうか?」

(テンセイ!!)

 テンセイが私を抱いて運んでくれる? お姫様抱っこ? それはぜひともお願いしたい!

 だけど……。

「気持ちはすごく嬉しいけど、テンセイにはこの村で活躍してもらわなきゃいけないから」

 限界ヲタクの私でもさすがに空気は読む。この状況は理解しているつもりだ。

「それにこれ、一時的に集中しすぎて、頭の中が真っ白になってるだけ。だから大丈夫」

「それならばよろしいのですが」

「……マジか。あの短時間で魔法使えるようになったのかよ、コイツ」

「? タイサイ、何か言った?」

「なんもねーよ、話しかけんな」


 やがて私たちはウツラフ村の入口へと差し掛かる。そこへ出迎えるように立っていたのは、反乱の首謀者カニス卿とその追随者たちだった。


「これはこれは、簒奪王の一味ではないですか」

 豪奢な服を身に着けた老人が、蔑みの目をこちらへ向ける。

「カニス卿。これは一体どういうことですか?」

 戦装束に身を包んだチヨミが、怯むことなく一歩前へ出る。

「挙兵するだけならまだしも、ウツラフ村の人々に迷惑をかけるのはやめなさい!」

 凛としながらも慈しみを感じさせる、チヨミの声。

「あなたたちが一方的にここを拠点と定めたため、村人が疲弊していると聞きました。速攻、ここから立ち去りなさい! 今、矛を納めれば、今回のことは……」

 だがチヨミの声を遮り、老人は吐き捨てるように言う。

「黙れ、アルボルの娘! 直接私に口をきける立場だと思っているのですか!?」

 老人の剣幕に息を飲むチヨミ。だがそこは彼女を愛する義弟が黙っていなかった。

「てめぇ! 姉さんは今や王の妃だ! てめぇこそ何様のつもりだ!」

 タイサイの啖呵を、カニス卿は鼻で嗤う。

「はて? 王の妃?」

 カニス卿はわざとらしく目の上に手をかざし、私たちをゆっくりと見回した。

「私の前には、卑しい身分でありながら王座を奪った男の、みすぼらしい女房がいるだけで……」

 カニス卿の目が私のところで止まった。

「え?」

「ん?」

 老人のニヤついた笑いが凍り付き、その嫌味な仕草が崩れる。

 そして。

「ソ、ソウビ様ぁあああ!?」

「ぇあ!? は、はい!」

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