第2話 ダミスター=ロバリーハート
彼がゆっくりと目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。
石造りの高い壁に囲まれた広場。
多くの武装した兵士たち。
正面の兵士の後ろには、明らかに身分の高そうな格好をしている男が一人。
この壁は城壁で、ここはどこかの城の中だろうと予想する。
周囲の気配を感知し、三百人ほどの兵士に囲まれていることを確認する。
広場にいる兵だけでなく、城壁の上にも弓矢を携えた兵士が控えている。
そこで彼は疑問に思う。
何故、彼らは今にも倒れてしまいそうなほどに疲弊しているのかと。
彼らは例外なく苦痛の表情を浮かべ、多くの者が膝をつき、手にした剣や杖でなんとか身体を支えている状態だ。
まぁ、十二人ほど完全に意識を失って倒れている者もいたのだが……
自分は何らかの目的の為に、目の前にいる者たちによって喚び出されたのだろう。
その目的はまだ不明。
しかし、ここが先ほどまで自分のいた世界とは違うというのははっきりとしている。
その理由に彼の中に喜びの感情が沸き上がる。
「シリウスよ……これは……」
身分の高そうな格好の男――ロバリーハート王――が隣に立つ男に問う。
「恐ろしいほどの強者の気配……身に宿している魔力も私めでは測り知ることができませぬ……それほどまでに人外であるとしか……」
シリウスと呼ばれた全身を白のローブに包んだ初老の男が苦し気に声を絞り出して答える。
しばらく様子を見ることに決め、彼らの会話に耳を傾ける。
「しかし――この者ならば間違いなく我が国を救うことが出来るでしょう!!」
突然の絶叫。
しかし、最後の力を振り絞ったのだろう。叫び終わると同時に糸の切れた人形のように崩れ落ち、そのまま意識を失った。
――国を救う?勇者召喚的なやつか?
《言語理解》は問題なく作動していたので、彼らの会話を聞き取ることが出来た。
多少距離は離れているが、彼にとっては何ら関係なかった。
――勇者よ!魔王を倒し、我が国を救ってくれ!!とか言われるのだろうか?
――俺に魔王を倒せとか……何の冗談だよ……。
心の中で苦笑する。
「余にも……あの者が尋常ではない存在だというのは解る……だが……本当に……あのようなモノを隷属させることなど出来るものなのか……」
――不穏な単語が聞こえたな。
「王よ……心配はございません……」
倒れたシリウスの隣にいた黒のローブの女が答える。
「この召喚の儀は……喚び出した者を世界の理に取り込み……契約上定められた王を絶対的な主とし……この世界において元よりそうであるものだとして隷属させます……あの者がいかなる力を持っていたとしても抗うことなど出来ず……疑問を抱くこともなく王の奴隷としていかなる命令にも従いましょう……」
物騒な話は更に加速していく。
彼は自分の内側に意識を巡らす。
頭の先から足の指先まで状態を確認していく。
――ん?んん?
聞こえてきたような隷属状態にされているような感じはどこにもなかった。
それとも本当に世界の理とやらに組み込まれてしまっていて、自分では認識することが出来ないのだろうか?
そんなことを考えていると、わずかながら首元の違和感に気付く。
手を当てると、そこには皮で出来たチョーカーのようなものが着けられていた。
「あの者の首に着けられている首輪こそが……召喚陣に組み込まれている魔道具……奴隷の証たる『隷属の首輪』でございます……あの者を喚び出す際に……その魂を世界の理へと取り込み……存在全てを支配するもの……決して外す手段は無く……あの者は死ぬまで王に絶対の服従を誓います……」
――あぁ……首輪なのかぁ……一瞬おしゃれだと思ったのが恥ずかしい……
そして首輪へと魔力を流し――鑑定する。
隷属の首輪に組み込まれていた術式が頭の中に展開される。
初めて見る術式に気持ちが高まった。
そして、静かに解析を始める。
「王よ……まずはこの状況を何とかいたしましょう……あの者に命じてくださいませ……」
王の盾となっている兵士も限界が近いのだろうか、背を向けたままで言葉を絞り出す。
ロバリーハート王は不安な気持ちを押し殺し両の足で立ち上がる。
「ロバリーハート王国が国王、ダミスター=ロバリーハートの名において命じる!今すぐこの場にある威圧を解くのだ!!」
兵士全ての耳に届いたその声は、震える身体を懸命に押し殺してのものとは思えないほどの威厳を感じさせるものだった。
「よし」
そんな空気をまるで読まないような気の抜けた彼の呟きと同時に、その手に触れていた隷属の首輪は、こなごなに砕け――光の粒子となって霧散した。
――え?
その場にいた全ての人の心の声が聞こえた気がした。
瞬間――それまで場を支配していた謎の圧から解放される。
しかし、誰もそのことを意識することが出来ずに、ただただ目の前で起こったことに呆然とする王と兵士たち。
世界中の時が止まったかのような静寂。
そんな中、彼は自分が生まれたままのあられもない姿でいることにようやく気付いたのであった。
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