たどり着いた町での休養

 ファーケイトの町から10日を経て、アールの隊商はベンポの町にたどり着く。


 この町は海洋国家クロート王国に所属する町で鉱石の街道の宿場町から発展した。取り立てて見所というものはないが、街道を通る隊商や旅人の休憩地として、または悪意の山脈の山賊対策の前線基地としての意義がある。また、悪意の山脈に沿って北に伸びる狭隘きょうあいの街道の起点でもあった。


 町の西側の原っぱに停車したアールの隊商の様子はなかなかひどいものだ。荷馬車は18台に減り、傭兵からは犠牲者が出て、全員が疲れ切っている。いつもなら喜んで荷馬車から出てくる者たちの動きが明らかに鈍かった。


 荷馬車の近くで体をほぐしていたユウとトリスタンは知り合いの傭兵からウィリアム団長の元に集まるように声をかけられた。話があるらしいと伝えられる。


「トリスタン、何の話だと思う?」


「さぁな。いい話だと嬉しいんだが」


 最近悪いことが多かったのでどちらも団長からの話に警戒していた。荷馬車の損失が大きくて解雇されたことがあるだけに内心でかなり身構える。


 2人が向かった先には動けない者を除いた傭兵と冒険者が揃っていた。全員集まったことを確認したウィリアムが口を開く。


「先程、隊商長と話をしてきた。ファーケイトの町から今日までの移動で被害は最小限に食い止めたが、それでもいささか手ひどくやられたのは事実だ。そこで、このままエンドイントの町までは行けないと隊商長が判断され、3日間この町に滞在する。この間にオレたちは傷を癒やし、英気を養って残りの街道を護衛する」


 この後も少し話が続いたが、隊商と傭兵団を立て直すために滞在期間をいつもより延ばすという話だった。話を聞いたユウとトリスタンは胸をなで下ろす。


 団長の話が終わると報酬の受け渡しが始まった。最初は傭兵、次に冒険者が自分の稼ぎを受け取ってゆく。いつものような騒がしさはないが受け取ったときの笑顔はそのままだった。


 2人も団長から報酬を受け取る。今回は襲撃された回数が多かったので討伐報酬が膨らんでいた。傭兵団とも冒険者とも色々とあるがこの瞬間の嬉しさは変わらない。


 受け取った報酬を懐にしまった2人は町の歓楽街へと向かった。小さい町なので酒場を探すのに苦労はしない。数もそれほど多くない店の中の1軒にふらりと入る。開いているカウンター席へと座った。


 給仕女に料理と酒を注文したユウが大きく息を吐き出す。


「あ~疲れた。それに体のあちこちが痛い」


「俺もだよ。途中死ぬかと思った。本当に山賊が魔物を操っていたんだもんな」


「あれ、どうやっているのかなぁ?」


「さっぱりだな。でも、今はどうでもいい。とりあえず腹いっぱい飯を食って寝たいだけだ。ああ、エールが恋しい」


「来たよ」


 やって来た給仕女を目にしたユウがトリスタンに告げた。エールを始め、黒パン、スープ、肉の盛り合わせとどこに行っても変わらない品が目の前に並べられる。


 とりあえず木製のジョッキを傾けた2人は魂を取り出すかのように息を吐き出した。そして、しばらく動かない。胃にエールが染み渡ったところで、肉に、黒パンに、そしてスープに手を付ける。久しぶりの真っ当な食事を無言で続けた。


 ある程度腹が落ち着いてくると、代わりのエールを注文してからどちらともなく話を始める。話題は仕事についてだ。


 頬張った肉を飲み込んだユウがトリスタンに顔を向ける。


「色々あったけど、とりあえず一番の難関は乗り越えられたね」


「そうだな。とにかくきつかった。毎晩見張り番をしていていつ襲われるかわからないっていうのは怖かったよな」


「見張りをするくらいならそのくらいの緊張感は持てってよく言うけど、実際にやったら心がすり減ってしまうのがつらいよ」


「言えてる。それだけに、今の解放感ったらないけどな」


 代わりのエールを給仕女から受け取ったトリスタンがそれを口にした。幸せそうに飲む。


 肉汁を付けた黒パンを噛んでいたユウがそれを飲み込んだ。エールで口を湿らせてからしゃべる。


「町にいる間は荷馬車の見張り番しかやることはないけど、トリスタンは3日間何をするつもりなの?」


「何も考えていないな。もしかしたらずっと寝ているかもしれん」


「僕も明日はずっと寝ているつもりなんだよね。体中が痛いんだ。傷だけじゃなくて筋肉痛もあるかもしれない」


「お前、余程動き回っていたんだな」


「1度荷馬車を奪われそうになったから、そのときが大変だったんだよ」


「怖いな」


 そこからしばらく山賊と魔物の同時襲撃についての話になった。あのときは別々に戦っていたのでお互いどう戦っていたのか知らないのだ。なので、当時の自分たちの戦いぶりをお互いに伝える。


 大体伝えたいことが一段落すると話題は別のことに変わった。今度はトリスタンが話を振ってくる。


「そうだ、ユウは最近のブランドンとチャーリーについて知っているか?」


「ご飯をもらいに行くときに見かけるくらいかな。決闘してからはたまに見かけるだけで話はしていないけど。あ、この前の戦果を確認するときに少し話したかな。嫌そうな感じだったけど」


「それは俺もなんだがな、最近のあいつらおとなしいんだよ」


「良いことじゃない。ああでも、傭兵団の僕たちの使い方について知ったからなぁ。大丈夫なのかな? 最近は傭兵の人たちからも悪い話は聞かないようになったけど」


「エンドイントの町に着いたら、他の冒険者パーティと入れ替えるって言われたのかな?」


「でも、代わりは簡単に見つからないってエイベルさんが言っていたし。ああ、あれかな? 博打でお金がなくなって困っているとか」


「どうだろうな。このまま終わりまで約束を守ってくれたらいいんだが」


 首をひねりながらトリスタンが希望を口にした。出会いが悪くてそのままほとんど関わることがなかっただけに、ブランドンとチャーリーたちが何を考えているのかわからない。


 翌日は2人とも宣言通り1日中荷台で横になっていた。多少負傷していても遊びに出かける傭兵や冒険者が多い中では、おとなしいとも禁欲的とも言える。


 滞在2日目、ユウは三の刻の鐘が鳴ってからトリスタンの寝泊まりしている荷馬車へと赴いた。ところが、荷台には既に誰もいない。近くにいた傭兵に相棒のことを聞くと、別の傭兵と町へ出かけたらしいことを知る。


 仕方がないのでユウは1人で出かけた。向かう場所は途中で冒険者ギルドに決める。どこにあるのか誰にも聞いていなかったが、大きくない町なので暇潰しがてら探し回って見つけた。


 そこは石造りの小さな建物である。それだけで中の様子がわかろうというものだが、実際に入ってみるとあまり冒険者がいなかった。


 受付カウンターにもほとんど人がいなかったのでユウは開いている受付係の前に立つ。


「最近この町にきた冒険者なんですけれども、ここってどんな仕事があるんですか?」


「ここでの仕事と言ったら、悪意の山脈の東部から現れる盗賊や魔物の討伐が中心だね。傭兵と一緒に仕事をすることも多いよ。他には、荷馬車の護衛かな。隊商か傭兵団か雇い主がどちらかになるのかはそのときしだいだけど」


「結構仕事があるように思えるんですけど、その割に冒険者の数が少なくないですか?」


「こう言うのもなんだけど、戦利品がないとあんまり割の合う仕事は少ないんだ。だから他の町に移る冒険者もいてちょっと困ってるんだよねぇ」


「傭兵と一緒に仕事をしたときもなんだか揉めそうですよね」


「そこはまぁね」


 冒険者の姿をあまり見ない理由を知ったユウは納得した。冒険者にとっては稼ぎの悪い町らしい。他の町でもそういう所はあったが、環境が違いすぎてうまく比べられなかった。


 聞いた話を頭の中でまとめた後、ユウは次いでもう1つ聞きたいことを尋ねる。


「この町の北に伸びている狭隘きょうあいの街道ってあるそうなんですけど、あれってどんな街道なんですか?」


「悪意の山脈の向こう側とこちらを繋げる街道だよ。昔はよく利用されていたらしいけど、近年は魔物を手懐けた山賊に荒らし回られてさっぱりなんだ。あっちに行くのはお勧めできないね」


「そんなに危ないんですか」


「ほとんど通行止めみたいになっているからね。1度町を挙げて山賊の討伐隊を送り込んだけど失敗してしまったし、何かない限りはこのままなんじゃないかな」


 肩をすくめて口を閉じる受付係を見たユウはそれ以上何も言えなかった。


 その後、ユウはベンポの町の外周をぐるりと回ってみる。その間に切らしていた悪臭玉をいくつか買い込んだ。最近は対人戦ではあまり使わなくなったが、魔物と戦うときはまだ手放せない。


 小用を終えたユウは荷馬車に戻って横になる。これを機に体の疲れと傷を癒やした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る