たまに必要な骨休め

 再び旅を再開したユウは宝物の街道を進み続け、ついに港町にまでたどり着いた。そこで旅の相棒であるトリスタンの海が見たいという希望を叶えるとアカムの町まで戻って来る。直前に受けた仕事の大変さもあって2人はすっかり疲れていた。


 そこで、ユウとトリスタンはこの日1日を休日と定める。赤字を覚悟していた仕事が黒字で終わったこともあって懐は温かい。1日くらいならばどうということはなかった。


 この決意は朝一番から発揮される。いつもならば二の刻から日の出までに起きていたが、この日は三の刻まで寝台でごろごろとしていた。周囲がうるさいので夜明け前には目覚めていたが、周囲の慌ただしさをよそに寝台を心ゆくまで楽しんでいたのだ。


 明るくなった後に鐘の音が鳴ると2人は起き上がった。ほとんど客のいなくなった大部屋の中でゆっくりと背伸びをする。それからのんびりと外出する準備を始めた。


 その途中、寝台に座って干し肉を囓っているユウに対してトリスタンが声をかける。


「ユウ、今日は休みってことにしたけど、何をするつもりなんだ?」


「そうだなぁ。朝の間は貧民街を回ろうと思う。色々とお店を見て回りながら、足りない物を買っていく感じかな」


「なかなか実用的な休み方だな。でも、水も干し肉も確かに残り少なかったな」


「それで昼からは岩雨の川で服を洗濯して、更に体を洗うつもりだよ」


「この寒い時期にか? 真冬だぞ。今だって白い息が出ているのに川へ入るのか?」


「そうなんだけど、前に洗ったときから今日まで結構経ったからそろそろかなって思っているんだ」


「ふーん。まぁ好きにしたらいいけど、風邪はひくなよ?」


「入る前に焚き火をおこすから大丈夫だよ。トリスタンはどうするの?」


「朝の間はユウと一緒に貧民街を回ろうと思う。俺も足りない物を買いたいしな。ただ、昼からは歓楽街に行ってくるよ」


「昼間からお酒?」


「いや、賭場ってどんなところか興味あるから行ってみようと思うんだ」


「博打で勝てるとは思えないけどなぁ」


「そんなのわかっているよ。どんな所なのか知りに行くだけさ」


「気付いたら身ぐるみを剥がされていたってならないようにね」


「さすがにそこまで馬鹿じゃないよ」


 のんきに笑うトリスタンにユウは懐疑的な眼差しを向けた。今までの知り合いから勝ったという話を聞いたことがないからだ。しかし、それでも止めることはしない。


 時間をかけて準備をした2人は遅めに安宿を出た。既に人通りは多く、誰もが忙しそうに歩いている。そんな中を2人はゆっくりと歩いた。


 貧民の市場に入ると生活感溢れる活気に出迎えられる。冬の寒さをものともせずに店主が声を上げて品物を売りつけようとし、客が値引きさせようと粘っていた。


 そんな様子を2人は興味深そうに眺めて回る。他人が一生懸命になっている様は見ていて飽きない。たまに面白いやり取りを見られたときは幸運に感謝した。


 色々と市場の中を歩き回っている2人だが、基本的に旅に必要な物であまり安物は買わないようにしている。『最安値は詐欺の証拠』という言葉をどちらも信じているからだ。


 何ヵ所もの店を見て回ったユウはとある薬屋に入る。最初の方で見かけた店だ。前回は店内と客の様子を見ていただけだったが今回は店主に話しかける。


「店主さん、腹痛止めの水薬はありますか?」


「銅貨1枚だよ」


「いい値がしますね」


「そりゃそうさ。そこいら辺の安物とはわけが違うからな。こう見えても儂は昔町の中で薬を扱っとったんだ。目利きは確かだよ」


「でしたら、腹痛止めの水薬を1回分ください。小瓶は持っていますからこれに入れてもらえますか」


 銅貨と共に空の小瓶を差し出したユウはその空き瓶が満たされるのを待った。大した時間もかからずに小瓶を突き出される。それを受け取ると懐にしまった。


 2人はその他にも色々な店を見て回り、水や干し肉なども買ってゆく。トリスタンもユウに倣った。気が付けば四の刻の鐘が聞こえてくる。太陽は最も高い場所に位置していた。


 昼食代わりの干し肉を一緒に食べた後、ユウはトリスタンと別れる。そして岩雨の川へ向かった。


 岩雨の川自体の川幅は数十レテムもある。泳いで渡ることは不可能ではないが急流の場所や深みにはまると人の力ではほぼあらがえない。しかし、河原の広さは更に倍ほどもあった。雪解けの季節になるとこの河原の幅いっぱいにまで川の水が押し寄せて流れてゆく。


 ユウがやって来たのはアカムの町の南側だ。船着き場よりも更に南側にある河原に向かっている。トレハーの町へ船が向かっていない今、この辺りの川辺なら誰に見られることもないからだ。


 そこら辺から何度も枯れ木などを拾って来たユウは望むだけ集めると背嚢はいのうを降ろす。そして、焚き火の準備を始めて用意ができるとすぐに火を点けた。最初は燻っていた小さい火が次第に炎へと育ってゆく。


 うまく焚き火をおこせたユウはズボンを脱ぐと川の浅瀬に沈めた。それから丸みを帯びた石の上で何度も踏みつける。上の服は着たままだ。一度に脱いで洗えないことを学んだ末の寒さ対策である。


「寒い、冷たい!」


 洗濯を続けるユウは震えながらつぶやいた。対策はしてもましになるだけで根本的な解決はしていないからだ。ただ、止めるようなことはしない。


 洗い終わったズボンはよく絞って焚き火に当てる。背嚢を利用してできるだけ炎に面するようにだ。このときに薪を増やして火力を強めることも忘れない。


 次いで上の服を洗う。このときは素っ裸だ。先程よりも震えながら服を踏みつける。自分は何をしているのだろうかと自問することが最も多い時期だ。


 それも終わるとついにユウ本人の体を洗う。手拭いを濡らして体を拭いていった。夏ならば川に飛び込むのだが冬ではさすがにそんなことはしない。


 すべてを洗い終えたユウは乾ききっていない服を着て焚き火に当たった。これでも素っ裸よりはましなのだ。焚き火の火力を更に強めて日差しと一緒に服と体を温めて乾かす。


 後はひたすら焚き火の前で震え続けた。




 五の刻がとうの昔に過ぎ去り、そろそろ日没になろうという頃、ユウはアカムの町の北門近くに立っていた。服はまだ生乾き気味だが体は乾いている。


 そんなユウにトリスタンが近づいて来た。その表情はいつも通りだ。気軽に声をかけてくる。


「ユウ、完全には乾いてないのか?」


「冬は元々乾きが悪いからね。これでもましな方だよ。それより、博打はどうだったの?」


「へへ、少しだけど勝って終わったぞ!」


「すごいじゃない。よく負けなかったね」


「最後の一試合で大きく勝てたんだ。あれがなかったら負けていたな」


「危ないなぁ」


「それより、早く飯を食いに行こうぜ」


「そうだね。ここでじっとしていても寒いだけだし」


 相棒の提案に賛成したユウはすぐに歩き始めた。正直寒かったのだ。


 向かう場所は特に決めておらず、ユウはトリスタンと相談して初めての酒場に入る。室内はあまりきれいではないが客入りはなかなかだ。


 連なって空いているカウンター席に座った2人は給仕女に料理と酒を注文した。今日あった出来事を楽しくしゃべりながら待っているとしばらくして注文した品がやってくる。


 2人だけの宴もたけなわとなってきた頃、トリスタンの隣に冒険者風の男が座った。それだけなら何と言うことはないが、かなり落ち込んでいるのが端から見ても明らかだ。注文したらしいエールを届けられても木製のジョッキを握るだけで口にしない。


 それに気付いた2人は顔を見合わせた。赤の他人なので放っておけば良いのだが、隣でそこまで落ち込まれていると気になるのも確かだ。


 ついにトリスタンが窺うように男へと話しかける。


「随分と落ち込んでいるようじゃないか。何かあったのか?」


「盗賊の襲撃で俺以外の仲間が死んじまったんだ」


「それは」


 男の話によると、セレートの町からアカムの町までの隊商付きの人足兼護衛という依頼を受けたそうだ。仕事が始まってから困難はいくつもあったそうだが、特にリロの町とセレブラの町で大規模な盗賊の襲撃を受けて大きな損害を受けたという。仲間を失ったのはこのときだ。


 このリロの町とセレブラの町を繋ぐ穀物の街道の北側は、4ヵ国の境界地帯なので盗賊天国となっていると男は語った。その手前にある悪党の山近辺も盗賊が頻繁に現れて危ないが、盗賊団の規模なら4ヵ国国境地帯の方が大きいと伝えてくる。


 話を聞いたユウとトリスタンは男に同情した。どちらも仲間を失ったことがあるので男のつらさはよくわかる。大した慰めはできなかったがなんとか元気づけようとした。そのおかげか、男は少しだけ立ち直る。


 傷心の同業者を少しでも慰められたユウはわずかだけ喜んだ。

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